第五十三話 荷車に加えて担架役ですかそうですか
高くへと上っていく太陽。
降り注ぐ朝日の下、ウルタニア帝国領辺境の街道を、ゴトゴトと音を立てて荷車が行く。
辺境ゆえ、むき出しの土を踏み固めただけの粗末な道。
凹凸の多いそこを進む荷車は、いままた地面から突き出した石につまづき荷台の小屋を揺らす。
そんな小屋付き荷車の引き手を掴んでいるのは利康。
そう。漢字とエルフ文字で銘を書いた看板をつけたこの荷車小屋は、利康制作の移動式茶室、浪輪庵である。
はぐれ者の村からウリエンス大河まで牽引。そこから舟に乗せて帝国領に運んだわけである。
渡河中は分解して折り畳んで舟に載せ、船着き場に到着後に組み立てたのである。
出発までのひと晩という短い時間ではあったが、車輪がつまづいてもひとりでに分解しない程度にはきっちりと組み上がっている。
ちょっとした道具と、いくらかの道幅さえあればどこにでも運んでいける茶室。その設計思想に完全に応えた形である。
もっとも、今は荷物を運ぶ荷車と、休憩中のテント替わりといった扱われ方ではあるが。
ちなみにこの浪輪庵、以前の状態からある点が改善されている。
分解、組み立てが簡単な点は元からのこと。
ならばどこがかと言えば、出入口である。
多種多様な種族の存在する、このレナンジェイス大陸のある世界では人間とは異なる体型の者も多数存在する。
利康の運び込んだそのままでは、極端に大柄なものには茶室の構造がまるで対応できないのである。
そこでせめて、いくらか恰幅の良い程度の者たちが出入口で引っかかることはないように。と、にじり口回りを分割。簡単に外して、即座に出入口を大きく広げられるように改造したのである。
もちろんこの仕組み、外したくないときにはひとりでに外れたりしないよう、パズル的な噛み合わせに工夫して組んでいる。
この噛み合わせも試行錯誤の途中のものである。が、こうして理想の形へ向けて、じりじりとした具合ながら進んでいく様。それは利康に自身の茶室をまた一段と好ましく思わせるのである。
人間に倍する体格の巨人。これらを相手にしては土台から迎えられないものの、中に招く事のできる種族を増やした移動式茶室。
利康はその引き手をしっかりと握って、口の端を持ち上げながら道を踏み込む足に力を込める。
強まっていく日差し。重荷に力を燃やして抗う筋肉。
内外からの熱に利康の体からは汗が噴き出す。
「大丈夫ですか? やっぱり私もいっしょに……」
そんな力いっぱいに荷を牽く夫の姿に、フミニアが手をさしのべる。
「ははは……なんのなんの、まだまだ平気ですよ。まだまだひ弱なので体力をつけてなくてはいけませんから」
妻の助け舟に対して、利康は笑ってまだまだ大丈夫だと片手を上げてみせる。
「あーれ? ちょいと、前の方でなーんーか?」
そのアイアノの声を受けて、一行は足を止めて彼女の指さした道の先へ注目する。
指さすその先には確かに何らかの影が黒々と。
「あれ、人が倒れてるんじゃないですか!?」
そう叫ぶや否や、フミニアは道に横たわるものに向けて走り出す。
確かにフミニアが言う通り、倒れてうずくまった人のように見える。
ともあれフミニアに遅れること少し、アイアノとウテアも駆け出し、利康も勢いをつけて荷車を牽くため強く地面を踏み込む。
駆け寄り、近づくにつれて、道に横たわるものの姿がはっきりとしてくる。
フミニアが言う通り、人が倒れているのに間違いはない。
やや遠目な距離からも分かる、一行四人のうち誰よりも、利康よりも背が高く大柄な体躯。
しかしその一方で、要所要所は丸みを帯びたもの。
つまり倒れているのは大柄な女性なのである。
倒れた女性の体にはまた、肩や背中などに黒く光沢のあるものが。
鎧に身を包んだ女戦士のようにも見えるその姿。
だが近づいてよくよく見てみれば、それは鎧を着ているわけではないことが分かる。
一部の肌そのものが強固で分厚いクチクラ質の装甲になっているのである。
間近にまで走り寄れば、村の仲間にいて見覚えのある構造なのでそれがはっきりとする。
