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第三十六席 もったいないのは気分悪い

 木の皮や、葦のような細い草を束ねたものに囲まれた空間。

 木の骨組みに、補修の容易な素材を結びかぶせて作ったその中。

 踏み均した土の床の中心には、乾かした葉を重ねての敷物。

 利康とフミニアはそんな敷物の上に並んで正座。

 入り口に向けた背をピンと伸ばしたその正面には、同じく草の敷物に胡坐をかいた大柄なカワロが。

 大柄、とはいっても身長そのものは利康よりもいくらか低い。

 だが恰幅は利康と比べても一人半か、いや二人分に届くほどにも見える。

 太い骨格を軸。

 そこに重なる豊かな筋肉。

 さらに分厚い脂肪がそれらを包んでいる。

 そうして形作られた丈低くも厚みのある体躯は、歴戦の大物力士を連想させる。

 そばに控えるカッペとヒラトワに比べると、その印象はなおのことである。

 しかし、その頭にはもちろん髷を結わえてなどおらず、むしろ一本の髪もない。皿を隠す濡れ葉の帽子だけである。

 この禿頭の大カワロこそ、里の長であるチクマその人である。

「ワスの里のモンがたいそうに世話になったと聞いた。長として感謝を」

「いいえ。私どもはただ通りがかりに出会っただけで、放り出すのも忍びないと手を出したに過ぎません」

 チクマからの礼に、利康は大したことはしていないと首を横に。

 それに隣のフミニアも微笑みうなづいて追従。

「いーやいや。そいでも良きお客人が里の若いのを助けてくれたのは変わらん。せめてもの礼の気持ちは受け取ってくれ」

 対するチクマもまた首を横に。そして太鼓のような腹を叩いて鳴らす。

 それを合図に、外から葉包を持ったカワロが次々と入ってくる。

 チクマと利康の間に次々と運ばれる分厚い葉の包み。

 ほどかれたそれからは、よく熟した木の実や、焼いた魚が姿を表す。

 そんな素朴ながらご馳走しようと並んだ食べ物。

 それに利康は微笑を浮かべて手を合わせる。

「おもてなし、ありがたく」

「恵み豊かな巡り合わせに感謝を」

 言葉短く。しかしはっきりとチクマからの感謝を受け取る利康とフミニア。

 そして食事に手をつける二人に、チクマは満足げにうなづいて太鼓腹を叩く。

 茶の道とはもてなす側、亭主の点前に注目されがちである。

 だが、茶の湯は亭主だけで成り立つものではない。

 初心の客は、まず細かな作法は置いて、きちんと味わうことに集中することが第一となるだろう。

 しかし、いつまでもそのままでは情けないというもの。

 もてなしにはできうる限りきちんとした作法で敬意を払いたくなるというのが人情である。

 茶の道を歩む以上、点前作法だけでなく客としての作法にも通じていなければ片手落ちというもの。

 茶席に限らず、亭主が気持ちよくもてなせるよう心配りを心得ているのもまた、茶人というものである。

「なんのなんの。カッペ坊とはぐれんように歩くのは骨折りだったろぉと思ってよ」

 もてなしを受ける利康に、チクマはそう腹を揺らして笑う。

「いえ。目は離せないのは確かでしたが、楽しくご一緒させていただきましたよ?」

 その豪快な笑いに、利康はカッペをかばう一言を。続けて香り付けして焙った魚にかぶりつく。

 するとチクマは葦天井を仰ぐようにして笑い声を強め、すぐそばで縮まるカッペの背を叩く。

「だとよ。よかったなぁカッペ坊!」

 そう言ってチクマはふらつく背中にもう一発。

 そうしてさらによろめくカッペに笑ってまた叩き揺らす。

「……さて、坊たちから聞いとったが、もともとお客人は探し物があるんだったな」

 ひとしきりカッペを揺らして笑うと、チクマは一呼吸置いて話を切り替える。

 背中を叩かれ遊ばれたカッペからは、長へうらめしげな目が行っている。が、当人はまるで気にした様子もない。

 そして太鼓腹が二度と叩き鳴らされると、また物を抱えたカワロが入ってくる。

「割ってもかじってもいないヒサゴーリの実。これでいいか?」

 はたして利康の前に運ばれたのは、大小様々なヒサゴーリの実であった。

 厚みを感じさせる皮。

 スイカの模様の黒を緑に、緑を白に変えたかのような縞模様。

 何よりも二つ節をつくって大きく膨らんだ(なり)

