一二話後半 ラクスアグリ島
湖沼
〈ラクスアグリ島には〝イング〟率いる第一調査隊と、彼らの壊滅から三年後に〝フレイア〟率いる第二調査隊がやってきます。〉
洞窟の奥は絵画を切り取ったような場所だった。
湿原と澄んだ池が点在し、吹き抜けの天井から月明かりがそこを照らしている。
ミュウは原種のリンゴの木を見つけ、そこにフラフラと近寄る。背を預けて座り込み、宥めるように自分の腹を擦った。
泥蛇に誘われた双子はその場所を見渡した。
コアはうずくまるミュウの背に目を止めながら、泥蛇に尋ねる。
「…第一調査隊が壊滅するとは言っても、ティヤやスラが生きているってことは出産まではしたんだな」
〈ええ。ですがドクター以外の隊員は彼女の出産を認めませんでした。この後事故が何度も続き、隊員たちは全員死亡します。〉
その発言に、コアとペトラがまさかと声を上げた。
「軍人のカルロスまで死んだのか?」
〈スウィフト隊員の処刑に失敗して命を落としています。〉
「ミュウがカルロスを倒したの⁉︎カルロスは武器だって持っているのに⁉︎」
〈そうですね。都市の軍人は精密兵器と戦闘訓練も行うほど戦闘能力は高いです。本来であればスウィフト隊員が彼に勝つことなど毛頭不可能でした。〉
泥蛇はふわ、とあるものに降り立った。
コアとペトラ、そして偶然だろうが、ミュウもそれに視線が集まる。
黒い箱。
サッカーボールくらいの大きさで、縁がぼやけている。
黒い箱に黒い蝶がくっついているがミュウの目に泥蛇の姿は見えていないだろう。
ただただ、その黒い箱の存在を食い入るように見ていた。
〈でもあるでしょう?訓練を受けていなくとも精密兵器とだって戦える武器が。〉
黒い蝶の姿をしている泥蛇の表情など分からないが、愉しそうに笑っていそうだった。
コアとペトラは自分たちのキヴォトスに視線を落とす。
泥蛇が羽をふわ、と動かして舞った。
泥蛇の肢が離れると、黒い箱の蓋が開き―――
ミュウの周囲に金の糸が幾本も集まった。
それは徐々に形になっていく。
折り紙の作品によく似ていて、飛行機、筏、鳥、魚、虫…あちらこちらに編み上がると、それらはひとりでに動いていた。
〈キヴォトスの機能はあの箱にあったものです。
スウィフト隊員が身に着けた機能は〝ヴィアンゲルド〟。
性能としてはキヴォトスに似通っています。任意の形を作り、武器として扱う。
ただ彼女は折り紙を参考にして形を作っていましたね。〉
子供がいればさぞ喜び狂うだろうが、コアとペトラはあれら全てが武器になるのであればゾッとせずにはいられなかった。
ペトラは慄きながらもミュウに視線を移した。
金糸で編まれたキラキラのおもちゃの中で、絶望と孤独に一人天を仰ぐ彼女の横顔は、出逢った時のスラそっくりだ。
(…孤独…。あの時のスラには、ティヤはいなかったのかな)
相棒のいない孤独を想像すると、他人事には思えない不安がペトラの胸を締め付けた。
場面が変わった。
二人はまた晴天の下に戻ってきて狼狽える。
「〝イング〟に戻って来た?」
第一調査隊が拠点にしていた建物の前に戻されており、ペトラがコアに尋ねる。
コアは建物を見た後、周囲に目を配った。
「いや…なにか、違う気が…」
ぼんやりとした違和感を覚える。
それに泥蛇の姿も見当たらない。
二人は警戒して〝ブリッツ〟を握る手に力を込める。
〈これは〝イング〟の双子艇、〝フレイア〟です。
第一調査隊はあの後すぐに壊滅しますので詳細は省きますね。
第一調査隊の三週間で見て欲しいものは島の特性とあの黒い箱ですので。
――第二調査隊は入島一日目でティヤとスラを捕まえました。〉
泥蛇の声がすると、〝フレイア〟の出入口が開いた。
