第五十二席 もういいんだ。休んでいい
高々と昇った太陽。
時折かかる薄雲のカーテンの他には何物にも遮られることなく、そこから真っ直ぐに光が落ちてくる。
降り注いだ光は風と流れとで波立つ水面に跳ね、そこかしこへとでたらめに輝きを振りまいていく。
そんな水面に浮かぶ一艘の舟。
柱を支えに大きく広げた帆。そこに風を含んだ舟は、風と水の流れに乗ってするすると運ばれていく。
その船上には帆とは違う天幕が張られて、容赦のない陽射しを避ける避難所を作っている。
日陰の下には利康とフミニアのコガ夫妻。ウテア。そしてアイアノの四名の姿が。
ここはエルフの領域とウルタニア帝国領土との境界線。ウリエンス大河の上である。
恐ろしい程に広いこの大河は対岸へ渡るにも中々に時間がかかる。
もちろん時季や場所、天候にもよるが、渡し舟の港同士で日の上り出しから落ちかけになるまで。
動乱の頃には混沌に属する怪物に、川賊。それらの襲撃も多かったところであるが、近年ではその危険も片方だけ。それも大きくと数を減らして、ずいぶんと安心して渡りに漁にと出られるようになった。
ちなみに残った方の危険とは、怪物ではなく人間の盗賊であるというのは言うまでもない。
もっとも、皆殺しと総奪りにかかるような凶悪で先の見えない川賊などは皆無である。
何故ならばそんな迷惑な奴らは、真っ先に同業者が囲んで潰しにかかるからである。
ミッテウルに頼まれたウテアの誘い。それに乗って帝国行きの旅に出た利康一行は、いままさにそんな幅広い国境を渡っているところなのである。
「はぁ……精霊使いの助けがあるから順調な渡し舟で休めるわけで、そうでなかったら舟でもひと仕事ふた仕事なんですよね」
川面を割り進む舟に設えられた日よけの下。
そこで利康は足を中心に体を解しつつ呟く。
はぐれ者の村からウリエンス大河に至るまでの道程。それは機械の助けを生まれてから当たり前に享受してきた利康には、決して楽なものではなかった。
こちらに転移してきてすでに数ヶ月。その間を山菜集めの森歩きと野良仕事とで慣らして、利康の足腰は随分と鍛えあげられた。
しかし平野部でありながら、女性三名に遅れぬように着いていくので精一杯。
体を多少でも慣らしていなかったら、利康一人のためにどれほど旅の足を鈍らせることになっていたか。想像するだに身の縮まる思いである。
しかしこれでも大変に楽をさせてもらっているのだと、利康は口に出して再確認。感謝の気持ちを新たにする。
怪物が蔓延り、現在とは比べ物にならぬほど危険な時代。そこで優れた魔法使いによる助けのない旅がどれほど心身をすり減らすか。
想像する事しか出来ないが、これほどによい条件でいっぱいいっぱいな利康にとっては、それだけで悪夢以上に違いない労苦の連続であることは確信できる。
平和な時代が訪れて久しいとはいえ、これでは便りを届けるのも、まだまだ気楽にとは行くはずもない。
もう少し何とか連絡を取り合えなかったものか。
妻をはじめとする頼もしい人々に助けられ、楽をさせてもらっている身の上でありながら、少しでもそのように考えた事を利康は恥じる。
もし出来るならば過去に飛んで、その瞬間の自分にハリセンを一発くれた上で、二時間ほどの説教をしてやりたいほどに。
しかし、あの時あの瞬間にもう一人の自分が説教に現れなかったということは、この衝動は胸の内だけで終わることのようだ。
そんなどうしようもない妄想はふり払って、利康は舟の両脇に広がる水面に目をやる。
「精霊に旅を助けてもらえるなら、それはそれでいいじゃありませんか。出来ることをやってできた余裕は素直に楽しんだ方が健全ですよ」
「それは、そうですね」
乱反射に白く弾ける川。
その眩しさと美しさに利康は目を細めながら、妻の言葉にうなづく。
「そうですわ。聞けばお二人とも一度も森を出たことが無いというので、この機会にじっくりと森の外を楽しむのもよいことですわよ?」
「実はアタシも森の外まで、ってゆーのはなーかなか無くてねー」
素直に旅を楽しむようにとウテアは後押し。
