光の教室 4
手についたネバネバの糸をトイレで洗い流すと、わたしは部活見学を再開しました。
吹奏楽部、将棋部、動画制作部、そしてeスポーツ部。
ハルカさんとたくさんの部活を見学するうちに、いつのまにか、わたしはクモの糸のことをすっかりわすれていました。
「あーりんなら、バスケ部でもテニス部でも女子サッカー部でもレギュラーになれるって」
ハルカさんはあいかわらずニコニコ笑って、うれしいことをいってくれます。
そんな彼女の笑顔を見ていると、昼休みに見たあの血走った目は、すべて夏の暑さが見せたまぼろしだったのではないかとさえ思えてくるのです。
★ ★ ★ ★
わたしが『め~め~めふぃすと』に帰ってきたのは6時過ぎでした。
「先生、ただいまもどり――きゃあっ!」
事務所のとびらを開けると、いきなり目のまえに○の魔法陣が飛んできました。
でも飛んでいるのは○だけではありません。
△ ▽ × □ ◇ ←
さまざまな陣形の魔法陣が、ふわふわと部屋のなかをただよっているのです。
「おかえり、アリナくん」
先生はひじかけイスにちょこんとすわって、魔法陣をながめています。
「試し描きをしてみたんだ。だいじょうぶ、触っても平気だよ」
わたしは恐る恐る、炎の力を宿した◇に触れてみました。
触れた瞬間、指が炎で焼けこげる――なんてことはなく、◇は指先でシャボン玉のように消えてしまいました。
「ほんとだ。ぜんぜん熱くない」
「まだインクに、ぼくの血を混ぜてないからね。だから魔法陣にも効果がないんだ」
「ところで先生、試し描きって?」
「これだよ」
先生がミニサイズの黒い魔導筆をとりだします。
「『光の方舟』から届いたんだ。ぼく用の特注サイズらしいよ」
『光の方舟』は封魔探偵事務所の本部のことです。
ここには人間だけでなく、たくさんの種類の魔物がいて、みんながおたがいに助け合いながら、封魔探偵の仕事にとりくんでいます。
悪魔のわたしが人間と手をとりあって生きていけるのも、ここでたくさんのやさしい人間と出会えたおかげです。
「ところでアリナくん、学校のほうはどうだった?」
「そのことなんですけど……」
わたしはハルカさんのことや、クラスの仲がよすぎることを話しました。
「なるほど」
先生がウサミミをゆらして、うなずきます。
「確認しよう。きみのクラスは教師と生徒の仲がよく、みんながクラスメイトのことを家族だと思っている」
「はい」
「学校案内の最中に、きみは教師と生徒がバスケットボールをしているのを見て、彼らの仲がよすぎることに違和感をおぼえた」
「はい」
「最後の確認。きみが旧倉庫に行こうとすると、ハルカさんが恐ろしい顔で、それをとめた」
「はい」
「調査報告ありがとう。すばらしい収穫だ」
先生にほめられて、わたしは首筋のあたりがくすぐったくなりました。
「お疲れさま、きょうはゆっくり休んでくれたまえ――といいたいけど」
先生が金庫のほうへ顔を向けます。
「休むまえにひとつだけお願いがある。これを金庫に入れておいてくれないかな」
これとは、いままで先生がつかってきた白い魔導筆でした。
「長年つかってきたから愛着があるけど、当分は必要なさそうだからね。だから金庫に閉まっておいてくれないかな。この手だとダイヤルをまわすのが難しいんだ」
そのとき、階下からマスターの声が聞こえてきました。
「ソウマくーん、、アリナちゃーん、夕食ができたよー」
「おっと、もうそんな時間か」
「今夜の夕食は、わんぱくハンバーグだよー」
「ハンバーグ!」
先生が目を輝かせました。
大人びている先生ですが、じつはわんぱくハンバーグとか、イカすタコさんウインナーとか意外と子どもっぽい料理が好きなんです。
「め~め~目玉焼きもついてるからねー」
「目玉焼きも! やあ、これははやく食べないと。それじゃあ、アリナくん、金庫のことは頼んだよ」
「はい、先生」
「ハンバーグッ! ハンバーグッ!」
先生は本物のウサギのように飛び跳ねて、部屋を出ていきました。
★ ★ ★ ★
ひとり残されたわたしは、大きいほうの魔導筆を手にとりました。
長年つかいつづけた魔導筆には、いくつもキズがついています。
それを見ていると、これまでの戦いが頭のなかによみがえってきました。
燃える教会では、イナズマの翼をもった化猫グリマルキンと戦い、夜の森では30人もの赤ちゃんを人質にとった妖怪ウブメとも対決しました。
荒れ狂う海で絶叫妖精バンシーを封印したときは、わたしも先生もあまりの疲れから丸2日も眠りつづけたほどです。
それらの命をかけた壮絶な戦いをおわらせたのは、すべてこの魔導筆です。
わたしがいまここにいるのも、すべて先生と魔導筆のおかげ。
そう思うと、この筆が先生の一部のような気がしてきました。
「……だれも見てないよね」
部屋にはわたし以外だれもいません。
つまり、わたしの行動を知る人はいないのです。
そこで、わたしは魔導筆を大切に保管することにしました。
金庫とは別の〝ある〟場所で。
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。
※明日は2エピソード投稿します。