「……はい。間違いありません」

 片手で掴める物から抱えるほどの物まで。かなりヒョウタンなその実を手に取って、利康はうなづく他なかった。

「ヒトには腹下しにしかならんと知っとるらしいし、食べるつもりでなく器にするとは聞いたけんども、妙な感覚だわな」

 縦に横にと回して様々な角度から実を眺める利康。

 チクマはその様子をひとまず満足げに見やる。

「カワロの皆さんにとっては食料、というか食べる水袋なのですから、加工して道具にすると聞けばなおさらでしょうね」

 チクマらが抱いているであろう違和感を推し量り、理解を示す利康。

 言葉に組み立てられた思いに、チクマをはじめとしたカワロたちは得心がいった様子で繰り返し首を縦に。

「ほいで、その器とやらはどう作るだ?」

 そこからチクマは、作り方そのものに興味が向いたらしく、その手順を尋ねる。

「では、少々説明させていただきます」

 そうして利康は手に持ったヒサゴーリを置き、指をついて一礼。請われたとおりに作成手順の説明に入る。

 まずは実が蔓と繋がっていた場所に穴を開ける。

 開けたその穴から実の中へ、皮の底を貫かないように適当な太さの串を突き入れる。

 そして穴をあけた実は水に沈める。

 その際、浮かび上がってこない程度に重しをつけて。

 先に開けた穴はこの水に沈める工程でより深くまで水が入るようにするためのものである。

 そして数日そのまま放置。中の果肉が適当な棒でかき回せるほどに腐ってとろけるまで水につけておくのだ。

「腐らせると?」

「僕が知ってるやり方だと、そうして柔らかくしないとキレイに中身を出せないので」

 確かめるように問うチクマに、利康も眉を下げた困り顔でうなづく。

 しかし腐敗を伴うということは悪臭がつきもの。

 この中身を抜く工程も例外ではない。

 強烈な悪臭が出て中身を抜いたり、薄皮をはいだりする際に手に臭いがついてなかなか取れなくなることも。

 ヘチマの加工をしたことがあるものなら想像がつくだろうか。

 人によっては吐き気を催す程であるだろう。

「ひどい臭いもありますし、カワロの皆さんが食べれるものをわざわざ腐らせるのも気が引けますし……」

 そこまで説明して、利康は膝に手を置いてため息をつく。

 その工程を超えてしまえば、後は乾燥。

 そしてニス塗加工をするかそのまま使うかで別れることになる。が、おおむね完成といっていい段階になる。

 地球では食べるものがいないからともかく、ただ果肉を腐らせるということと、それに伴う臭いだけが問題と言うことになる。

 そこに悩む利康の姿に、チクマは顎を撫でながらうなる。

「……そこは何とかなるかもしれんな」

「え?」

 その言葉に利康は思わず呆けた顔を向ける。

「とりあえず、試しに穴をあけて串を入れるとこまでやっとくれ」

 あごをさする手を放しての提案に、利康はぎこちなくも首を縦に。

 そして言われるままに利康はヒサゴーリの一つを穴あけ加工。

「ほいだら貸してみれ」

「はい」

 差し出された手に、利康は串を入れた実を乗せる。

 するとチクマは受け取った実に開いた穴を覗くと、その穴に舌を伸ばす。

 飲み口となる場所に近づけた舌から唾液を注ぎいれる。

 そして唾液を入れたヒサゴーリに口をつけると、一気に吸い込む。

「ほれ、空になったで」

 そう言ってチクマは飲み口を向けてヒサゴーリの実を利康に差し出す。

 受け取ってのぞいてみれば確かにチクマが言う通り、果肉も種もきれいに無くなっていた。

「どないだ? そいであとは乾かすだけだろ?」

「はい。これで随分手間が省けました」

 外皮のことはあるが、これで中身の腐敗と除去をする必要は消えた。

 そして何より、カワロたちの糧を無駄に駄目にすることも無くなった。

 原理はともかく、利康の気がかりはあっさりと解決されてしまった。

 それに利康は、ヒサゴーリの中のがらんどうを呆けた顔でのぞき見るばかりであった。

「……でも、どうやってこんなにきれいに、あんなに素早く……?」

「たしかカワロの皆さんのつばには変わった力があると聞いたことはあります」

「そのとおり。ワスらはつばを混ぜたモンをちょいとばかり操れるんよ」

 フミニアの言葉を補うように、チクマの解説が続く。

 唾液を混ぜたものを操作する、とはいっても制限は強い。

 操作するには、きちんと混ぜるなり染み込ませるなりしなくてはならず。

 また操れる距離も時間も長くない。

 仮に石に吐きかけても、つばそのものが動かせるだけ。

 泥につばを混ぜたとしても、小さく簡単な像を作って時間切れだという。

 さらに動物にも効果は無い。すぐそばで泳いでいる魚やカエルそのものを操ることはできないのだと。

 しかし、あくまで生き物の意思を操れないのであって、泳いでいるモノであれば浸かっている水を操ればいいので関係ない。

 普段は泳ぎながら身の回りの水を操り、自分は進みやすく、獲物の泳ぎは鈍らせるように使うのである。

 水中であれば常につばを混ぜているようなものであり、時間制限は無視できるからだ。

 実はつばを媒介にした水の精霊魔法ではないか。というのがフミニアの見立てであるが、あくまでも推測である。

「とにかく、この能力でカワロの皆さんに中身を抜き取ってもらって、残った皮を引き取ればいいようになったわけですね」

 ともかくフミニアが言うとおり、これで容器への加工の大半をカワロにお願いしてしまえる。

「はい。それにまだ商売の結果しだいですけれど、これを中心に、カワロの皆さんと取引ができるようになるかもしれません」

 そしてヒサゴーリの器のみならず、互いの需要を擦り合わせた物々交換での取引。

 持ちつ持たれつの物流発達も夢ではない。

 そうなれば今回のヒョウタンもどきのヒサゴーリのように、茶の湯を充実させる品が思わぬところから見つかるかもしれない。

 その未来図に、利康の胸か熱くなる。

「面白い話だけんども、いま出せるヒサゴーリはこれで終いだもんでなぁ」

「え? もう無いんですか? この辺りでついている実が?」

「終いだぁ。他所ン里のカワロと取り合いになって、これも後に回ったんを泡くって集めたんだ」

 しかしそんな利康の熱も、チクマの苦々しげな呟きに水をかけられた形になるのであった。

今回もありがとうございました。

次回の更新予定も未定ですが、どうぞよろしくお願いいたします。

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