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消えた第二王女⑦

「……なるほどな」


 その瞳には、娘を愛しむ父としての色と、国を背負う者としての立場が混在していた。


「お前の手駒となると、カズトと零か。失われた雷魔法の使い手に、元ムカデ幹部……確かに、優勝は硬いと言えるな」


 王は静かに独白し、隣に佇む王妃へと視線を流す。


「エリシアよ。お主はどう考える」


 名を呼ばれた王妃は、しばし痛みに耐えるように目を伏せた。


 やがて、絞り出すように唇を開く。


「……私は、母親失格です。本来なら、何年かかろうとクレアを捜し続けるべきでした。たとえ王妃として道を踏み外そうとも、母としてはそうあるべきだったのです」


 声は微かに震えていた。

 それでも、溢れ出す言葉は止まらない。


「ですが、私はそれをしなかった。王妃であることを優先し……娘を、最初から生まれてこなかったことにしたのです。きっともう生きてはいないのだと、自分に言い聞かせて」


 過去の罪を一つひとつ剥き出しにするように、彼女は答える。


「今、その報いに向き合えるのであれば……もう、迷いはいたしません」


 王妃は顔を上げ、まっすぐ王を見据えた。


「……そうか」


 短く応じた王の声には、揺るぎない覚悟が宿っていた。


 王はゆっくりと、セレナを捉える。


「セレナよ」


 その響きは、一国の主としての重みを含んでいた。


「アルヴァス・エル・アイリス・アステリアが命じる」


 玉座の間ではない、私室での対話。


 だがそれは紛れもない王命であり、同時に、一人の父親としての切実な願いだった。


「クレアを……助けてやってくれ」


 そこからは、瞬きする間もない怒濤の作業だった。


 信頼に足る数少ない者だけを招集し、事態を一気に動かしていく。


 夜を徹して文書が整えられ、早馬が各所へと放たれた。


 そして翌朝。


 王都の静寂を切り裂くように、一つの報せが国中を駆け巡った。


 第二王女クレアが、かつてムカデに誘拐されていたこと。


 そして、その王女を第一王女セレナが救い出したこと。


 情報は瞬く間に熱を帯びて広まっていく。


 商人たちは商談の手を止め、兵士たちは訓練を忘れ、貴族たちは屋敷の奥で顔を見合わせた。


 王都はかつてない衝撃に塗り替えられ、ざわめきは止まる気配を見せない。


 事態が公になるや否や、予想通り貴族派閥からの猛烈な圧力が押し寄せた。


「王家の威厳は地に落ちた」

「もはや王家に統治の力などない」

「王には人の心がないのか」


 投げかけられる言葉は、どれも目を覆いたくなるほどに辛辣なものだった。


 民への情報操作も素早い。


 王家の印象を失墜させ、自分たちの権威を誇示しようとする、狡猾な動きが加速する。


 だが、王家も無策ではない。


 第一王女セレナが、ムカデに悟られぬよう長年秘密裏に捜索を続けていたこと。


 そして幹部を命懸けで討ち倒し、ついに最愛の妹を救い出したこと。


 大衆が熱狂するような美談もまた、同時にばら撒かれていた。


「……とりあえずは、予定通りの展開だな」


 王は落ち着きを払った様子で呟き、セレナへ視線を向けた。


「はい。これで、いくらかは時間を稼げるはずです」


「あとは貴族たちを抑えつつ、戦技祭で優勝を掴む。その上で正式にクレアをお披露目すれば――」


「力関係のバランスは、取り戻せるはずです」


 王はしばし沈黙し、目の前で跪く二人を見下ろした。


「……正直に言おう」


 重厚な声が室内に響く。


「本来ならば、セレナを暗殺しようとしたお主らを信用するなど、あり得ぬことだ」


 王として、父として。いかなる理由があろうとも、それは譲れない感情だった。


 だが、王は言葉を継ぐ。


「しかし、お主らの噂は届いている。セレナはお主らを強く信頼しているようだな」


 ゆっくりと、目を細める。


「あのシンも……お主らには一目置いていた」


「カズト、そして零。この国の行く末は――お主らにかかっている。頼むぞ」


「……かしこまりました」


 カズトは深く、首を垂れた。


「必ず、優勝してみせます」


 隣の零もまた、無言のまま深く頭を下げた。


「全てが無事に済めば、お主らを免罪とし、奴隷から解放しよう」


 王城を後にした三人の間に、夜風が吹き抜ける。


 零が大きく、溜まっていた息を吐き出した。


「これで、本当の意味で負けられなくなったわね」


「まさか奴隷解放までおまけでついてくるとはな」


 自分たちの首輪は、一生外れることはないと覚悟していた二人。


 それは、想像もしなかった衝撃の褒美だった。


「父も、それだけ本気だということです」


「もし負けたら……やっぱり死刑とかになるのかな」


 カズトが冗談めかして言えば、零が即座に反応する。


「ちょっと、怖いこと言わないでよ」


「その時は、私も地獄までお供しましょう」


 笑えない冗談を交わし合う。


 それほどまでに、この一手は重大だった。


 昨夜からの緊張と寝不足が、鉛のように体にのしかかる。


 食事を済ませ、僅かな休憩を取った三人が学園へ向かったのは、午後になってからだった。


 学園内は、王都以上の狂乱に包まれていた。


 校門をくぐった瞬間、突き刺さるような視線が集中する。


 最近は冷ややかな距離を置かれていたセレナの元へ、次々と生徒たちが駆け寄ってきた。


「セレナ様! あの件は本当なのですか!?」

「第二王女様は無事なのですか!?」

「誘拐って……ムカデって……!」


 矢継ぎ早に投げかけられる質問。


 セレナは軽く手を挙げ、静かに言葉を選んだ。


「まだ詳しいことはお話しできませんが……妹が見つかったことは事実です」


 そう言って、彼女はほんの少しだけ目を伏せる。


 その瞳に、僅かな涙を浮かべて。


 その姿を見た周囲から、安堵と同情の溜息が漏れた。


 王家の印象を回復させるため、自分は「悲劇に耐えた姉」であり、「妹を救い出した英雄」でなければならない。


 今は、その役割を完璧に演じる時だった。


 そんな騒がしい一日の放課後。


 三人は生徒会室で、シオンへ事のあらましを説明していた。


「なるほどね。随分と大胆なことをしたものだわ」


 呆れたような、それでいて感心したような顔で、シオンは言った。


 そしてゆっくりと立ち上がると、そのままセレナを優しく抱きしめる。


「良かったわね、セレナちゃん。あなたの妹は、私にとっても妹同然よ。無事に見つかって、本当に嬉しいわ」


 姉のような存在であるシオンの温もりに触れ、セレナの目に、今度は本物の涙がじんわりと浮かんだ。


「これから大変ね。戦技祭もそうだけど……貴族たちを抑えておかないといけないんでしょう?」


 シオンは少しだけ真剣な表情を浮かべる。


「そういうことなら、ヴァルフレア家も全力で協力するわ」


 その言葉に、セレナの胸を塞いでいた重圧が、ほんの少しだけ軽くなった。


「ありがとうございます。お姉ちゃんにそう言ってもらえると、本当に心強いです」


 セレナは涙を拭い、静かに、そして力強く微笑んだ

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