悪夢の果て 3
運動場にいたのは、なんと人間のすがたをした先生だったのです。
「先生!」
ふらつく足で、わたしは先生のもとに走りました。
「先生! 本当に先生なんですね」
「そうだよ。かばんには入らないけどね」
先生がニコッと笑います。
その笑顔を見て、わたしのこころはこわれたダムみたいに、いろんな想いがあふれ出しました。
「先生、わたし――」
「わかってる。でも、いまは戦いに集中するよ」
本当は泣きじゃくりたい。
先生の服に顔をうずめて、わんわん泣きじゃくりたい。
「うれしい」も「会いたかった」も枯れるぐらい言葉にしたい。
でも、いまは戦いの最中。
なみだをぬぐって、こぶしをにぎります。
「それがあんたの本当のすがたってワケか。はっ、イケメンすぎて殺したくなるぜ」
軽口をたたくベルニエですが、肩からは緑色の血がながれ、ひきつった顔にはいくつも玉汗が浮かんでいます。
「アリナが、おれになびかないワケだ」
「いま、はっきりとわかった。おまえがほしいのは家族じゃない。自分にとって都合のいい、あやつり人形だ」
先生が魔導筆で⛤を描きます。
「おわりにしよう、ベルニエ」
「そうだな、おわりにしようか」
ベルニエは服のよごれをはらうと、大きく息をすいました。
「あんたが見せたんだ。おれも見せてやるよ、本当のすがたを」
うで、足、胴体。そのすべてがふくれあがり、皮ふをつきやぶってクモのからだが〈タクミくん〉の内側からあらわれました。
ベルニエの正体は高さが2メートル、長さが7メートルもある巨大な一つ目のクモだったのです。
「行くよ、アリナくん」
「はい」
わたしたちは二手にわかれて、攻撃をしかけました。
でもベルニエはすばやく動いて、攻撃を回避します。
風を切る先生の魔法陣。
木々を腐らすベルニエの毒液。
地面をえぐる、わたしのこぶし。
青春を築くための運動場が、土けむりと毒液で戦場に変わります。
そのなかで、わたしたちは未来をかけてベルニエと戦いました。
「封魔陣・ゴセイ」
何度目かの封魔陣を描いたときです。
ビシッ!
魔導筆にヒビが入りました。
黒板にたたきつけられた衝撃と度重なる魔法陣の生成とで、魔導筆に負荷がかかりすぎたのです。
ヒビ割れた状態で魔法陣を描きつづけたら、まちがいなく魔導筆はこわれてしまいます。
それでも先生はあきらめません。
脚をふりあげたベルニエのふところに飛び込むと、
「封魔陣――」
ヒビの入った魔導筆で、すばやく⛤を描きました。
しかし、それ以上の速さでベルニエが糸を吐きます。
鞭のようにしなる糸。
それが先生の手に命中。
衝撃で魔導筆が地に落ちます。
「くっ……」
「それがなかったら、あんたもただの人間だな」
ベルニエが先生の頭を噛み砕こうとしました。
「させない!!」
ベルニエに飛びかかると、わたしは縮小ペンダントから、あるものをとりだしました。
あるもの――本来なら、そこにはないもの。
けど、この戦いをおわらせることのできるもの。
わたしがとりだしたのは魔導筆でした。
ミニサイズの黒い魔導筆ではありません。
これまで何体もの強敵を封印してきた、白い魔導筆です。
そうです。
わたしは先生のいいつけを破り、この魔導筆を事務所の金庫ではなく、縮小ペンダントのなかに保管しておいたのです。
「おまえなんかに先生をやらせない!」
わたしは魔導筆をベルニエのひたいに突き刺しました。
ウオオオオオオオオオオ!
ベルニエが悲鳴をあげて、頭をかかげます。
「いまです、先生」
魔導筆を先生に投げます。
先生はそれを受けとると、
「封魔陣・ゴセイ!」
描いた⛤を、ベルニエの下アゴにたたきつけました。
「アリナくん、はなれるんだ」
「はい」
わたしも先生も、いそいでベルニエからはなれます。
巨大なベルニエの足元に、それ以上に大きな穴が広がりました。
底のない無限の暗闇。
ベルニエが、そのなかに沈んでゆきます。
「イヤだ、イヤだ」
ベルニエは脚を地面におしつけて、必死に這いあがろうとしています。
けど想いとは逆に、からだは、どんどん穴のなかに沈んでゆきます。
「イヤだ、助けてくれ」
穴のなかからあらわれた無数の黒い手が、ベルニエを闇の世界へ引きずりこみます。
「イヤだ、ひとりはイヤだ」
沈んでいない部分は、もう頭しかありません。
時間のとまった青空に向かって、ベルニエは最期にこう叫びました。
「おれを……ぼくをひとりにしないでくれえぇぇぇ」
(つづく)
更新は毎日おこなう予定です。




