二話 アスタロト
Fage.1.
宇宙資源から一般の家電製品まで沈没都市の建設のために資源回収となったので、大陸側としては不本意だっただろう。
しかし、大陸の住民をただ虐げたわけではない。沈没都市の住民権を得るためのテストに通過さえすれば誰でも沈没都市の住民になれるのだ。
そのテストやカリキュラムの中には「器物尊重」という沈没都市で最も守るべき価値観がある。テストはその価値観を守れる人間の選抜と言ってもいい。
資源は現在から未来に至る人類のためにあり、それを破壊することは大量殺人に等しい。そのためFageの「器物損壊」は重罪となる。
土を増やす生物もまた、その尊重の一つである。人間の排水や経済上出るゴミを浄化する浄水虫という生物のことだ。
Fage.18.
前触れもなく〝MSS〟は止まった。
しかし沈没都市の稼働に不備はなかった。
Fage.100.
〝MSS〟が止まっていることすら忘れる頃、大陸から怪物が現れた。
出所はすぐに特定された。浄水虫の飼育施設だった。
姿形に凶暴性は加わっているが、巨大化した怪物は確かに浄水虫だったのだ。
「…だったのだ‼」
「うるさい」
なるべく要約されている歴史の本を読んでいたスラだが、集中力が限界に達し大声を出した。
それを冷たい声音で制したのはティヤだ。彼は読むことが得意なようで、均等な速さで文字を読み、慣れた手つきでページをめくっている。
スラは持っていた本を机に置いて、そのまま自身の顔も突っ伏した。
二人の居るところは「Book room」という資料室。
FageやNageに関する書籍、細かな分野ではNageまでの武器について、ナグルファルの法律についてもある。
そしてこの二階がキヴォトスや兵舎の使い方などを学ぶ「Reference/Library」だ。「指示書」にはこの後向かう場所となっている。
「だるいって。歴史なんか知らなくたって、食うに困るなら皆死ぬ気で戦うって」
スラが丸みのある頬を机にくっつけながら愚痴を零すと、斜め正面に座っていたティヤは呆れ切った顔で彼女を見た。
「…まさかとは思うんだけど、大陸に行けばそこらへんになってるものを取って食べれるとでも思ってんの?」
「うん。‥‥え?ちがうの?今大陸には誰もいないんだから採り放題じゃん…」
ティヤの冷ややかな目つきに、迷うことなく頷いたスラは狼狽えた。
ティヤはフゥとため息をつく。
「沈没都市の文明をそのまま引き継いでいるナグルファルの主食は培養食品だ。肉から野菜に至るまでオリジナルの細胞を培養して、食品ロスや食用の動物の数を最低限に抑えてる。でも培養食品の弱点は同じ細胞を培養液で何度も繰り返し培養すると栄養価がなくなるから、栄養価の高いオリジナルが必要なわけで…」
「ああぁあっ。本の内容をそのまま喋らないでよ!もっと簡単に言って!」
雪のような白髪を両手で押さえ、スラは身震いしている。ティヤはやれやれと首を振った。
「つまり、大陸に行ったらまず土の確保が優先ってこと」
「食べ物じゃなくて⁉」
「もちろんそれも必要だけど、栄養価の高い作物には上質な土が必要不可欠だ。将来的な資源確保を考えるなら重要なのは土なんだよ。船で飼育している浄水虫の数じゃこの莫大な船に住む人口を支えられないからな」
