第四十四席 ちょっと何言ってるかわかりませんね
はぐれ者の村の端。
森を臨んだ場所に、案内を受けたアンシェルズ子爵の姿があった。
陽射しを避けるように設えられた天幕。
その下でさえずる鳥の声を耳に受けながら、リクセンドは低めのイスに身を預けている。
その前には素朴ながら、ニス塗りで艶を出したテーブル。それとその上には赤と黄の花を模した練り菓子が皿に乗って。
アンシェルズは小さな木のへらで練り菓子を切り分けると、赤い花の側をすくい上げ口へ。
帝国の菓子に比べれば淡い甘味。だが柔らかな食感もあり、田舎で振る舞われる物としては思いがけないほどの上質さであると言っていい。
さらに日除けに食卓と、帝都のものからすれば粗末なものではあるが、きちんとしたくつろぎの場が設えられているのも大きい。
ただ敷物一枚を下敷きに、適当にくつろげといわれては、到着からのもてなしがあったとしても台無しになっていたことだろう。
こうした文化的な環境でこそ人は安らげるものだ。
「……っていうのが子爵殿の評価みたいだな」
アンシェルズ子爵の正面から外れた木陰。
そこに控えたエルネストは影の奥へ振り返りつつ肩をすくめる。
彼が目をやった先には、割れ鍋を改造した風炉を前に、畳もどきに正座した利康が。
「それは、好評なようで何よりです」
そばにフミニアを控えた利康は、薄茶点前を進めながらエルネストから伝え聞いた帝国貴族様による評価に苦笑を返す。
「……ああいうお高く留まったヤツ、やっぱりいけ好かないな」
皮肉を帯びた利康の言葉に続いて、別方向からの一言が。
そこには特に深く濃い影が。
いや影の中に溶け込んではいるが、そこには氷のように冷たく輝く瞳が一対。
影に消えて見えなくなるほどに黒い男。それは村に住む漆工、テリオジリオである。
「ああいう手合いに俺の作品の良さが分かるとは思えんがな……」
木陰から帝国貴族へ冷たい目をやり、鼻を鳴らす黒エルフ。
「それは分からなくもありませんが、お客様に心を尽くし、おもてなしするのに変わりはありません」
利康はそんなテリオジリオの言にやんわりと同意しながらも、点前を進める手は休めない。
「まあ、俺は古巣だから慣れたもんだが、あれが一般的な帝国貴族様ってヤツだからな。浅くても付き合いを持って行かなきゃならん以上は、な」
テリオジリオと利康の厳しい言葉に、エルネストは苦笑交じりに肩をすくめる。
そう。エルネストの実家である伯爵家は帝国貴族なのである。
エルネストにとって、アンシェルズ子爵リクセンドは、帝国に暮らしていた頃からの顔見知りというわけではない。
が、それでも一般的な帝国貴族の姿は身に染みたもの。
その姿ほぼそのままな有様にはさすがにエルネストも閉口するばかり。
こんな散々な言われようの帝国からの使者様をもてなすこと。
それが先日アイアノから利康に告げられた依頼である。
帝国から毎年の使者が来る時期だということに気づいたエルフたち。彼らは人間たちが住み分けの境界線とする河に監視の目をやり、アンシェルズ子爵率いる使節団の接近を知る。
そしてエルフの茶道指南役である利康に、そのもてなしを主催するお鉢が回されることになったというわけである。
もっとも、利康が依頼されたのは村での茶席でまず肝を振るわせること。
辺境の村でも、ある程度のもてなしはできるようになっている。
この事実をもって、こちらを見下す帝国のお貴族様に先制の一撃を加えることである。
後は森ノ都にて、利康が村で行ったもてなしからのノウハウを受けて、使者殿を迎える計画となっているのだとか。
しかしその先制打の準備のために、この数日は利康のみならず村人も巻き込んで忙殺される羽目になったのであるが。
身内の仕事の持ち回りでどうにか役目もこなせそうとなったところへのこの依頼。
精霊を通して告げられた時には、利康は言葉もなく額を抑えるばかりであった。
その報酬として、森の深部でしか採れない珍しい薬草や香草、希少な香木が支払われることになっているので、あまり強くは言えなくなってしまっている。
ともあれ利康は、漆器茶椀にうっすらと泡立てて仕上げた薄茶から茶筅を抜き取る。
「ではフミニアさん、これを差し上げてきてください」
「はい。分かりました」
そうして傍らの妻に点てた薄茶を渡す。 するとフミニアはしっかりと受け取った椀をおし抱いて立ちあがる。
