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虫の死骸

 王宮へと戻った三人を待っていたのは、マリアからの衝撃的な報告だった。


「お帰りなさいませ。……心苦しいご報告がございます。少し前に、地下牢の三名が息を引き取りました。奥歯に仕込まれた毒の針を用いたようです。わたしの認識が甘く、このような事態を招きましたこと、深くお詫び申し上げます」


 静かに深く頭を下げるマリア。


 しかし、その言葉にカズトは衝撃を受ける。


「自害!? だって、あんなに怖がって全部喋ったじゃないか。アンナさんも、泣きながら助けてくれって……」


 カズトの脳裏に、死の恐怖に怯え、身体を差し出してまで命乞いをしたアンナの姿が浮かぶ。


 しかし、零がその幻想を無慈悲に切り捨てる。


「全部、演技だったのよ。もう助かる道はないと分かっていたけど、一応カズトの甘さに付け込んでみた、って程度だったんでしょうね。思えばこちらの冷静さを奪う目的すらあったのかもしれないわ。」


 零は悔しげに唇を噛み締めた。


「あの連絡先も結局偽物だった。万が一捕まったら情報を吐いたように見せかけてクレイの元に誘導して、逆にクレイがこちらの情報を持ち帰る。最初からそれが狙いだったのよ。...私も平和ボケしてたってわけね。」


 元幹部である自分がいながら、下っ端の捨て身の演技を見抜けなかった。


 それはムカデという組織の教育が、死への恐怖すらも目的に従属させるほど、徹底されている証であった。


「ふぅっ、、注意が自分たちから逸れて、時間を稼いでいる間に自害する準備を整えていたのね。なぜなら、完全に息絶えるまでは回復魔法で生かされて、再び拷問を受ける可能性があるから。怯えるふりはしていても、スパイとしての精神性は完璧に作り上げられていたみたい。」


「じゃあ、クレイの人形があそこにいたのも…」


「ええ。わたしたちをあそこで足止めし、スパイたちが確実に死ぬまでの時間を稼ぐための、巧妙な茶番だったということですね。してやられました。カズト、これがあなたの相手にしている毒虫どもの正体です。泣き顔一つ、己の命ですら、すべてが目的のための道具に過ぎません」


 セレナの言葉は厳しく、カズトの心に重く突き刺さった。


 昼間の学園での平和な魔法実技が、遠い昔のことのように感じられる。


「甘かった。俺、あいつが泣いた時、可哀想だなんて思ってた。家族を人質に取られてたなら、どうにかして助けてあげることはできないのかな、って。なのに……ムカデって、そこまでやるのかよ」


「だから言ったでしょ、あんなの安い感傷だって。でも、これで分かったはずよ。次にムカデと対峙するときは、相手が誰だろうと、どんな顔をしてようと、一瞬の隙も作っちゃダメ」


 零の厳しい言葉の中に、カズトを失いたくないという必死な想いが混じっているのを、マリアは優しく見守っていた。


「悔やむのは今夜までにしましょう。皆様、ひどくお疲れのようです。栄養ある夕飯をご用意しております。まずは温かい食事を召し上がり、体力を蓄え、明日への備えをなさってください」


 マリアの落ち着いた声に、カズトは深く息を吐き出し、強張っていた肩の力を抜いた。


 王宮の片隅、奴隷用に与えられた狭い部屋。


 一つしかないベッドの上で、カズトと零はいつものように肩を並べて横になっていた。


 暗闇の中、天井を見つめるカズトの呼吸は浅く、隣にいる零には彼の動揺が手に取るように伝わってくる。


(アンナさん、あんなに怖がってたのに。あの涙まで、全部あらかじめ決められた演技だったなんて)


 目を閉じれば、犯罪者奴隷の自分に差別なく優しく接してくれた彼女の笑顔と、冷たい死体になったという報告が交互に浮かんでは消える。


「……ねぇ、カズト。まだ起きてるんでしょ」


 静かな部屋に、零の少し低い声が響いた。彼女は寝返りを打ち、カズトの方を向く。


「あんたは、本当にバカよね。セレナ様の暗殺の時だってそう。私を見捨てれば自分は助かるって状況だったのに、結局暗殺に付き合って。そんな甘いあんたが、自分に優しくしてくれてた人の自害なんて聞かされて、平気なわけないじゃない」


 零の声はいつもの毒舌とは違い、大切なパートナーを気にかける、柔らかな熱を帯びていた。


「分かってるよ、甘いってことは。でも、どうしても『もし俺があの時、もっと違う接し方をしていれば』とか考えちゃうんだ」


「無駄よ。ムカデの教育はそんなに生易しくないわ。でも、あんたのそういうところが、私を救ったのも事実だけどね」


 零は暗闇の中でそっと手を伸ばし、カズトの服の袖をぎゅっと掴んだ。


そして、そのまま彼を自分の方へと強く引き寄せる。


「怖かったら、こっち向きなさいよ。一人で天井見て反省会してたって、ムカデの呪縛は解けないわよ。私が、あんたが悪い夢を見ないように見張っててあげるから」


「零……ありがとな」


 カズトがゆっくりと零の方へ体を向けると、彼女はカズトの頭に両腕を回し、逃がさないようにその胸元へ深く抱き込んだ。


 薄い寝着越しに伝わる、零の少し速い鼓動。


 少女特有の体温と、わずかに香る石鹸の甘い匂いが、カズトの感覚を麻痺させていく。


「ほら、もっとこっち来なさい。あんたの全部、私が塗り替えてあげる。あんなスパイの涙なんて、一滴も残らないくらいに」


 零はカズトの髪を愛おしそうに指で梳き、密着したその体温で彼の不安を塗り潰していく。


 彼女の細い腕の中に閉じ込められ、その柔らかな肉体の感触と強烈な独占欲に包まれるうちに、カズトの張り詰めていた心は次第に蕩け、深い眠りへと沈み込んでいった。

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