第八十席 儀式は粛々と、宴ははっちゃけて
風に乗り、流れ広がる焚かれた香の芳しさ。
その香りに包まれながら、利康は祭壇を前に正座。板に草織敷を重ねて作った席にて茶を点てる支度を進めていく。
元の素材から「破れ鍋」と呼んでいる風炉に、熾こした炭をつぎ、炉にかけた鍋の中身を湯にしていく。
そうして充分に熱を含ませると、その一方で利康は整然と並べた道具たちを前に帛紗をちり打ち。たたみ、手のひらに収めた布で、道具たちを神前に捧げるに恥じないように拭き清めていく。
棗茶器。次いで面を変えて柄杓。
一連の動作を背筋を微塵も曲げずにこなしたことに、それまでしわぶきの音ひとつ立てなかった周囲から微かなどよめきが。
それは利康の帯びた静にして清なる気配に驚く一方、この空気を崩すことをためらってのもの。
続く、恥を押し流そうとするような控えめな咳払い。
しかしそんな空気の乱れがあっても、利康の姿勢には微塵のブレも生じない。
神前の一席への集中がそよ風程度の乱れで揺らぐはずもないのだ。
そこへ白い着物風の衣を着たフミニアが、菓子を乗せた盆を手に祭壇へ。
静々とした彼女の歩みは、祭壇前で出来上がっていた空気にとって異物であることに違いはない。であるがしかし、茶に臨む利康の醸し出す空気を乱すことはない。
むしろフミニアの粛々たる動きが重なることで、祭壇の纏う気配は清らかさを増したようにさえ見える。
コガ夫妻の調和が生み出す奉納儀式らしい静粛さ。
その中でまず茶に先んじて捧げられたのは小ぶりな花である。
否。よく見ればそれは生花ではない。
表面がつるりと白く艶めいた小さな団子。それを淡い橙色の練り生地製の花弁で、宝物を守るように包んだ、食べられる造花である。
フミニアが手製の飾り菓子を捧げる一方で、利康もまた茶碗を温めるため、柄杓一杯の湯を注ぐ。
この湯を受けるのは、利康が異世界から持ち込んだものとも、黒エルフの漆椀とも違う。
おうとつの無いつるりとした口広の白。その所々に青く鱗のような文様が。
シュラムの手による、ドワーフ茶碗である。
今日お披露目を迎える碗。それと愛用の茶筅を温め終えると、役目を終えた湯を捨てる。
こうしていよいよ茶を点てるという段階に至ったところで、利康は息を一つ。
これが初めてではないが、奉納茶のために改めて気を整える。
そうして茶杓で鱗紋の茶碗へ茶入れの中身を。
一杓、二杓、三杓。そしてさらに重ねて。祭壇に並ぶ神像、聖印。偶像の数だけ抹茶を。
そして器の中で山を成した濃緑へ、お湯をかけるように注ぐ。
湯の勢いだけでいくらか広がった茶。
その中へ利康は茶筅を入れてさらに撹拌。滑らかになるよう練り整えていく。
そう、今回神々へ奉納するのは濃茶である。
このためにとっておきの茶葉を選りすぐり、棗茶器に納めて持ってきたのである。
茶が冷めないように、しかし丁寧に、鱗紋の茶碗の中で濃茶を練り上げる。
本日この時の気温湿度における最適な分量、温度。しかし捧げる相手の中には、初めて味わう者も。なので直感の訴えかける最適解からあえてわずかに外して、薄く苦味を抑えるように仕上げている。
そうして仕上がった濃密な茶の一服。
利康はそれを両手に包み、おし抱くようにして胸元に。
そうして宝物を運ぶように菓子と並べて神々の宴席へと音もなく。
続けて妻と共に一歩退き、並んで二礼、二拍手、一礼で締め。神々にコガ家からの一服を奉ずる。
「神々よ。我らが飢えぬように糧をもたらされたことに重ねて感謝を。印としてはささやかではありますが、どうぞお納め下さい」
そして利康とフミニアが祭壇から離れると、エルネストが祈りの言葉を捧げる。
すると祭壇に並べた菓子が齧られたように削れ、濃茶がすすり音を立てて目減りする。
そして茶と菓子が消えてなくなると、続けて別に奉納された他の品々もまた減っていく。
こうして茶を始めとした奉げものたちは無事に神々の懐に。
この奉納の受け入れをもって、恵みに感謝を捧げ、祝う儀式はつつがなく終了。
「御笑納いただきましたことに畏み感謝を……ではこれより我らも宴に入る!」
そうなればあとは、現世に身を置く者たちが楽しむ番。
赤毛の神官の宣言に続いて、村の面々は揃って拳を突き上げ歓声を上げる。
そんな村人たちをかき分けて、アイヒェサクスを始めとした力自慢の男衆が、奉納されたものと分けておいた祝い酒の樽を運び込む。
「さあ村長殿に神官殿、蓋を割ってくだされ!」
「ええ、行きますよ!」
「おうさ!」
そして利康は手渡された白木の木槌を片手に号令一つ。
エルネストらの相槌に合わせて酒樽をふさぐ蓋をぶち割る。
景気のいい快音に続き、それまで封じられていた果実酒の芳香がぶわりと。
そこに含まれた酒気に利康はひるみはしたものの、村長として真っ先に器を突っ込む。
そして酒に満たした杯を引き上げ、祭壇近くに集まっていた客へ渡していく。
続いて、エルネストら村人たちから代表格と扱われる者たちが己の酒杯を酒の中へ突き入れ汲み上げにかかる。
すると待ってましたとばかりに、方々でも蓋を割り開ける快音が次々に。
利康は義父や大カワロらの客人に酒を配り終えると、妻から差し出された朱塗の杯を手に取る。
この盃を満たすのはもちろん樽に入っているものと同じ。ナシによく似た果実由来の酒である。
ただし酒はあくまで一垂らし程度。ほとんどはフミニアが瓢箪に持ってきていた、同じ果実を絞ったジュースである。
地球の感覚で言えば、利康はまだ高校一年生。
親族のほとんどが弱かったこともあって、酒を割りもせずに飲むのは少々恐ろしい。
これが人生初の飲酒ともあればなおのこと。
薄めた酒とするのが利康からしてみればギリギリの譲歩である。
「さあみんな! 茶も料理もお届けした! 次は我らの生き生きとした喜びの声を届けましょう! 乾杯!!」
「かんぱぁいッ!!」
ともあれ利康は盃を掲げながら、腹からの声で乾杯の音頭を。
それを受けて祭に集まったものたちは、一斉に器の中身をあおる。
「ひゃぁああ! こいつはうんめえええええッ!!」
祭の時に限った、飲み放題の振る舞い酒。その美味さに方々から感嘆の息が上がる。
そこへさらに山盛りの料理が運ばれる。
その中にはもちろん利康の伝えたカラ揚げの皿も。
また汁物として、肉を取った後に出た大量の骨と野菜で出汁を煮出したスープも振る舞われる。
「何だこりゃ!? 初めて食うけどすげえ美味え!?」
「酒にも合うぞ! 肉が酒を、酒が肉を進ませる! どっちも止まらんッ!」
「なんだこのスープの風味?! 味わい深さは!? お代わりだ、お代わりをくれ!」
そんな新鮮な味をたたえる舌鼓の大合奏。
生きてこの味に出会えた喜びと感謝の声も高らかに、収穫の宴はその賑わいを増していくのであった。
今回少し短めですが、ありがとうございました。
次回の更新日については、聞かれても困ってしまいますとだけ。気長に待っていて下さったらうれしいです。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願いいたします。