話しながらもページをめくる速さが落ちない相棒に感心しながら、スラは「ん?」と首を傾げた。
「浄水虫ってうんこ食べる虫だっけ?」
いい加減な発言をしたスラに、ティヤは黙って浄水虫関連の本を何冊か目の前に置いてやった。
無言で絶望するスラは、結局なんとか一冊、歴史の本を読むことに徹した。
――――――――――――ー
翌日。
ナグルファルの兵舎にある演習場から双子たちは出てきた。
戦闘は日を改めて二日目の今日となった。
高さ三mの水路の壁の上に出てきた二人は海を見渡す。
今日は曇っていて波が角を立たせているくらい風が強い。
研修着を戦闘服に整え、波しぶきから目を守るためしっかりと軍用多機能ゴーグルを装着した。
二人は手の甲に口づけをして「キヴォトス、起動」と口を揃える。
キヴォトスが黒色から光沢のある銀色へと変色する。
指輪から銀糸が弾かれ、各々設定した武装が編まれていく。
〝ラダル〟も起動させて、敵の同行を探りながらゆっくり沖に出て行った。
二人は顔を見合わせ頷いた。
(‥‥上がってきた)
自分たちの真下から。
どろりと重たい影が近づいてくるのを感じた。
重たい影は直径約一五mにもなる尾を海中で叩き、一気に速度を上げてきた。
黒い影が海面に辿り着く前に、双子は〝ブースト〟を使ってその場を迅速に離れた。二人の足元の海面がバッ‼と裂けた波を描く。
〝ブースト〟は動作を加速させるものだ。海面に浮かぶ機能と合わせて使うことで、見えないエンジンでもついているかのような推進力を与える。出力を上げると助走がなくとも高い瞬発力が出るので、寸前の回避も可能だ。
下からドン‼と突き上げてきた重たい影を二人は避け、そのまま二手に分かれた。
現れたのは二頭のアスタロト。アスタロトも二手に分かれて二人を追うとした時、
―———カッ‼と、海面に置いていかれた手榴弾が光を帯びた。
不意打ちにアスタロトは驚きの呻き声を上げる。
すかさずティヤが〝ブリッツ〟発射式で追撃する。一頭がその雷の砲弾に当たらないよう器用に身を反らせたため、もう一頭が砲弾を食らうことになった。
錆色の肉塊と血が砕け散る。
二人は発射式の威力と手榴弾の効果に目を輝かせた。
(発射式ならかなりダメージが深い!)
(手榴弾じゃ決め手にならないけど、気は逸らせる!)
二人は手榴弾を二つ持っている。先ほどはスラの手持ちから使った。これで二人合わせて手榴弾は残り三つとなる。
「三時の方向から二頭来た!俺が向かうからここは任せるぞ!」
ふわふわと耳元に浮かぶ銀の球体、通信機能の〝エア〟でスラに伝えると、ティヤは身を翻して滑走して行った。
ビー玉ほどの球体から聞こえたティヤの指示に頷いて、スラは「〝ミエ〟!」とキヴォトスの形を長剣式に変えた。
自動補正のある初心者向けの刀剣式は簡単に扱えるが、斬撃の威力は剣型で最も弱く、アスタロトに致命傷を与えられない。
一方長剣式は刀身が長く細いため振り切る速さは剣型で最も速い。軌道補正があるままだとその速さは活かされないので、その細い刀身を的に当てる精度は使用者に委ねられる。
スラは長剣式を握り、ティヤの砲撃を食らった一頭へ向かった。手負いから先に狙う。
(手榴弾で粘膜も少し飛んでた。長剣式でも倒せるかも!)
