第二十八席 ヤツらの態度が気に食わない
「どういうことだイァドの!? 人間のようだが、野蛮に訛ることなく、どうしてかようにまで滑らかに我らの言葉を!?」
「それよりもこの人間を師と? なんのつもりなの!?」
「いや! いや、違う! この人間、いまコガと名乗ったな? それは近ごろ新たに見つかりようやく名の定まった木の名前! 娘のみならず、名まで与えたのか、この人間に!?」
立ちあがるや否や口から唾を飛ばす勢いで、と言うか実際に飛ばしながら、長老衆はミッテウルに詰め寄る。
「皆さまの驚きはごもっとも。しかし一度落ち着いて頂きたい。説明のしようがありません」
足音も荒く床を踏み鳴らす、最高位エルフ「シ」の面々。しかしそれに対してミッテウルは、落ち着いた声音で冷静にと宥める。
同等の長老階級ながら、最年少のミッテウルの言葉。それに老いの色が入ったエルフたちは顔を見合わせて半歩後に。
決まり悪そうに前のめりに詰め寄っていた身を退くエルフたちに、ミッテウルは穏やかな笑みでうなづく。
「ありがとうございます。では順に説明させていただきましょう」
そして剣幕を抑えてくれた面々に感謝の礼を置いて説明に入る。
「まずわが義息にして師であるトシヤス殿の言葉については、彼がエルフ語と共通する言語を母語としているからです」
その説明にまた長老衆がどよめく。が、そこはすぐにミッテウルが手の動きで抑えに入ったためすぐに静まる。
そしてエルフらに落ち着きが戻ったところで、再び説明に。
もはや場は完全に、ミッテウルたち主導のペースに出来あがっている。
「さらに、私と娘たちが人間である彼を師としていることに疑問の声もあるようですが、まずそこが私には理解しがたいのです」
軽く肩をすくめてのその言葉に、エルフたちは眉をひそめる。が、しかし動いたのはそこまでで黙って続く言葉を待っている。
「確かに人間は種族として我らより短命でありますが、学ぶべきところが一つも無いということにはなりません。違いますか?」
ミッテウルが言いながら、確かめるように年配のエルフたちを見回す。
それにある長老は、その顔にあからさまに苦い色を浮かべて。また別のものは噛み締めるように黙って目を閉じて。
しかしどちらにしてもエルフたちに否やは無く。その首は縦に動く。
人間とエルフではそもそもの生き方が違う。価値観も多くが違う。
それは間違いない事であるし、優劣を競うこと自体がナンセンスではある。
しかしまた、多くの若いエルフが人間の文化や暮らしを洗練されたものとして興味の対象としているのもまた事実。
エルフの多くの記憶の中にある百年前の大戦。
その時に混沌の勢力に立ち向かうため、当時百歳前後の若者たちの多くが森を出て、その大半が出て行ったまま帰ってこなかった。
ただし帰ってこなかったとは言っても、その全てが戦死したのかというと、そういう訳ではない。
むしろ戦いに功があった者が、素朴な森の暮らしに戻ることを嫌がって人間たちの町に居ついたのだ。
そうして外に居を構えた彼らは、人間族の国々と森ノ都を繋ぐ役割をいまも担っている。
だが、そうして優秀な若者がエルフならではの暮らしを嫌ったと言うのは、長老衆の記憶にも苦いものとして刻み込まれている。
「……なるほど。それでこのエルフ語に堪能な人間の教えを受けて出来たのがこの建物ということか」
そして金色の髪に白い縞模様を含んだ老エルフの一人が、苦々しい顔をそのままに、自分たちが今居る建物を改めて見回す。
木のねじれそのままの柱に、木の梁を重ねた屋根。
木目の浮かぶ板壁の囲いと、がらりと開けられた一面から臨む、波の一つ無い泉の景色。
一見すると地味な、しかし木そのものの持つ美しさを潰さない様式。
確かに華美では無い。が、それがゆえにやかましさにならず、非常に落ち着いた雰囲気を滲ませている。
エルフたちにとってこの建物とその雰囲気は、眩しいほどに飾り立てられた人間の王宮とは違い、反感を感じることのない好ましいものであった。
