本戦第三試合②
魔力が皮膚の表面を滑るように巡り、そのまま筋肉の奥へと沈み込んでいく。
次の一手が、さらに危険な領域へ踏み込むことを、誰もが直感していた。
「あれは!あの時の手合わせで見せた光魔法か!」
以前、訓練場で一度だけ目にしたエリカの切り札。
その全容を知る前に終わってしまった技だけに、こうして実戦で見られるのはカズトにとってもありがたかった。
「光魔法で細胞を活性化させて、身体強化をしながら回復し続けるでしたか」
同じ光魔法を使うセレナでも真似はできず、よほど自己治癒のセンスが秀でていないとできない芸当である。
「先程のような無謀な特攻を何度も繰り返すわけにもいきませんからね。あれなら斬られても即座に回復しながら応戦出来ます」
「……厄介ね」
客席の距離からでも目に見えて圧が変わっており、その変化をフィールドにいるレインも肌で感じ取っていた。
(……身体強化系か。だが、それだけじゃないな)
だが詳細までは読み切れていない。
現時点では強化されているという認識に留まっていた。
「さあ第二ラウンドです!いきますよ!」
エリカが再び地面を蹴る。
先ほどと同じ直線的な踏み込みだが、その速度は明らかに一段階上がっている。
(さっきよりも速い……!やはり身体強化の類か)
それでも反応は可能な範囲。
むしろ、待ち構える側としてはやりやすくすらある。
居合いは迎え撃つ技。
相手が間合いに入るその一点に合わせることで、最大の威力を発揮する。
レインは刀に魔力を込める。
彼の刀は魔力伝導率の高い素材で作られており、さらに鞘の内部に水魔法で水を満たすことで抜刀時の摩擦を極限まで軽減している。
その結果として生まれるのは、常識外れの抜刀速度。
(今度こそ、斬る)
集中が極限まで研ぎ澄まされる。
音が消えたかのような静寂の中、エリカが間合いに踏み入れた瞬間――
レインの超速の抜刀が放たれた。
先ほどと同じように、エリカは右腕でそれを受ける。
だが今回は手の甲ではなく、腕全体で受け止めていた。
光魔法による細胞活性で防御力は確実に上がっている。
それでも、レインの居合いはそれを上回る。
刃は止まりきらず、そのまま腕の半分ほどまで深く食い込んだ。
「っ……!」
鋭い痛みが走るが、エリカはそれを合図に身体を逸らして斬撃を外す。
強引な回避に引きずられるように、食い込んだ刀が腕をなぞって滑っていく。
結果として右腕は千切れてはいないものの、完全に機能を失っていた。
(ちぎれてないなら、問題はない)
即座に左手を地面へつき、体勢を立て直す。
再び真っ二つに出来なかったことにレインはわずかに目を見開くが、驚きに飲まれることはない
未知の魔法を相手にしている以上、この程度は想定の範囲内。
即座に意識を切り替え、視線をエリカの左手へ向ける。
(来るなら、そっちだ)
右腕は先ほどの一撃で完全に殺しており、力なく垂れ下がっている。
ならば攻撃は左から、あり得るとしても足だが、軸足に注意しておけば問題はない。
選択肢が絞られている以上、対処は可能である。
エリカの左腕が引かれ、予測通りの踏み込みが行われる。
レインは刀を返し、その打撃を受け止める構えを取る。
その瞬間、視界の外でわずかに空気が震えた。
(……?)
違和感を認識するより早く、右側から拳が振り抜かれる。
「――っ!?」
顔面に来るはずのない一撃が直撃し、骨を軋ませる衝撃とともに視界が揺れた。
何が起きたのか理解が追いつかない。
ただ、来るはずのなかった右の拳を受けたという事実だけが残る。
レインにとって完全な不意打ちだった。
それでも倒れまいと咄嗟に地面へ手をつき、どうにか体勢を繋ぎ止める。
霞む視界のまま顔を上げると、再び踏み込んでくるエリカの姿が映る。
そのとき、目に入った光景に思考が止まった。
斬り裂いたはずの右腕が動いている。
深く抉った傷口が、淡い光を帯びながら塞がっていく。
筋肉が繋がり、皮膚が再生していく。
あり得ない速度で。
(……回復、だと)
この不測の事態が細胞活性による強化の仕業だと、ようやく理解が追いつく。
その本質は、防御でも強化でもなく、超速再生。
そこまで思い至った時には、すでに遅かった。
最初の一撃で生じた反応の遅れは、この戦いでは致命的だった。
その僅かな差を逃さず、エリカの拳が叩き込まれる。
一発では終わらない。
揺れた視界のまま、全身へと連続した衝撃が叩き込まれていく。
防御が間に合わない。
反応も追いつかない。
一瞬のうちに、数十の打撃が積み重なっていく。
最後に踏み込みと共に放たれた一撃をまともに受け、レインの身体がそのまま壁へと叩きつけられた。
ほんの一瞬の攻防。
だが、その中に詰め込まれていた情報量はあまりにも多い。
観客のほとんどは、何が起きたのか理解できていないだろう。
闘技場が音を失い、数秒遅れて審判の声が響いた。
勝負あり。
さらに遅れて、実況が慌てたように声を張り上げる。
「い、一体何が起こったー!?エリカ選手が突っ込んだと思ったら、レイン選手が吹き飛んでいたー!まったく見えなかったぞー!」
実況も含めてほとんどの人に困惑と興奮が入り混じっている。
「このままでは皆さんも混乱してしまいますね。――会長、解説をお願いします」
いつの間にかシオンが隣で優雅にお茶を飲んでいた。
(あんな事もやるのかあの人)
カズトの心の中のツッコミはもちろん届かない。
「今のは、かなり高度な読み合いでしたね。
エリカさんは先ほどと同じく一直線に踏み込み、レインさんはそれを居合いで迎え撃った。
ここまでは同じ展開です」
シオンの落ち着いた声に、観客席のざわめきが少しずつ静まっていく。
「ただし今回は、エリカさんは右腕を犠牲にして斬撃を逸らし、そのまま左腕で攻撃に繋げようとしました。当然レインさんもそれを読んで、左からの防御の構えを取っていた。本来なら、そこで均衡が保たれるはずでした」
そもそも右腕をあっさりと捨てた時点で違和感を感じ取るべきだったのかもしれない。
「しかし――そこで斬ったはずの右腕が回復した」
最初の自殺紛いの突撃が、その感覚を鈍らせたと言える。
「細胞活性による超速再生。
それがレインさんにとって完全に予想外の事象でした。対応が一瞬遅れたことで隙を突かれ、初撃のクリーンヒットから一方的な連撃を許した。それが、この結末です」
「予選からここまで、この隠し球を温存していたエリカさんが、戦術面で一枚上手でしたね」




