婿入り②
「「ええええええええっ!?」」
静かな王立病院の玄関先に、二人の絶叫が響き渡った。
声の主はセレナと零。
シオンの背後では、迎えに来ていた公爵家の使いまでもが「お、お嬢様がご乱心を!」と右往左往している。
「ちょっと、お姉ちゃん! 何言ってるの!? お礼ってそういう意味だったの!? それにカズトはわたしの奴隷なんだから、勝手なことはさせないよ!?」
顔を真っ赤にして詰め寄るセレナに、シオンは涼しい顔で微笑んだ。
「あら、セレナちゃん。命の恩人に最高の礼を尽くすのは貴族の義務でしょう? それに、これほど頼もしい方を他家に渡すなんて、戦略的にも感情的にもあり得ません。身分差は……ムカデの九位と八位を討伐した功績があれば、なんとかなるはずです。王族じゃ無いですしたぶん」
最後だけ少し怪しい。だが、その瞳は冗談ではない。
「ちょっと、シオン会長。ドサクサに紛れてとんでもない青田買いしようとしてるわね。カズトはわ、私の...大事な相棒なんだから。勝手に囲い込まないで」
零も食い下がるが、シオンは余裕の笑みを崩さない。
「あら、では零さんも一緒に来ますか?『相棒』として同じ屋根の下に。」
「なっ!」
恥ずかしがって相棒と言ってしまった手前、言葉に詰まる零。
「だからカズトは私の奴隷なんだからあげないってば!」
あっさり打ち負かされた零を見て、セレナは再び自分の所有物に手を出されることを抗議する。
「カズトさんは普通の奴隷とは立場も扱いも違いますし、本人の意思を尊重してあげてこその良き主人じゃ無いかしら?
それに奴隷が結婚できないなんて法律はないですからね。それともセレナちゃんはカズトを本当の奴隷のように、人権をなくして一生拘束するつもりなのかしら?」
「ぐぅ...」
権限としてはそうやって縛る事は可能であるが、カズトに対してそんな酷い事は言えず、文字どおりのぐぅの音しか出せなくなったセレナ。
「さて、カズトさん。お返事を聞かせていただけますか? まずは婚約という形からでも」
あまりにも唐突で、重すぎる提案。
カズトの思考は完全に停止していた。
(待て待て待て……婿入り? 俺、セレナ様の奴隷だぞ? しかも建前上は暗殺未遂犯だし……)
冷や汗をにじませる彼に、さらに爆弾が落ちる。
「お姉ちゃんだけなんてずるいです! わたしだって、カズトを夫として迎えますっ!!」
「ぶっ!?」
むせるカズト。
だが、最速で反応したのはマリアだった。
「――セレナ様!!」
氷のような怒声が場を貫く。
「王女殿下が公衆の面前で何を仰るのです! 婚姻は国家の根幹に関わる大事。軽々しく口にしてよいことではありません!」
「うぅっ……でも! お姉ちゃんだけずるいんだもん!」
「下手をすれば王にカズトが殺されかねませんよ。。今のは聞かなかったことにします。さあ、帰りますよ!」
「いやあああぁぁぁ!」
首根っこを掴まれ、子猫のように引きずられていくセレナ。
零は深いため息をついた。
「……まあ、そうなるわよね。それでカズト、鼻の下伸ばしてないで。今は保留でいいわね?」
シオンは今や親しい仲とはいえ、泣く子も黙る公爵家の令嬢。
本来なら、奴隷身分の人間が気安く口を利くことすら許されない、雲の上の存在。
このやり取りを冗談として処理するにしても、迂闊なことを言えば王女の持ち物とは言えどんな罰が下るか分かったものではない。
だがシオンはまだ視線を外さない。
「ふふ、わたしは本気ですよ。身分の壁など、公爵家の――いいえ、私の力でいくらでも書き換えてみせます」
シオンは悪戯っぽく、しかし真剣な眼差しをカズトに残し、優雅に馬車へと乗り込みました。
その真剣さに、カズトは逃げられなくなる。
そして、腹を括った。
「シオン会長! 本来なら俺の立場でこんな返事は許されないのですが、曖昧な状態にはしたくないです!
なので.............
俺には、好きな人がいます! だから、会長の気持ちには応えられません! 無礼に対する罰は受けます!」
静寂。
カズトの覚悟の決まった瞳に、零は「このバカ、この状況で……」と驚きで目を見開き、マリアに引きずられていたセレナも、ショックと驚きで呆然と固まる。
しかし、告げられたシオンは、一瞬だけ意外そうに目を見開き少しだけ驚いた後、柔らかく笑った。
「あら、振られてしまいましたね。安心してください。罰なんてありませんよ。……一途なんですね」
そして、楽しげに続ける。
「でも、そんなところも素敵ですよ。……うーん、それじゃあ、逆にカズトさんの第二夫人にでも立候補しちゃおうかしら!」
「「「はあああああぁぁぁ!?」」」
現場は再び大混乱。
騎士も従者も総立ちだ。
「お、お嬢様!? ご冗談を! 公爵家当主が、奴隷の第二夫人など、天地がひっくり返ってもあり得ません!!」
マリアも声を翻す。
「シオン様まで何を! 公爵家を勘当されますよ!?」
「ちょっとお姉ちゃん! 第二夫人なら私の方が先なんだからっ! あ、違うのマリア、そうじゃなくて!」
混乱を極める現場で、シオンはその喧騒を楽しむように笑い、馬車の窓を閉めた。
「また学園で。これからあなたの好きな人、じっくり観察しますね」
馬車が去ると、残されたのは疲労困憊のカズトと、複雑な視線を向ける二人だった。