そして通訳のエルネストとともに、くつろぐ子爵のもとへ静々と。
足音少なく。しかしお客様を驚かせないように視界の隅に入るようにして。
利康の指示した動きを守って薄茶を運び、指をテーブルと器との間に挟んでワンクッション。音無しにアンシェルズ子爵の前に差し出す。
「薄茶を差し上げます」
そう言ってフミニアは、一歩下がって礼。
それにアンシェルズは口ひげで縁取った唇を和やかに持ち上げる。するとその一方で、通訳のエルネストに「ウスチャ」の解説を求める。
フミニアも東方語はある程度分かるので、直接夫からの受け売りを語ることもできる。だが同郷の人であるエルネストとの方が話しやすいだろうということで、口を挟まず黙っておくことにしている。
『エルフの森で近頃発見された、植物の若葉を加工した飲み物です』
『ほう。エルフと言えば果物のしぼり汁しか客に出さないと思っていたが……』
傍から聞いてこの程度は会話の内容も理解出来ている。
それをフミニアが黙って聞いている横で、アンシェルズ子爵は出された椀を片手で鷲づかみに。そして口元へ持っていくと椀を傾ける。
直後、リクセンドは椀を口に付けたまま目を見開き、小さくうなる。そしてそのまま、少しずつ茶を口に含んでは喉へ通し、味わっていく。
茶を飲み干した子爵はテーブルに漆器椀を置いて息を一つ。
満足げなそれに続いて、笑みをフミニアへ。
『苦みだけでなく、不思議と甘く、そして柔らかに舌を滑る。実に味わい深い飲み物だね。大変に美味だ』
そしてエルネストへ振り返り、茶を口にした感想を告げる。
『それは何より。その喜びの言葉を聞けば作り手も喜ぶでしょう』
『では、そちらのハーフエルフのお嬢さんに伝えてもらえるかな? キチンと私の表現どおりに』
そこでフミニアに礼を、という子爵に、エルネストは首をひねる。
『ん? ナゼです?』
『ナゼって、そこの可憐なお嬢さんが用意してくれたものなのだろう?』
不思議そうに尋ねるエルネストに、アンシェルズ子爵は苦笑交じりに確認を取る。
『否。お茶を用意したのは主人です』
しかし空になった椀を指しての問いに、フミニアが堅い言葉を割り込ませる。
舌に乗せ慣れておらず、明らかに堅くぎこちない東方語。
そう言ってしまってから、フミニアはしまったと口元を隠す。
『君、東方語を話せたのかね?』
『……肯定。簡単には』
驚きのためにか、頬をヒクつかせながら尋ねるアンシェルズ。それにフミニアは口元を隠したまま、今さらとぼけようもないと東方語で返す。
単語をぶつ切りに並べただけのひどくそっけ無く聞こえるぎこちない言葉。
そんな程度の東方語であるがしかし、アンシェルズ子爵はそのひきつった顔を笑みに緩める。
『ほほう。我が祖国のモノとは流儀は違えど、なかなかに練られた作法を身につけているとは思っていたが、我らの言葉も学んでいたとは、素晴らしい』
笑みをそのまま、フミニアのこれまでのもてなしと、東方語を学んでいることとを賞賛するアンシェルズ。
『……感謝、します。たいへんに……』
それにフミニアがぎこちなくも謝辞を返せば、子爵はその笑みをますます深める。
『種族から察するに、貴女はエルフから良い扱いを受けてはいないのだろう?』
『否。そんなことはありません』
唐突にフミニアがエルフから迫害されていると決めつけるアンシェルズに、フミニアは首を横に。
有力な少数派で、ハーフを嫌っている純血主義者は確かにいる。が、先の一件から彼らの態度もずいぶんと軟化しているのも間違いない。
しかしアンシェルズはフミニアの否定に、笑みのまま首を左右に振る。
『なにも強がることはないではないか。半分は同族であるのに、彼らの里から追い払われていること。この事からでも明らかではないかね』
皆まで言わずともいい。
そう、アンシェルズ子爵は、まるで何もかも分かっていると言わんばかりにフミニアの言葉を退ける。
その決めつけを改めて貰おうと、フミニアは口を開く。だがその口から言葉が出るよりも早く、子爵の手がフミニアへ。
『そこでどうかね? 貴女を我がアンシェルズ子爵家で、侍女として召し抱えたいと思うのだが?』
そしてフミニアの手を捕まえた帝国の子爵は、彼女の身柄を自分の国許、手もとにといざなう。
今回もありがとうございました。
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