第九十五席 めでたいことは皆さんで
「これで村長殿も神官殿に続いて父親か!?」
「めでたいねえ。いろいろ大変だろうけども、そしたら婆たちに頼っておくれな」
村人たちの集まったコガ屋敷。畳敷きの居間に並び座る利康とフミニアの所に、おめでた祝いを持ってきた者たちが続々とやってくる。
「ありがとうございます。頼りにさせてもらいますね」
「僕の方は、まだぼんやりと、これからなるんだ……ってくらいなんですけれど」
「まあ男の方はそんなもんだろうがよ! 嫁さんの腹が膨らむまではなかなかな!」
正直なところを語る利康に、白髪白髭の老人が豪快に笑い飛ばしながら、ビシバシと平手で若い村長の背を叩く。
「おいおい、爺さまがた。あんまり村長殿を独り占めにせんでくれ。まだ後がつかえてるんだからな」
「おお、すまんの……って、お前にジジイ呼ばわりされる筋合いはないわハゲジジイめが!」
「なにを! 自分がフサフサしとると思ってからに! どっちもジジイに違いなかろうが!?」
「やかましいわジジイども! 妊婦の前だよ!?」
「へぇーい」
「村長殿も気をつけてな。女は長ずれば魔物も裸足で逃げ出すからな」
「ジジイどもォ!?」
「ひえー」
それまでのふくふくした表情から一転、髪を振り乱した老女に追われて飛び出していく老人二人。
そんな調子で、祝いを持ってきた村人たちは、利康らの前を代わる代わるにあいさつをしていく。
しかし、いくらコガ屋敷が広く作られているとはいえ、祝いに訪れた村人全員を納められる訳はない。
順番待ちの、またはあいさつを終わらせた者たちは、家の前に急きょ並べたテーブル数台を囲んでの宴に興じているのだ。
そのための料理をこしらえているのは、茶の湯指導を受ける弟子たちである。
エルフ伝統の干しきのこをベースに、香味野菜も数種加えた出汁。
そこに根菜に葉野菜。肉を入れて煮込んだ鍋料理。利康とフミニアのレシピで作られたそれと酒とが、たき火の明かりと温もりの中にいる村人たちを満たしているのだ。
「ウチの時もだったが、やっぱみんなこうやって盛り上がるの好きだねぇ」
「まあ、村のみんなの楽しみになるのなら、お祭り騒ぎの種になるのも悪くありませんね」
「だな」
友人として居間に居座るエルネストが言うとおり、神官夫婦の時にも同じようなことがあった。
懐妊・出産を初めとした慶事は、村人全員で祝い騒ぐのが村の伝統なのである。
「それにしても、話を聞いてすぐにトシたちの子どもが無事産まれるように。と、我が神にご加護を願ったが、ずいぶん強いのが下されて驚いたぜ?」
「えっと、どの程度のものか聞いても?」
「確か、ウチの嫁にかかったのと同じくらいのだったな」
「それはなんとも……ありがたい話で。恐縮ですね」
エルネストがレンボルテオラスに乞い得た加護の強さ。それを聞いて、利康はありがたくも畏れ多いと顔を強張らせる。
赤子と言うものは、宿ればただ育ち生まれるというものではない。母の胎内で育ち、身二つとなるまでに、流れてしまう危険は数多く付きまとうのだ。
くり返してになるが、レナンジェイス大陸現代の医療レベルでは、その危険は現代日本とは比べ物にならないほどに高い確率で存在する。
そこでここでも活躍するのが魔法。特に神に奇跡をこいねがう神聖魔法と言うわけである。
赤子を保護するという観点においては、殖産を司る豊穣神イオグラシアが最も頼りになるのは言うまでもない。が、変わることを愛し、受け入れることを是とするレンボルテオラスによる加護も決して劣るものではない。
ただ、ダメだった場合でも「愛してその人を失うのは最上の次である」として、立ち直るように励ましてくるだろうあたりは、心配になるのであるが。
だがそれはそれとして。良き変化を祝う神から、強力なご加護を賜れたのは、単純にありがたくも頼もしい。
それだけフミニアもその身ごもった子も、安全かつ健やかに出産をを乗り越えられる可能性が高まるからである。
しかしそれでも信徒と、それも「聞こえし者」である神官家庭と同程度の加護と言うのは大盤振る舞いにすぎるのではないかと、利康は思わずにはいられない。
「ああ、気にすんなって。トシはあれだ。我が神に茶の存在とその楽しみ方を教えただろ? レンボルテオラス様からしても先生って言えるようなもんなんだからよ」