既知の人間文化とは方向性こそ違うが、この建物を生みだすほど充分に研かれ洗練された文化であれば、この場にいるエルフたちも自分たちの文化として学び取り込むこともやぶさかでは無かった。
「それは分かった。しかし、だからと言ってもコガの木の名前まで与えるのはいかがなものか……」
だがそれはそれとして、利康に与えられる名誉に対して老エルフは難色を示す。
「ああ、勘違いをされているようですが、順序が逆です」
しかしミッテウルは苦笑交じりに、人差し指と親指を伸ばした手を返し、相手の勘違いを訂正する。
「なに? 逆とは?」
「ええ。あの木の葉の利用法も私の義息から教えられたもので、木の名前も義息子にちなんだものなんですよ。ですからコガの木が名前をもらったというのが正確なのです」
「なんと!? ではッ!?」
「はい。というわけでお察しの通り、義息とその故郷にてすでに確立されたものを授けられただけに過ぎないのです」
顎を落とさんばかりの老エルフに対しての、何でもないと言わんばかりの返し。
それにささやかなどよめきが生じ、客のエルフたちの間に駆け巡る。
「それではせっかく招いたわけですし、師匠に利用法を実演していただきましょう」
「いや待てミッテウル! そこまでは分かったが待った!」
そしていざ茶の実演に移ろうというところで、また別の長老から待ったの声が。
「……? なんでしょう?」
「それはともかくとして、この人間にお主の娘を娶せたと言ったな? ハーフエルフを増やし、イァド一族を絶やすつもりか!?」
移り際を遮られ、眉をひそめて首を傾けるミッテウルに、待ったをかけた長老が問いかける。
泡を食ってのそれに、ミッテウルは苦笑を浮かべて肩をすくめる。
「ははは……そんなまさか。そのつもりならとうに娘たちと師を連れて森を出て行っていますよ」
娘と義息との暮らし。
それと秤にかけたなら、「シ」の位も、都での暮らしも取るに足らない。
ミッテウルがそう聞こえるように笑えば、他の長老衆は舌打ちこそ抑えたものの、不快げに眉間に皺を寄せる。
「……ということはつまり、あの、もう一人……の方か」
頭数に数えるのも汚らわしい。そう言わんばかりに、苦い顔で言葉を絞り出す老エルフ。
妻であり、恩人であるフミニアを指してのその態度。
それに利康は、知っていたこととはいえ吐き気を伴う嫌悪感を禁じ得ず、それを隠すのに苦心させられた。
「ええ。下の娘とです。幸いにも私が紹介される前から親しく、互いに憎からず思い合う仲になっていたようで、婚姻の話はすんなりと進みましたよ」
しかしミッテウルは、あくまでも涼しげに娘の祝い事だと長老たちに。
それに一部の長老を除いた連中はその顔に浮かんだ苦渋を強める。
ミッテウルのために起きたエルフたちのその反応に、利康の胸の内でぐらぐらと煮える憤怒と嫌悪は幾分か和らぎ、晴れやかなものが差す。
そして利康が妻にと振り返れば、フミニアは首を縦に。
胸の据わったその様子を受けて、利康は改めてミッテウルと目配せ。
義父と目での合図を交わしあって動き出す。
「それでは実演を始めてもよろしいでしょうか?」
床に手は付いたまま、まずは始める前に一つ断りを。
「あ……うむ。色々と取り乱して、すまなかった。お願いしよう」
老エルフたちを代表して、白髪交じりの男が咳払い交じりに許しを。
そんなばつの悪そうな許可を受けて利康は床に額づけるほどに礼。
「ではこれよりお薄を差し上げます……が」
そして反転の言葉で一度区切って、利康は顔を上げる。
「……その役目は一番弟子にお任せしようと思います」
笑みを浮かべて自分は座主、監督役に徹すると宣言。続けて滑るように横へ退き、この会の点前役、亭主を受け持つ者の姿を皆の前にさらす。
「な……ッ!? 貴様はッ!?」
「主人より点前を預かりましたフミニア・コガにございます」
絶句する長老衆を前に、フミニアは穏やかな声音で名乗り、一礼を。
その動きに乱れはなく、実に堂々とした流麗なる所作であった。
