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2話 夢物語の姿

 夜桜香織は根暗だ。


 大人しい性格の小学生時代。香織は日頃見えない何かに怯えていた。

 心身に害するような過去のトラウマを抱えていた、という背景は一切無くて、純粋に両親の鍾愛によって不自由のない生活を送っていた幼少期の香織には、世間的には裕福寄りの一般的な家庭に産まれただけで、根暗とは無縁の関係だった。


 大切にされて。愛情という熱を知った。

 当たり前の幸せ。実りある平穏。そんな、健やかな日常が織り成す日々に。


 香織は自分自身が臆病者なんだと、本心から理解してしまった。


「は、初めまして、私の名前は、夜桜香織、です。よろしくお願いします……」


 キッカケは入学早々の自己紹介の時間。


 驚くほどに声が細くて。

 カラスの鳴き声に負けるほどの悲しい声量。

 勇気を出したのに。ぎゅっと拳を丸めて、振り絞った声は教室に届くかどうか。一瞬の静寂が包み込む空間の中で、注目を浴びる香織には荷が重かった。


(なんで、声が出ないの)


 喉元から込み上げてくる不安が。全身を伝っていく動揺が。

 自我を否定する。いいや、本音が現実を突き付けてくる。これが夜桜香織だと。性根に似合わない先入観のせいで、香織はその一歩を踏み出せないでいる。


 クラスメイトのみんなは優しい。


 からかいのない普通の拍手。歓迎してくれる視線は温もりを含んでいて。

 中には「頑張ったよ!」とか「偉い!」とか。「カワイイ!」と屈託のない反応を見せてくれる。新しい日常の始まり、そんな雰囲気が。


 違うの。本当は。


『初めまして! 私の名前は夜桜香織だよ! 私の名前覚えてくれると嬉しいな。あはは、これから一年間、クラスのみんなよろしくね!』


 キラキラと煌めくお天道様みたいに。みんなを照らすお月様みたいに。

 理想像の自分。なりたい自分に香織は憧れている。


 誰もが思い描いた、夢物語の姿。

 女児アニメを見る為に早起きしてテレビの画面に釘付けになる毎週の日曜日。

 特に『可愛い女の子』よりも『戦う女の子』に心惹かれた香織は、次第にリアルを求めるようになり、ご当地ヒーロー『俳空戦隊ハイカラダー』のハイカラピンクの何事にも諦めない姿に感動して、夢を抱き、夜桜香織を築き上げた。


(なりたい……、ハイカラピンクに……!)


 瞳の色をキラキラ輝かせて。

 強くなりたいと願って。諦めない気持ちが心を鍛える。


 そのハズだった。


「あのね、香織は香織のままでいいんだよ」

「え?」


 ランチタイムの教室。昼餉を共にする親友に唐突とそれは告げられる。

 清住琉季。腰まで伸びた茶髪のロングヘアーをしていて、左右に分けるおさげのツインテールが特徴的。持参したお弁当の厚焼き玉子を箸で口元に運ぶ。しっかり咀嚼をすると、ジト目をした琉季は箸を向けた。


「香織が言いたいこと、私にはよく分かる。だって友達なんだし。でも、これだけは言わせて。変わらない良さも必要とする時が必ず来るって」


「でも、内気な性格を克服したいよ……」


「内気な性格? うーん。私にはそう見えなかったけどね?」


 苦笑を含む琉季のリアクション。その当惑を飲み干そうと琉季はストローで野菜ジュースを飲む。中身が少なくなったのか紙パックが少し凹んだ。


「成績は常に優秀。多分だけど赤点とは無縁のハズ。あとは、そうだ。思い出したんだけど香織、先輩達の卒業式で在校生代表の挨拶をしてたでしょ。しかも白紙の状態で。……実際に言葉にしてみると、口頭と実績が合わないような。嫌味か」


