クレイ再び
王都の外れにある薄暗い倉庫のような連絡場所。
そこに立っていたのは、カズトにとって忘れようにも忘れられない因縁の男――ムカデの序列十位、クレイだった。
「おやおや、これは意外なお客様だ。王女様の殺害に失敗したかと思えば、まさかの飼い犬になった元五位様じゃないか」
男は、以前と変わらぬ薄気味悪い笑みを浮かべ、闇の中からゆらりと姿を現した。
「ということは、うちのスパイどもは捕まった上に情報を吐いたわけだ。これは困ったね。」
「久しぶりね、クレイ。あんたのその卑屈な喋り方、相変わらず虫唾が走るわ」
零が低く構え、周囲の空気が一気に熱を帯びる。
かつては上下関係にあった二人だが、今の彼女に迷いはない。
「おっと、怖い怖い。流石に正面から元五位様に勝てるとは思ってないよ。それに、そっちのペットも以前とは比べ物にならないほど不気味な魔力を放ってるしねぇ」
クレイは、カズトを値踏みするように細い目で見つめた。
「あんたのおかげで、随分な目にあったんだ。覚悟してもらうぞ」
カズトの指先に、パチパチと青白い電撃が走り始める。
かつては小屋で感じたあの死の恐怖が、今は静かな怒りへと変わっていた
「くくっ、威勢がいいね。まぁでも、 僕は君たちに勝てないし……ここは一つ、退散させてもらおうかな」
男が指をパチンと鳴らした瞬間、周囲に張り巡らされていた無数の透明な糸が月光を反射して光った。
「あら、逃がすとでも思っているのかしら? カズト、零。この男は生かしておく必要はありません。わたしの命を狙った不届き者、ここでその首を刈り取りなさい」
セレナから容赦のない命令が下る。
一切の手加減が不要な実戦。
その瞬間、カズトの全身から凄まじい放電が始まった。
「逃がすわけないだろ。あの時の借りを、今ここで返す!」
カズトが踏み込んだ瞬間、その姿が雷光と共に消失した。
シンとの地獄のような特訓で磨き上げた、雷魔法と肉体強化の融合――『雷装』。
「ちょっ、速っ!?」
クレイが驚愕に目を見開いた時には、すでにカズトは男の鼻先にまで肉薄していた。
男は反射的に指を動かし、周囲の魔力を纏った糸を盾にしようとするが、カズトの速度はそのさらに上を行く。
「遅いんだよ!」
カズトの拳が、雷を纏ったまま男の腹部にめり込んだ。
それと同時に、全身の魔力を一点に集中させ、男の身体を直接焼き切るような高電圧を流し込む。
「が……あ、あ、あああぁぁぁぁぁっ!!!」
(戦っているところを見るとよく分かるわ。以前クレイと戦った時と、今のカズトは別人ね。)
零は、援護に回る必要すらないと判断し、逃げ道を塞ぎながらその光景を眺めていた。
「いいですよ、カズト! そのままその雷で焼き尽くしなさい!」
地面に這いつくばり、全身を雷に焼かれながら痙攣するクレイ
「あの時は死ぬほど怖かったけど、今見ると、あんた大したことないな」
カズトはトドメを刺すべく、右手にさらに強大な雷の収束を始める。
だが、地面に這いつくばっていたはずのクレイが、負け惜しみを吐きながらも狂ったように指を動かした。
「くははっ! 確かにあの時とは別物だね!だけどさ、どれだけ速かろうと、隙間のない全方位からの質量をすべて防ぎきれるかなぁ!?」
男が指を跳ね上げた瞬間、倉庫内に潜んでいた不可視の糸が唸りを上げた。
周囲の木箱、鉄材、瓦礫、天井を支える梁までもが崩れて、物理法則を無視した軌道でカズトへと殺到する。
「零! セレナ様を頼む! ――全部まとめて焼き払ってやる!」
零が即座にセレナの前へ立ち、アルケミストの力で堅牢な絶縁体の壁を展開する。
カズトはその場で深く腰を落とした。
一瞬で内側から溢れ出す魔力が最高潮に達し、青白い火花が大気を焦がす。
「――全方位放電!!」
――ドォォォォォン!!!!!
カズトを中心に、球状の凄まじい衝撃波が爆発的に吹き荒れた。
迫りくる質量の嵐は、カズトの肌に触れるよりも遥か手前で、膨大なエネルギーに粉砕され、四方へと弾け飛んだ。
後に残ったのは、クレーターのように抉れた地面と、立ち込める白煙のみ。
「なっ、ば、馬鹿な………………」
奥の手が、文字通り塵に帰された。
その事実に、クレイは今度こそ絶望に顔を歪ませた。
「あんたの糸には魔力が通っている。一応隠されてはいるが、初見じゃないならよく見れば場所は丸分かりなんだよ。次で終わりだ」
白煙の中からゆっくりと歩み寄るカズト。その姿は、零に守られていた時とは違い、真の強者のそれだった。