角のない黒く厚い外骨格の額当て。
その下には苦し気に歪んだ太めの眉毛。それと緩く閉ざされたまぶた。
くっきりと整った顔立ちながら、乾いた唇からはうめき声が漏れて、やはりその表情は苦悶に歪んでいる。
「この人、どーしよーねぇ?」
角がないことでカブトムシ型の甲虫人の女性だとはっきりとした行き倒れを前に、アイアノが腕組み思案顔。
「それはやっぱり、この近くで介抱するか、近くの集落まで運ぶかするしかないんじゃないですか?」
どう助けようかという義姉の問いに、利康はあごまで伝い落ちてきた汗をぬぐいつつ具体案を二つ。
そんな利康のあご回りに、フミニアが手拭いを当てて珠を作った汗を拭きとっていく。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
礼を言う利康と、微笑み頭を振るフミニア。
そんな妹夫婦の仲睦まじい様子を、アイアノは微笑ましげに一瞥。ふたたび行き倒れに視線を戻す。
「まぁーあ、そーれしかないかねー。で、伯母上さまぁ? 近いのって戻ると進むのどっち?」
「ここからなら進むほうですわね。きちんと近場の村をなぞっていたのでしたら、この位置で行き倒れたりはまずないと思うのですけれど」
アイアノの問いに答えながら、話を振られたウテアは不思議そうに首ひねり。
「そーのへんは……いま考えてもしょーがないですね」
伯母の疑問に対してアイアノは自分たちだけで分かることではないと脇に置いて、利康の引く浪輪庵に外吊るしにした瓢箪に手を。
木のカップに注いだ水を片手に、アイアノは行き倒れの女レマハスへ。
「もっしもーし? 水あーるんだけど、飲めるー?」
そして見るからに乾いているらしいレマハスの頬を平手でペチペチとノック。気付けをしながら呼びかける。
その声を受けてわずかにうめき声のリズムが変化。
それを聞いてアイアノは手持ちの布に水を含ませて女レマハスの口元へ。
いきなりに水を口に流しいれるのではなく、まずはほんの少しの水で湿らせるだけ。
与えられた水分に舌が動き、さらに求めるように唇が開く。
「よーし、いいよぉー」
わずかに潤いを帯びた唇の動きを認めてアイアノは笑みを。そしてレマハスの女性を助け起こして、水を注いだカップを口に付ける。
「……さぁーて、なんにせよ日陰には運ばなーいとだよね。影にいる闇精霊を頼って日よけを作るってーのもありなんだけど」
「そうですね。日陰にまで運ぶのでいいでしょう。この陽ざしは闇精霊さまにもつらいでしょう」
行き倒れに水分を補給させながらのアイアノの言葉に、利康は手で作ったひさし越しに天を見上げて答える。
これから昼にかけて、ますます強まるであろう陽ざし。
それは避けねばならないが、かといって魔法を使うこともないだろう。
魔法は便利だが、やたらめったらに精霊を気安く働かせてしまうのも忍びない。
その利康の考えに、精霊使いたちは目を細めてうなづく。
「僕よりも背丈がある方ですけれど、ここは僕が頑張って運びますよ」
ほぼ間違いなく利康よりも重いであろうが、それでもここは紳士的な頑張りどころと、利康は荷車から手を放して袖まくり。
「あ、そーだトッシー師範。運ぶならいーとこがあるじゃん?」
「え? どこです?」
いい場所があるとのアイアノの言葉を受けて、そんな場所がどこに、と義姉の視線を辿る利康。
するとそこには利康がいままで牽いていた浪輪庵が。
「この荷車茶室なら、日除けとしてもいーい感じじゃないかね義弟よ!」
アイアノはそう言って親指を立ててウインク。
「そうですね。それが一番よさそうです」
義姉の発想の合理性には利康もただうなづくしかなかった。
今回もありがとうございました。
近頃話の進みが遅い感じもしますが、少々余分なエピソードを差し込みすぎでしょうか。
もっとサクサクと密度の高い話運びができるようにもなりたいです。
次回の更新は案の定未定です。ですがどうぞ、よろしくお願い申し上げます。