「あ、あれは先輩達を送り出す特別な日だから、失敗したくなかっただけだって」


「失敗、ねぇ」


 琉季は微笑む。何処か遠くを眺めるような、物静かな眼差しがあった。


「香織はがんばり屋さんだ。誰よりも繊細で、引っ込み思案な部分も含めて。香織が目指している理想の自分、っていうの? 多分、香織自身が気付いてないだけで、描いていたら理想の自分になっているんだよ」


「理想の、自分……?」


「そう! だから今の香織は素敵に思える。胸を張って、未来に進めるよ」


「琉季……」


 夜桜香織は根暗だ。


 極度の心配性で臆病者。内気な自分にネガティブ思考になりがち。

 憧れていた『理想の香織』とは程遠い。夢の中の憧憬を現実にしようと、香織は理想の自分を模倣する形で弱い部分をカバーしていた。

 胸の内に秘めた理想の自分。もう一人の『夜桜香織』が没入することで本来の力を発揮する。運動神経が抜群で、成績優秀の理想的な自分を映す。


 これまでの功績。結果は全て『キラキラした夜桜香織』をトレースしただけ。

 紛れもなく自分の実力じゃない。妄想のお陰だ。


 弱気な心が補う為に生み出した、歪んだ人格形成によって出来ている。


「ごめんね。私がこんなにも臆病だから……」


『ううん。大丈夫だよ。もう一人の私。むしろね、姫に感謝しているんだ』


「キラキラの私……?」


『私の存在は貴女のことを守る為に生まれた。理想の自分として。なりたい自分を描くことは素敵だよ。羨ましくて、だけど微笑ましい。夢があるってことは未来を切り開く力があるってこと。それは姫だけにしか、出来ないことなんだ』


 不安になる気持ちも。心が温かくなる気持ちも。

 目に映る感動も。胸を締め付ける悲しみも。それはやがて希望に辿り着く。


 全部本物なんだ。


 欠点した部分を補完する為じゃない。 

 根暗の香織と理想の香織。二人の人格を合わせて、『夜桜香織』になるのだと。


『……ありがとう。私という理想を否定しないでくれて』


 イマジナリーの自分を受け入れる。

 最初は熱で項垂れていた妄想の副産物だと思っていた。全くの別の意思でヒントやアドバイスをくれたり、確かなことは一時の寂しさを埋めてくれた。

 だけどそれは香織本来のポテンシャル。弱い内面性を守ろうと現れた理想の自分の行動はハイカラピンクと同じ人助けがモットーだった。


 太陽の側面を持つ理想の自分。対して対となる月の側面を持つ現実の自分。


 それを全て纏めて夜桜香織に還る。


 友達の琉季が言っていたように。夜桜香織は香織なのだと。


(描いていたら、理想の自分になっている)


 自分が臆病者なのは否定しない。不安は毎日訪れる。

 怖いという感情は生きるのに必要だから。それでも手を伸ばした先に、見付けた幸せは当たり前の日常の中にある。


 琉季の笑顔が何よりの証拠だと思う。


「さてと! そろそろ昼食終わりそうだし、話題の進路の話でもしよっか」


「ええ? 丁度良い感じなのに進路の話はちょっと気が……」


 両手を叩いて鳴らす琉季に香織は難色を示すが。


「何を言っているのかね夜桜香織さん。我々は来年高校に進学するんですよ。人生で一度きりの高校生デビュー! 香織だってワクワクしたでしょ?」


「……したよ。でもイメージをすればするほど、悪い方向に進むというか……。華やかなクラスメイトのみんなと違って、高校デビューを失敗した、物陰を支配する影の薄い私の姿……」