「ありがとうございます」
そんな利康の考えを察してか、エルネストは掌を軽く仰がせながら笑い飛ばす。
「トシさんも奥さんもおめでとさん!」
するとそこへ樽を一つ抱えたルタがやってくる。
「ああ、ルタさんも。ありがとうございます」
珍しく光の翅も出さず、割り込みも乱入もせずに現れた彼女に、利康は朗らかな礼で応じる。
「ありがとうございます」
そしてフミニアも深々と指をついての礼で。しかし迎えるその笑みはぎこちなく、礼も体を丸めて腹を庇っているようにも見える。
「もぉお、奥さん酷いなあ! ルタさんはそんな子どものいるお腹を狙うような極悪非道じゃないよ!?」
そんな警戒心の滲んだフミニアの態度に、ルタは三つの眼を揃って半眼にして唇を尖らせる。
「ご、ごめんなさい」
「子どもは男の子も女の子も元気で可愛いのをペロペロするのに限るからねね……ヒヒャハハ」
「前言撤回!」
不躾な態度を素直に謝るフミニアであったが、続いたルタの怪しい笑いに、別の意味での警戒心からお腹の守りを強固にする。
「えー! なんでよー!? いじめたりなんてしないのに、むしろペロペロと可愛がるよ! ねえトシさん!?」
「それはもちろん、僕も妻もルタさんがいじめるとは思ってませんが……」
ただし可愛がると言っても、利康にも母犬が子犬にするような具合にしか想像できなくなっているのだが。
「むしろ男の子だったら婿に欲しいと思うんだけど、どうかなトシさん、いやお義父さん?」
「生まれるのは来年でしょうから十五歳差。この辺りでは親と子ほどの差ではないですか」
「大丈夫大丈夫! エルフとかなら百歳差の夫婦とかいるらしいから!」
「あなたは、エルフじゃ、ないでしょうに……」
打てば響く。
そう形容するほかない勢いで叩きつけられる言葉に、利康はため息交じりに額を抑えて頭を振る。
ちなみにルタは現在十四歳。早めに成人認定を受けているようであるが、利康の感覚で言えば中学二年生。
なおルタはエルフを引き合いに百歳差だのと言いはしたが、トゥリゴーノは別段長命の種族というわけではない。
光の翅のような特殊能力を持ち合わせてはいるが、寿命の面では人間種と変わりはないのだ。
「そうそう。子どもと言えばこんな話は知ってる? お妾さんが忙しくなるのは嫁さんのお腹にお子さんが出来たときなんだってさ? ヒヒヒャッ」
甲高い笑いで締めくくったその言葉に、フミニアが不快感に顔をしかめる。
「誰が誰の妾ですって?」
そして利康も頭痛を堪えるような姿勢のまま、また要らんことを言うルタの言葉をバッサリと切り捨てる。
「そういえばまだ正式に受け入れてもらってないっけ?」
「まだも何も、そういう予定はありませんから」
「でもでも、予定外の事って面白いと思わない?」
「……そういう予定外は要りませんから。話をすり替えるのはやめてくださいよ」
舌を出しつつ自ら頭を小突いて見せるルタ。それに対して、利康は重ねてのため息。
錬金術師としては優秀なのに、どうしてこうも引っ掻き回すようなことを言うのか。
これでも利康としては強めに言っているつもりである。しかしそれでも当人はまるで堪えた様子もなく、へらへらとこちらの反応を見て遊んでいる節が見えるからなお始末に悪い。
そうしているうちに、ふと居間の中空に輝く風が渦を巻き始める。
「お? 義姉さんか、お義父さんからお祝いの伝言でしょうか」
『トッシー。フミ。お姉ちゃんだーよー。アタシと父さんからまーずはでかしたと! 言ーわせていただこぉーか!』
利康の見立てのとおり。かたまり少女の形を成した風がつむぎ出したのは、アイアノの声。その写しであった。
『で、ついでにちょっとトッシー師範にはお願いがあるのーよぉーお?』
しかし風の乙女が運んできた言葉は祝いの一言だけではなかった。
今回もありがとうございました。
数日前に胃腸をやられまして、二日ほど寝込んでおりました。少々ペースが落ちましたが、待っていてくださった皆様には感謝ばかりであります。
次回の更新もまた未定ですが、どうぞ気長にお待ちいただけましたら何よりです。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願いいたします。




