戦技祭 予選④
「お、お疲れ様でした……」
観客席に戻ってきたカズトへ、セレナがわずかに言葉を選ぶように声をかける。
その表情は穏やかだが、どこか引きつっている。
視線も、ほんの少しだけ中心を逸れていた。
「なんであんたの周りには、おかしな女が寄ってくるのかしらね」
零の言葉が耳に痛い。
最近の状況を思い返すと、反論の言葉が見つからなかった。
「俺に聞かれても困る……」
カズトは額を押さえ、小さく息を吐いた。
「まぁ、とりあえず本戦には出られたから」
半ば強引に思考を切り替える。
これ以上深く掘り下げても、ろくな結論に辿り着かないという確信があった。
身内の試合はすべて終了し、残るは観戦のみとなる。
本戦に向けた情報収集も兼ねて、この時間は生徒会の執務よりも優先されていた。
「次は第五試合か」
視線の先、試合場に立つのは中等部の男子特待生と、高等部の男子生徒。
「中等部でここまで残ってるのもすごいけど……」
だが、試合開始の合図と共に、その評価は即座に塗り替えられた。
展開されたのは、水と土を組み合わせた緻密な複合戦術。
性質の異なる二種類の魔法を、互いに干渉させないよう巧みに使い分けている。
火力こそ控えめだが、鉄壁の防御で受け止め、生じた隙を逃さず押し返す。
堅実ながら、極めて隙の少ない構成だった。
対する高等部の生徒は、身の丈ほどもある大型の棍棒を振るうパワータイプ。
魔法の障壁ごと叩き潰すような破壊力でじりじりと距離を詰め、勝利を確信させたその時だった。
特待生の首元にある魔道具が、淡く脈動するように光る。
周囲の空間がわずかに歪み、次の瞬間、一匹の狐型の魔獣が姿を現した。
「なんだあれ!? 魔道具で魔獣を使役してるのか? あんなの初めて見たぞ」
思わず身を乗り出すカズト。
「すごく珍しいけど、ダンジョンで稀に、使役できる魔獣を内包した魔道具が見つかることがあるわ。私も実物を見るのは初めてだけど」
零の言葉が、その光景の異質さを裏付ける。
「レアな魔道具を手に入れて、今年特待生として入学してきた生徒がいるとは聞いていましたが……あの方でしたか」
セレナも噂には聞いていたようだが、その詳細までは把握していなかったらしい。
試合の流れは、そこから明確に変質した。
狐の使い魔が幻惑の鬼火を撒き散らし、高等部生徒の視界を乱していく。
狙いを狂わされた重い一撃が空を切り、その隙を縫うように鋭い魔法が差し込まれる。
「搦め手に完全に嵌められてるな……」
力で押し切るはずの戦いが、いつの間にか見えない糸で操られるように主導権を奪われていた。
「あの狐の使い魔、色々と応用が効きそうでいいですね」
カズトの視線は、既に術者本人よりも使い魔の挙動に釘付けになっていた。
「魔道具由来の使い魔は、戦闘に向く個体の方が少ないんです。多くは愛玩用ですし、維持にも相応の魔力を消費します。便利ですが、実戦に耐えうる物は限られますね」
王族の間でも愛玩用の使い魔を連れている者はいるのだと、セレナが補足を入れる。
「でもあの子の魔力、かなり多いわね。カズトほどじゃないけど、あの魔道具を扱い切れてる時点で十分異常よ」
零が、学生の枠を逸脱した魔力量に感銘を受けたように呟く。
やがて、勝負は決した。
高等部の生徒も泥臭く食らいついたが、一度失った流れを引き戻すには至らない。
魔法と使い魔による波状攻撃。
その連携の完成度が、そのまま残酷なまでの結果となって表れた。
「使い魔を引き出してくれた相手に感謝だな。ここで見れといて良かった」
「確かに、初見だとかなり戦いにくい相手ね。でも、わかっていれば対策は立てられるわ」
零の言葉に、カズトも深く頷く。
未知の手札は、それだけで致命的な脅威になる。
だが、一度でもその正体を目にしていれば、立ち回りはいくらでも変えられる。
もっとも――。
それを踏まえた上で、なお力でねじ伏せるだけの実力があるからこそ、彼はあそこに立っているのだろうが。
続く第六試合では、独特の反りを持つ刀を扱う生徒が勝利。
第七試合は淀みない連撃を見せた双剣使い。
第八試合は、重苦しい闇魔法を操る生徒がそれぞれ勝ち上がった。
いずれの試合も、戦術の幅広さと個性がぶつかり合う見応えのある内容だった。
単なる魔力の出力だけでなく、構成や発想の差が勝敗を分かつ。
観戦者としても、これ以上ないほど収穫の多い時間となった。
「想像以上に色々なタイプの戦い方をする人達がいて驚いたな」
「ほんとね。でも私達とあの使い魔の特待生以外は、本戦に出られたのは全員高等部の生徒よ。やっぱり差は大きいのね」
「数年分の積み重ねがありますからね。この学園の恵まれた環境では、それだけで大きな差になります。それにあのレベルの方々は、才能に加えて努力も怠りませんから」
高い才能を持つ者が、さらに研鑽を積んでいる。
その事実を、カズトは改めて肌で感じていた。
「今回で全部見せたってわけでもないだろうしな。やっぱり油断はできないか」
自然と身体に力が入る。
やがて、本戦出場者が出揃った。
会場の中央に設置された巨大な魔道具のスクリーンが輝き、トーナメント表が映し出される。
観客席がどよめく中、司会の生徒が声を張り上げて場を煽っていく。
そして表示された組み合わせは――。
第一試合
零 vs モーブ(闇魔法使い)
第二試合
グレイシア(使い魔の特待生) vs エドワード(双剣使い)
第三試合
レイン(刀使い) vs エリカ
第四試合
シオン vs カズト
「初戦でシオン会長とか! ちょっとワクワクするな!」
以前は不本意な形で戦うことになったからか、正面から競い合えることに、カズトは純粋な高揚感を覚えていた。
「イフリートの対策、ちゃんと考えておきなさいよ」
浮き足立つカズトに、零が釘を刺す。
「カズトと零は、当たるとしても決勝ですね。お姉ちゃんが采配を頑張ってくれたみたいです」
セレナが小さく微笑む。
「これで潰し合いは避けられたか。二人とも決勝に行けば、それでいいな」
「逆にどちらかが落ちると一気に苦しくなります。油断はしないでくださいね」
「もちろん。誰にも負けるつもりはないですよ。零にもな」
その言葉に、零がわずかに口元を上げた。
「期待してるわよ。あの時からどれくらい強くなったのか、ちゃんと見てあげる」
見つめ合う二人の間に、静かな熱を孕んだ火花が散る。
「二人ともやる気は十分ですね。今日はしっかり休んで、明日の本戦に備えてください」




