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索敵④

時計塔の屋上


 ロボットに包囲され、逃げ道を塞がれたその人影は、カズトが迫ってくるのを見ても慌てる様子はなかった。


 月明かりの下、ゆっくりと振り返ったのは、白衣を纏い、眼鏡の奥で知的な光を放つ眼鏡の男。


「おやおや、君はミカゲを倒した雷使い君だね。まさか私の潜伏場所をこれほど早く特定するとは。計算外だよ」


 男は薄く笑い、名乗った。


「私はムカデの九位、ノクスだ。さて、自己紹介も終わったことだし、せっかくの対面だ。君という被験者が、私の新型にどれだけ耐えられるか、じっくり見せてもらおうかな?」


 ノクスが指を鳴らすと、時計塔の影から、先ほどの実験体とは比較にならないほど禍々しい魔力を放つ、新たな三つの影が這い出してきた。


「無駄だ!」


 カズトが手をかざした瞬間、時計塔を真っ白な閃光が包み込む。


 轟音と共に放たれた超高圧の雷が、襲いかかろうとした三体の実験体を一瞬で炭化させ、塵へと変えた。


 そこには迷いも、かつての甘さもない。


「可哀想なことをするなぁ。この子達も元は学生だったと言うのに。それにしても意外と容赦がないね。聞いていた話と少し違うかな? 何か心境の変化でもあったのかね」


 ノクスは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、崩れ落ちた実験体の残骸を見てもなお、薄気味悪い余裕を崩さない。


「……人を殺す覚悟なら、もう済ませてきた。お前を倒すのに、躊躇なんて必要ない!」


「素晴らしい! だが、私がこの展開を想定していないとでも思っていたのかな?」


 ノクスが微笑むと同時に、彼の足元の通気口や時計塔の隙間から、紫色の不気味な煙が一気に噴き出した。


(ガス!?)


「これは私の自信作、魔力分解毒『エーテル・イーター』だ。吸い込めば体内の魔力を毒化していく。

君の自慢の雷も、その身体能力も、瞬く間に使い物にならなくなる。

さあ、どうする? すぐにこの場から離れないと自分の魔力に殺されるぞ?」


 毒ガスは瞬く間に時計塔の屋上を覆い尽くし、カズトの視界と呼吸を奪いにかかる。だが。


「どいつもこいつも卑怯な手ばかり……そんなもので!」


 カズトの叫びと共に、青白い火花が爆発的な輝きを放った。


カズトは魔力を足裏に集中させ、一気に「雷装」を起動して、毒ガスを無視してノスクに接近する。


「なっ……正気か!? この濃度に突っ込めば死に至るぞ!」


 計算外の行動に、初めてノクスの顔から余裕が消えた。


 魔力を全方位に放出して少しでも周囲のガスを拡散させながら、最短距離を一直線に突き進むカズト。


 それでも吸い込んだ毒で内側から焼けるような熱さを感じながらも、その意志は一ミリも揺るがない。


「シオン会長を……仲間を傷つけたお前を、生かして帰すわけにはいかないんだよ!」


 カズトの右手に雷が凝縮されていく。


 それはもはや単なる魔力の塊ではなく、彼の怒りと覚悟を具現化したような、純粋な破壊の光。


「くっ、このっ!」


 ノクスが慌てて懐から薬瓶を取り出そうとするが、カズトの速度はその動作を許さなかった。


「ぶっ飛べ! ディスチャージ!!」


右腕から指向性を持った高圧の雷が一直線に放たれ、ノクスの胸を焼き貫いた。


「ガッ、……ハ……ッ、馬鹿……な……。人間が、これほどまでの毒を……精神力だけで……耐える……だと……」


 貫かれた九位の腹部には大穴が空き、口から血が溢れる。


 その眼鏡が床に落ちて砕けた。


 カズトもまた、毒ガスの影響で膝がガクガクと震え、視界が二重にブレ始めていた。


(……やったか?)


 しかし、崩れ落ちようとするノクスの口元が、血にまみれながらもニィ……と吊り上がったのを、カズトは見逃さなかった。


「……流石、ミカゲを倒しただけの事はあるね。でもね、私の体もまた……最高の実験体なのだよ」


 ノクスの傷口から、血の代わりに赤黒いヘドロのような液体が溢れ出し、カズトの腕に絡みつこうとした。


 その瞬間――。

 夜空を無数の光条が切り裂いた。


「わたしの存在を忘れてもらっちゃ困るわね。あんたの薄汚い身体も、一欠片も残さず処理してあげるわ!」


 時計塔を包囲していた零の偵察型ロボットたちが、次々と攻撃形態へ移行。


 内蔵された高出力の熱線レーザーが、ノクスとその周囲のヘドロ目掛けて一斉に放たれた。


「ガ、アアアァッ!? 零かッ! 貴様、これほどの兵器をいつの間に!!」


「元五位を舐めないことね。あんたなんか相手にならないのよ」


 猛烈な火炎と熱線が、ノクスの肉体を焼き尽くしていく。


 カズトは零の援護射撃の隙に、痺れる体を引きずって間一髪でその場を離脱した。


「ごほっ、助かった、零」


「お礼は後よ!変なことされる前に さっさとトドメを刺しなさい! この兵器じゃ、奴の核までは焼き切れないわ!」


 炎の渦の中で、ノクスの姿がドロドロに溶けながらも、なお再生しようと蠢いている。


 奴の執念、そして人体実験による驚異的な生命力が、最後の抵抗を見せていた。


 カズトは痛みが走る体に鞭を打ち、零の兵器に乗り空へと上がり、上空で右手の収束のグローブを限界まで稼働させた。


「全力の一撃を食らわせてやる!!」


 グローブが唸りを上げ、カズト自身の魔力、さらには時計塔の周囲に満ちていた大気中の魔力までもが、渦を巻くように一点へと凝縮されていく。


 収束されるその光で、空が、夜を忘れたかのように白銀に染まった。


「なっ……周囲の魔力を収束させて……空の理を書き換えたというのか!? バカな、そんな芸当っ!」


「これが、完成した来霆らいていだ!!」


 カズトが振り下ろした拳に呼応し、天から巨大な雷の閃光が真っ直ぐに降り注いだ。


ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


 凄まじい衝撃波が病院一帯を震わせ、辺り一体は数瞬昼のように明るく照らされながら、時計塔は跡形もなく粉砕された。


 零の兵器でも焼き切れなかったノクスの「核」は、神の怒りにも似た雷撃によって分解され、断末魔を上げる暇もなく、その存在をこの世から抹消された。

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