相手は浄水虫と同じく、体表を分厚い粘膜で守っている。その守りが手薄になれば通じる手段も増えると踏んだ。
斬撃のリーチに飛び込むため〝ブースト〟の出力を上げようとした瞬間、スラは〝ブースト〟にブレーキをかけた。
「‼」
手負いの一頭がスラに向かって不自然な勢いで飛んできたのだ。
(もう一頭が仲間にぶつかった⁉)
手負いのアスタロトは仲間からの体当たりを受け、スラの方へ突き飛ばされていた。
予測していなかった前方の動きに息を飲む。
自分に迫った手負いのアスタロトのせいで後方の一頭が見えない。下手に避けて食われることを考え、手負いのアスタロトを斬りつけながらその重さを利用して横へ回避することにした。
「〝エスタ〟‼」
カウンターの機能をキヴォトスに指示した途端、スラの足元から頭にかけて光の帯が回転して現れる。
回避した先には――やはり仲間を突き飛ばしたもう一頭が口を開けて目前に迫っていた。そのアスタロトの口はスラの周りを回転する〝エスタ〟に直撃し、彼女の体は後方に吹っ飛んだ。
〝エスタ〟は主に正面の飛来物を弾き返す機能だが、アスタロトより断然軽いスラが吹っ飛んでしまった。
予想はしていたので焦らず、スラは体勢が崩れないよう歯を食いしばって着水する。
「…ッ、〝ブースト〟‼」
着水後すぐに行動に出た。
出力の高い〝ブースト〟は波をブア‼と弾き飛ばす勢いで加速した。
スラの〝エスタ〟に当たったアスタロトもその衝撃で頭が後方に弾かれていた。
その頭の下へ滑り込んだスラは、〝ブリッツ〟発射式を構えた。M72 LAWより次弾装填が遅いがキヴォトスの中で最も破壊力がある攻撃だ。
スラは狙いを定めて放った。
空気を殺しながら放たれた巨大な雷撃は、アスタロトの頭に直撃し、血すら蒸発させて屠った。
敵感知が作動し、スラは迅速にその場から離れる。
先ほど長剣式で斬りつけたアスタロトがスラを食わんと海中から突き上げてきた。しかし手負いの身体ではスラの速さに追い付けず、次弾装填を終えた彼女に頭部を弾け飛ばされる。
二頭の沈黙を確認し、スラはティヤのもとへ向かった。
一方ティヤは数百m先から波の塊となって迫ってくるアスタロトに備えた。
速度を少し落とし、発射式を構えて撃つ。海面付近で猛進する敵の波の盾を撃ち飛ばしたかった。
ティヤの発射式がドッッン‼と波を力ずくで蒸発させる。
激しい蒸気が発生する中、先ほどよりは小さな波となってティヤの方に向かって来る。あの波の大きさは一頭分だ。
(…嘘つけ。もう一頭下に潜って来てる)
二頭いたアスタロトが一頭は直撃したように見せかけているのを〝ラダル〟によって感知する。
ティヤは敵の巧妙さを不快に思いながら、細く息を吸い、呼吸を整える。
海面近くのアスタロトが迅速な泳ぎを急停止させ、頭部を支点にして遠心力を使い、刃の尾を振るった。その間、下に潜り込んでいるもう一頭のアスタロトは真っ直ぐティヤに向かう。
ティヤが刃の尾を避けても、もう一頭がティヤを仕留められる陣形だ。
ティヤは両手に〝ミエ〟を選択する。形は槍式と大斧式だ。
槍式は突きと投擲を得意とし、大斧式は剣型で最も断絶する威力が強い。
どちらもリーチが広く使いこなすには技量が試されるが、器用な彼は両手にそれぞれ構えた。
槍式に手榴弾を一つ括りつける。
〝ラダル〟で感知した距離感を頼りに、海中から来るアスタロトへ投げ込んだ。
海中のアスタロトは投げ込まれた槍に気が付いて泳ぐ速度を落とした。直撃を免れたが、槍に手榴弾が取り付けられているとは思わず、その弾けた爆発に怯んで完全に動きを止めた。
その間に、海面のアスタロトの刃の尾がティヤの目前まで迫っていた。
「〝カーボナイト〟‼」
キヴォトスに指示を出すと、彼の体がキヴォトスを着けた指先から水面のように揺れた。
〝カーボナイト〟という機能は使用者の体重を増加させ、生身の耐久力を上げる機能を持つ。
アスタロトの刃と、ティヤの大斧式がぶつかり合った。
「―—————————ッッ‼」
ティヤは音も聞こえないほどのぶつかり合いに目を剥く。
何倍も体重を増加させたのに、アスタロトの刃は大斧式ごとティヤをサッカーボールのようにふっとばした。
(いや‼逆に使える‼)
宙に飛ばされたまま、ティヤは大斧式から〝ブリッツ〟発射式に変更する。