中から軍人二人と――その内の一人が森林色の瞳をした幼い子供を抱いていた。
泥蛇はその子供の白髪の頭にくっついている。
喚く子供と二人と軍人がコアとペトラを通り過ぎ、泥蛇はついてくるよう促した。
コアとペトラは大人しく彼らを追いながらお互い目を合わせる。
この子供はティヤだ。
つまり、ミュウがあの黒い箱と出逢い、今の場面はそれから三年が経っている。
〈シン・ゲーパルト・ニコライ隊員が「女性がラクスアグリ島に入ると異常者になる」と報告したため、第二調査隊は男性だけで編成されました。〉
コアとペトラの周囲に画面が表示される。
フェイジャースレサーチャーは三名。
ローレンス・ジョゼ(五三歳)
カイン・ジル・フォーレン(四七歳)
ソーマ・フォルステライト・ティム(三〇歳)
軍人は軍医を含めて三名。
そして精密兵器が三騎。
コアは精密兵器の数に目を止めた。
「軍人の数も精密兵器の数も増やされている。ラクスアグリ島はそれだけ危険な場所だって認識されたわけだ」
〈ええ。もとより第一調査隊にも精密兵器は二騎所持してはいましたが、研究員の命令を第一に聞くそれとは異なり、第二調査隊の精密兵器は軍人の命令が第一優先に設定されています。〉
第二調査隊の軍人二名はティヤを抱えて夜の森に入った。
軍人らは足を止めた。
夜の雲が開けて、明るい月光が差し込んだ…
そこには。
ティヤを迎えにきたミュウが佇んでいた。
軍人がミュウに処刑に応じるよう命じている。
軍人二人。
そして彼らは二騎、精密兵器を連れていた。
内陸の人間が束になっても敵わないその戦力を前に、見ているコアたちの方が不安な気持ちになる。
そんな彼らの気持ちをひっくり返すようなことを、泥蛇は言った。
〈武装に特化した第二調査隊ですが、三日で壊滅してしまうのです。〉
二人の軍人も、二騎の精密兵器も。
金糸の紙飛行機に撃ち抜かれて絶命する。
精密兵器は金糸の紙飛行機に対する解析が間に合わず、軍人も飛来するその速さに追い付けなかった。
ミュウはティヤを抱きしめ、平然とした表情で殺した軍人の傍らを通り過ぎる。
そして軍人たちの来た道を戻っていく。
〈ティヤは彼女を誘き出すために〝フレイア〟から連れ出されました。スラは保険として〝フレイア〟に残されているのです。〉
〝ヴィアンゲルド〟の本来の使い方に唖然としている双子を置き、泥蛇は場面を動かした。
〈この頃、〝フレイア〟で軍人とソーマが口論となっていました。
妊娠中にスウィフト隊員が犯罪者として認定された以上、そのお腹の子供も含まれます。
ソーマはそれでも子供の命を保障できないか都市と交渉したいと言い出したのです。〉
〝フレイア〟の食堂で、椅子に座っているスラの前に立ちふさがるソーマと軍人がいた。
コアはソーマの容姿を見て思わずため息をついた。
「随分キレイな男だな…」
「ナグルファルの街で見た美容培養のモデルみたい…」
ペトラの印象は正しかったようで泥蛇が〈ああ。よくご存じですね。彼はフルボディです。〉と答えた。
〈そして彼が、〝宝箱のなかみ〟に出てくる〝青年〟です。〉
「ティヤとスラを育てた人!」
なぜか少し嬉しい気持ちになったペトアは身を乗り出してソーマを眺める。
衣装ケースに展示されそうなほど美しい彼の顔は、悲痛に歪み、また口調は荒く怒りが滲んでいた。
『本部に報告して、子供の保護を打診させてくれ!子供は親のやったことなんて知らずに生まれてくるんだぞ。沈没都市の住民なら命の尊重くらいしたらどうだ‼︎』
ソーマの発言は軽率で任務違反の直前に迫っているものだった。
軍人はソーマの胸倉を掴んでテーブルに引き倒して怒鳴りつける。
『そうだ‼︎我々は沈没都市の人間だ‼︎
それは人の未来を繋げる能力があると証明された人間を指す!