それに続いてアイアノも辺り一面の川面に細めた目を向ける。
「そう言えば姉さんも帝国まで一緒に来るのね?」
「え、いま? それを今さら!?」
河を境に引き返さず、一緒に舟に乗っているアイアノ。それにフミニアが首を傾げれば、アイアノは腰からの捻りで妹へ振り返る。
渡河半ばのところで、という今さらな質問ではある。
が、利康も内心川まで見送りに出てきてくれただけだとばかり思っていた。なので、今さらとためらっていた質問を口に出してくれたフミニアに密かに感謝していた。
するとアイアノは頬を両手に包み、首を左右にふってみせる。
「もしかしてくっついてきたらイヤだった!? イヤンな感じだった!? 旅行のなかで二人きりの時間が減っちゃうから!?」
「そ、そんなこと言ってないでしょ!? 姉さんったら、もう!」
「そーれってマァジな感じのヤツじゃーん!? 旅先で愛しの旦那様とナーニするつもりだったのかしら!? どう思われますか伯母上さま?」
「んー……そうですわねぇ」
「ちょっと! 姉さんやめ……やめてッ! ウテアさんも付き合わなくていいですから!」
わざとらしい仕草と合わせて、おどけ調子にまくしたてるアイアノ。それにフミニアはすかさず突っ込む。が、姉のノリは逆に勢いを増す。
それはフミニアが止めようとする言動を踏み台にするように、突っ込みが入れば入るほど余計に高まっていく。
ウテアまでも巻き込んだ姉妹のじゃれあいの中、利康は妻をかばいに入ろうと口を開く。
しかし割り込ませる言葉が出ようとしたその瞬間、不意に風が強く唸る。
「なに?」
帆に力を加えるため、方向、勢いともに魔法で安定させられているはずの風。
そんな風が騒がしく暴れるのに、利康たちは辺りを見回す。
すると利康の視界に、舟の脇をすり抜けて飛んでいくものが。
離れていき、やがて川面に落ちたそれは矢。
利康らの乗る舟を居抜こうと狙ったらしい矢であった。
「伏せて!」
どこからのかと視線を巡らせる利康を、フミニアが押し倒すようにして頭を下げさせる。
瞬間、再び風がうなり声を。
そして次にと飛んできていたらしい矢は、うねる風に明後日の方角へ導かれていた。
「伯母上さまー? 矢除けの守りなんていつから?」
「最初からですわよ? 川賊がいると分かっているのですから、順風を頼むのと一緒にお願いしておきましたわ」
「だったらその時に言っておいてください……」
「絶対襲われるわけでもありませんし、聞かれませんでしたもの」
精霊の力で矢を散らす守りの魔法。
それをあらかじめかけていたのを黙っていたことを姪姉妹が責める。
しかしウテアはまるで悪びれた様子もなく、小さく舌を出す。
そんな五百歳超の女エルフによる茶目っ気あふれた仕草。それに血のつながりのあるアイアノとフミニアの姉妹は内から響く頭痛を堪えるように額を抑える。
「あの守りがあってまず当たらない、それはわかりましたけど、このまま放っておいていいんですか?」
女性陣がのんきにおどけ合っているその間にも、矢は次々と四人の乗る舟に向けて迫り、そしてことごとく風にそらされ、弾き飛ばされていく。
しかし川賊の舟はそれでもあきらめず、追いかけながら矢を射かけ続けてくる。
「ええ、問題ありませんわ。なんの細工もしていない矢で抜けるような風の守りでもありませんもの。それに……」
ウテアはそこで一度言葉を切り、視線を川賊の舟に。
それに釣られる形で三人も同じく矢の飛んでくる方向へ目を。
するとどうか。四人の乗る舟を追いかける川賊の舟であったが、彼我の距離はじりじりと離れていく。
「風の勢いどころか、水の流れまで味方につけているこの舟に、彼らの舟が追いつけるはずがありませんもの。届かないとわかれば諦めますわ」
「なるほど」
そして四人の見つめる先で、川賊の舟はどんどんと小さなものになっていく。
今回もありがとうございました。
次回の更新はいつになるのか。それは僕にもわかりません。
ですが、待っていてくださったらうれしいです。
今後もどうぞ、よろしくお願い申し上げます。