ふっとばされたことで相手と距離が大きく開いた。発射式は次弾装填が遅いがこの距離であれば追撃されない。〝カーボナイト〟を起動していれば自身が後方へ吹き飛ぶほどの衝撃も緩和される。
着水と同時に稲妻の砲弾を発射する。
バアァッッ‼と波が叫び、激しい雷光を纏った砲弾が真っ直ぐアスタロトへ向かった。
しかし。
その砲弾は沖合から放たれた、海をえぐるような超音波によって打ち消された。
「———————―な⁉」
驚いていると、「ティヤ‼」とスラがティヤのもとへやってきた。
彼女は超音波が飛んできた方向を指差した。
「沖から二頭来てる‼アスタロトの増援だ‼口から空気が歪むような声を出してたよ‼」
ティヤも感知し、状況に舌打ちした。
「長距離からの攻撃⁉そんなもの記載なかった‼くそっ。槍式を躱したアスタロトだって倒せてないのに!迎え撃つしかない」
ティヤの砲撃を免れたアスタロトと海中で怯んでいたアスタロトは海中深く潜って気配を消した。合流した双子を追撃するのではなく、仲間と合流することにしたようだ。
二人はその間に簡単に作戦を立て直す。
「スラ、手榴弾は使った?」
「最初の一個だけ。あと一個あるよ」
「俺も。二人合わせて二つか」
「長剣式は致命傷にはならないけど、当たればそれなりの深手にはなった」
「〝カーボナイト〟もそれなりだった。生身の耐久力も上がるから怪我はしないけど、重さは勝てないから押し負けることを想定して使った方が良い」
「そこは〝エスタ〟と同じだね。あとあいつら怪我した仲間を私に突き飛ばしてきたよ。連携も取れているみたいだけど、負傷兵には手厳しいね」
「やられたフリをする狡猾さもある。発射式なら倒せるけど、ダメージを与えられる有効手段は臨機応変に。攻撃パターンを覚えられたら厄介だ」
「同じ手は何度も使えないかもってことだね」
「そういうこと。あっちよりも戦略的にいこう」
アスタロトが体勢を立て直す前に、双子の作戦会議は終わった。
「――⁉ちょっと待って―――」
「何頭いるんだよ‼」
二人はぎょっとして、〝ラダル〟から伝達された情報に動きを止めた。
逃げ出した二頭は深海へ逃げ込み、更なる増援と合流した。その正確な数まで分からないのはかなり深い所を泳いでいるからだ。全て察知するには〝ラダル〟の出力を上げる必要がある。
「ねえ!〝ラダル〟をもっと強く作動させる⁉」
スラがティヤに提案するが、ティヤは「いや…」と冷や汗を流しながら首を振った。
「〝ラダル〟だけが最初から最弱の設定にしてあった。基本、どの機能も初期設定の出力は最適値になってるんだと思う」
ティヤの意見にスラは納得するも、不安そうに辺りを警戒した。
(傷ついた仲間を盾にしたり、最初から総数で来ないで私たちの体力を削ったり、戦術を出させてから応援が来たり…ティヤが言っている通り戦略的だけど、なんだか心理的なことも分かっていそうな…)
嫌な汗が額から首かけて流れる。スラが寒気を感じていると、ティヤが声を張り上げた。
「上がってきた!」
今度の数は七頭。
二人は苦渋の決断で二手に分かれた。
アスタロトが二人を囲むように上がってきたからだ。一緒にいては八方塞がりになってしまう。
しかし、二人の動きは裏をかかれた。
ティヤは振り返って叫んだ。
「――――そんな―――…、そんな…ッッ‼――――スラ‼」
双子に大きな距離が開いた途端、ティヤを追っていたアスタロトは彼に背を向け、全てスラへ向かってしまった。
スラもそれに気が付いているが、最早止まることなど出来ない。
「スラ‼戻れるならそのままナグルファルに撤退しろ‼速度を落とすなよ‼」
ティヤは〝エア〟に向かって声を張り上げる。そしてすぐに旋回して、スラを狙うアスタロトの群れを追いかけた。
銃撃型で撃ち続けるが、光弾は届きもしない。
(発射式なら当たるか⁉でもM72じゃ届いてもこの距離じゃ尾ひれだ‼ジャベリンなら――、いや‼ジャベリンだって七頭全部一度に倒すことは出来ない‼砲弾の着弾位置によってはスラを巻き込む‼)
焦りが耳鳴りになる。ティヤは打てる手はないか必死に考えた。
一方、前方に見えてきたナグルファルに、スラはふと違和感を覚えた。
(…なんで、壁とかないんだろう?)