「出たよ。香織のネガティブモード」


 何事もない平和に不安要素に怯える。それが香織の常套手段。

 それが日常茶飯事のように続く、ちょっぴり騒がしいハプニング。マイナス思考の香織を支えてきた琉季には見慣れていた景色だった。


 小学生時代、琉季の存在が心の救いになった。男子に揶揄われそうになった時、琉季は男勝りな性格で返り討ちにしていた。

 喧嘩強くて。図々しい笑顔が光る。あの頃を思い出してみると、退屈しない日々だったんだと改めて追想する。


 意外と悪くない順風満帆な人生を。


「生粋の心配性だなー。そりゃあそっかー。進路表まだ白紙だったもんねー」


「お、追い討ちをかけないでくださいますか。琉季様ー……」


 両手を合わせて猛省する香織。お経のようなイントネーションが教室に届く。

 一角にある小さな賑わい。「ひれ伏せ、お辞儀をするのだ」と勝気な琉季は結構満足そうにしており、「め、迷訳だ……!」と香織は困惑するしかない。

 そんな二人だけの時間を見届けていたクラスメイト達はクスッと微笑む。


「あはは、冗談だよ。白紙なのが気になって。アドバイスしようかなーって思っていたけど、要らない心配だったね。無難に狛宮高校でいいんじゃない?」


「狛宮高校って、制服が可愛いところの?」


「うん。割と近所にある高校だし、私達の成績なら問題はないでしょ」


 生徒の大半が狛宮高校に進学する。中には偏差値の高い名門校に進む者も。

 正直、将来について見当が付かないというか。安定した公務員しか選択の余地がないというか。夢を語るにも勝手に熱りが冷めてしまうだけ。

 白紙が理由だ。結局一つに集約する人生に記述する必要があるのかと。


 悴んだ心の蟠り。

 それでも琉季の言葉で雪解けていく。


 気骨を抱け。一回限定の人生をエンジョイする。本当に必要なのは親友と分かち合う喜び。沢山の楽しみを見付けていけば、彩りのある日々に変わる。


 きっと、変われる。


 白紙の進路表を片手に。香織は物静かに見据える。

 目標を探そう。未来のことを語ろう。遠い夢の続きを。歩むのは簡単だ。


(……頑張ってみようかな)


 前向きになれる理由を。探すことを忘れない。

 ドキドキした心音を包み、香織は大事そうに目を瞑る。友達と歩む謳歌の為に、目の色を変える香織は少しだけ、大人っぽく背伸びしてみた。


『姫なら掴めるよ。貴女の勇気が世界に彩りが満たすことを、信じているって』


「ありがとう。もう一人の私。……あのね。聞いてくれるかな? これは私のワガママなんだけど、これからも私のこと、背中を押して欲しいんだ。理想の私は私にとって最高のヒーローで、私だけの主人公だから」


 自分自身を信じる。支え合いが守る盾になり、弱点を補っていく。


 真剣に生きる。二人で最強になろう。

 理想を飛び越えて、目指すのは夜桜香織パーフェクトモード。


「夜桜香織は香織だから―――」


 ずっと一緒だった。雨の日も初夏の朝の日も。

 眠れない寒い夜の日も。理想の香織は側に居てくれた。守ってくれた。姉みたいな優しい人に、感謝の気持ちを伝えたい。


「私も、強くなるよ」


 木漏れ日の教室の中で、そよ風が香織の黒髪を撫でる。

 不思議と心に余裕が出来ていて。ほんの少しの冷たさが過ごしやすい。

 窓越しに映る青空と白い雲の世界。見慣れていた景色をきっと懐かしんでいく。当たり前にある感覚が大切にありたいと、香織の意志力は強くなる。


 そんな、素敵な目標を見付けた香織は日々を勤しむ中で。

 丁度春の陽気が薫風の日差しに変わる頃に。


 唐突と訪れる。



「―――夜桜香織さん。八重の称号、『百合姫』を継承していただけますか?」



 不死鳥を象る左腕の校章。

 翔星学園の生徒にして八重の一人であり、現『百合姫』の少女、百城遥花が香織と琉季の二人に現れたことを。

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