見事なまでの礼に、老いたエルフたちはうめき怯む。
「イァドの……! 貴様勝手に人間を立ち入らせたばかりか、よくもこの忌わしい混ざり者を都に……!?」
だがそんな長老衆の中から、取り換え子の娘がこの場に居ることに対する非難の声が。
「おや? 娘と義息子なのは確かですが、私としては師とその弟子をコガの葉の使い方のお披露目をしてもらうために呼び寄せただけですが?」
「おのれぇ……詭弁を弄するか!?」
この館を与えて住まわせるわけでもないのに、何が気になるのか。肩をすくめてそう言うミッテウルに、避難の声をあげたエルフは高まらせた苛立ちのままに歯ぎしりする。
「話が違うじゃないですかお義父さん」
そこへ利康が不快感も露わに口を挟む。
それに一同の注目が集まる中、利康は険しくした顔でただ一点、義父の顔を見据える。
「エルフは調和を貴ぶ賢明な種族だという話でしたし、僕もお二人を見てそう信じました。しかし、ここに集まった長老様方の反応を見るに、反感を自ら育てるような方たちとしか思えません」
「な、んとぉッ!?」
きっぱりと言い放った批判の言葉に、長老たちは絶句。
「むぅ……確かにトシヤスくんの言うとおりだね。申し訳ない」
しかしミッテウルは難しい顔をして腕組み、素直に義息に詫びる。
「ではもう我々は森を出ていこうか? 森に帰らなかったエルフたちの方が、まだしも視野が広く付き合いやすいだろうからね」
「そうですね。手間をかけさせてしまいましたが、この建物も壊して出ていくとしましょうか。エルフをまとめる皆様には僕らの考え方は受け入れがたいようですし」
そして森を捨てるというミッテウルの提案に、利康はあっさりとうなづく。
むろんこのやり取りは、ミッテウルと利康が事前に打ち合わせた通りのもの。
憤りとそれに困っていたかのような反応も、すべては話の方向を操るための演技である。
「な、ま、待て!?」
ミッテウルは末席とは言え長老のひとり。
それが自分から森ノ都を見捨てて出ていくとなれば、エルフの住む都の権威はますます失われることになる。
都が今以上に名ばかりの存在として扱われる。それは長老たちの誰も望んではいない。
「しかし……ハーフエルフである娘が姉弟子である文化になど、高貴な純血の皆様には耐えられないのでしょう? 相容れないのなら離れる。無用な衝突の原因となるのは私も望むところではありませんから」
だが引き留めようとする長老に対し、ミッテウルは理路整然とその手を振り払う。
「ぐ、ぐぬぬ……」
「待ってください二人とも」
本気で未練など無いミッテウルの様子に、長老たちが歯噛みする。そこへ長老たちを唸らせる原因へ、再び待ったをかける声が。
「どうしたんだフミニア? 無理してこんな所に居続ける必要は無いんだよ?」
「そうですよ。やはり来るべきではありませんでした」
ミッテウルと利康を引きとめたのは誰あろう、エルフの長老たちから排されようとしているフミニアであった。
顔を伏せる父と夫に、フミニアは静かに首を横に。
「私なら大丈夫ですから、やらせてください。その上で、混ざり者がにわかに学ぶような物など不要。と、長老様方がおっしゃられるならそれまでですから」
そうしてフミニアはこの場にいる者全てに向けて深々と頭を下げる。
その娘の言葉を受けて、ミッテウルはため息をつきつつ肩を上下。渋々と首を縦に。
「こう言っておりますが、いかがですか皆様?」
続けて客側を見回し、その意思を問う。
「ぬうぅ……分かった。やって見せるがいい」
すると長老たちは吐き捨てるように一言。しかしその腰はおとなしく畳もどきの上に降りる。
こうして、少なくとも長老たちがフミニアの点てた茶を飲まざるを得ない状況が整ったことに、利康は内心胸をなでおろす。
そして、これで良かったの? と目で問いかけてくる妻に、小さな笑みでうなづいて見せた。
今回もありがとうございました。
次回の更新も未定ですが、読んで楽しんでいただけましたら幸いです。