このまま自分がナグルファルに戻ってしまうと、あの巨体は簡単に船に入り込んでしまうのではないか?
ナグルファルを囲うあの壁はたかが高さ三mの水路だ。
その壁がある理由は、
‥‥住民が誤って落ちないため、だ。
アスタロトは小さい個体でも体長が二〇mはある。迎撃システムもなにもないナグルファルなんて、いつでもアスタロトに蹂躙されていたはずだろう。
大陸を奪ったみたいに。
(今まで、どうやってこの船は守られていたの?私たちが守るまでは、どうやって…誰が…)
―――どうしてこんなナグルファルが安全だなんて、知っているみたいに思い込んでいるんだろう。
強烈な違和感に気を取られたその隙が、命取りになった。
「―――――っっっ‼」
七頭のアスタロトがスラを囲うように海面から出てきた。
滑走にブレーキをかけ、スラは前方のアスタロトを見上げた。アスタロトの退化した目と見合う。
アスタロトは頭部をぱかりと開けて、スラになかみを見せた。
アスタロトの口にはかえしのついた牙が大量に敷き詰まっている。それらが触手のように飛び出し、スラの体中を貫通させた。頭部にも、喉や肩、胸から腹にかけて、骨なんて関係なく。
スラを貫いたアスタロトはそのまま彼女を引き上げ、口の中へ飲み込んだ。
遠い場所で相棒が無残に貫かれた。
ティヤの緑色の瞳には相棒の敗退と、その手から落ちた金属の光が映る。はっきり見えたわけではないのに、なんとなく光の正体が分かった。
(手榴弾の、ピン―――――)
スラが持っていた、最後の一つ。
スラを飲み込んだアスタロトは絶望に満ちたティヤにゆっくりと顔を向けた。ティヤを追いかけるため、他のアスタロトが次々と海中へ潜っていく。
その時、手榴弾ごとスラを飲み込んだアスタロトに、ゼロのカウントが訪れた。
体内で爆発した破裂音が聞こえる。突然の衝撃にスラを飲み込んだアスタロトや周りのアスタロトに動揺が広がった。
敵の動揺を眺めているティヤは震える声で呟いた。
「逃げないと…」
これはスラの作ってくれた、ティヤへの逃亡時間であること。
言葉を交わさなくても伝わっている。
しかし絶望は重なった。体内で爆発したはずのアスタロトは口から煙を吐き出すだけで、やがて海中へ静かに潜っていったのだ。
他のアスタロトの動揺もすぐ収まり、生き残っている獲物のもとへ泳いでいく。
ティヤは。
滑走の動力を止めて、海面に佇んだ。
絶望に負けたその表情は、いっそ悲しそうですらある。
スラが作ってくれた逃亡時間も、キヴォトス兵としての使命も、まだ残っているのに。
一つ残っていた自分の手榴弾のピンを躊躇なく引き抜いた。
――――――――――――
スラはある歌を口ずさんでいた。
少し怖い歌詞だけれど闘魂みなぎる曲調がこの世界に合っていた。
確かもう一つ教えてもらった歌があったのだが、どうにもそちらは思い出せない。
(でも、なにか大切なことを聞かされて、この歌を知った気がする)
「聴き飽きた」
繰り返し歌っているといつ起きたのか、二段ベッドの上で伸びをしている片割れから文句が降ってきた。「指示書」を眺めていたスラは小さく頬を膨らませる。
「そんなに歌ってないよ」
「歌ってるよ。毎日毎日。というか、絶対〝指示書〟の内容読んでないだろ」
「…えへ。やることいっぱいだね。何から始める?」
読むことが面倒くさくなっているスラに、ティヤは呆れた表情を浮かべる。ベッドから降りると、研修着に腕を通しながらスラに尋ねた。
「一番最初に書いてあるのは?」
「〝戦う意義を知るために「Book room」で歴史の勉強をせよ〟」
「じゃ、それから始めよう」
袖を通したティヤは、スラと共に「Book room」という部屋へ向かった。