だがこの子供らはなんだ⁉︎
堕胎しなければスウィフト隊員は任務を遂行できない。
産めば想定されていない資源が食いつぶされる。
この子供らの肯定は‼︎理念の叛逆になるだろう‼︎
役に立つから――資源を残すから生きる価値があるんだ‼︎』
軍人はソーマから手を離そうとしたが、今度はソーマが軍人の腕を抱き込むようにして抑えた。
大人の男の取っ組み合いに、スラは泣き出してしまう。
おかあさん、おかあさん、とむせび泣く子供の姿に、ソーマも遠慮がなくなった。
『おい‼︎走れるなら走れ‼︎左がどっちか分かるか⁉︎この部屋を出たら左に曲がれ‼︎走れ‼︎』
『貴様…ッ』
子供に向かって叫ぶソーマに、軍人は顔を歪ませる。
スラは自分に叫ばれていると気が付き、椅子から懸命に降りた。
軍人は焦った。
フェイジャースレサーチャーを引き離すには肉体的な意味だけでなく、色々な規則が軍人を縛っているからだ。
拳銃も使えない。ここは食堂だ。血が散るのは衛生上、今後に差し障る。
そうこうしている内に小さい罪人が食堂の扉に向かっていた。
『〝フレイア〟‼︎ドアを開けるな‼︎』
『〝フレイア〟‼︎ドアを開けろ今すぐに‼︎』
〝フレイア〟では軍人の命令よりフェイジャースレサーチャーの命令が優先される。軍人の言葉を掻き消すソーマの怒号は〝フレイア〟に届き、扉が開かれた。
軍人は舌打ちをする。
処罰を覚悟でソーマの身体を一度引き起こし、そしてみぞうちに拳を入れた。
体中の酸素が口から吐き出され、ソーマはむせ返る。
するりと離れていく軍人に手を伸ばすも、軍人はスラとの距離を瞬時に詰めていた。
殺すつもりの拳を握って。
その振り上げられた拳は――次第に緩くなって――軍人そのものが倒れ込んだ。
床に伏せているソーマも、その記録を見ているコアたちも目を見張った。
スラの衣服に、金糸が仕込まれていた。
スラが転んでしまった衝撃がスイッチだったかのように。
その金糸は弾け飛び、軍人の額に穴を開けたのだ。
唖然としていたソーマだったが、その時間は短かった。
他の隊員が騒動に気づく前に、と思ったのだろう。
軍人の一発に体を痙攣させながら、スラを抱えた。
壁に体を預けながら進み、〝フレイア〟を出て行く。
場面は〝フレイア〟の前に変わる。
コアとペトラは一日のうちに続いた死亡者に言葉もない。
結局、ローレンスに見つかってしまう。彼はソーマに止まるよう銃口を向けていた。
それでも止まろうとしないソーマに、ローレンスは必死に説き伏せる。
『分かるだろう!俺達沈没都市の住民が守るべき価値を!
なぜ大陸は沈没都市より劣っている⁉︎
生き残るべき人間を犠牲にして価値のないものを優先するからだ‼︎
まさに‼︎スウィフト隊員の行いそのものだ‼︎
お前は…‼︎お前のやっていることはそれに加担しているんだぞ‼︎』
ローレンスの発言に、コアとペトラは苦い顔になる。
沈没都市なりに大陸の住民へ温情があるから支援が存在する。
でもその温情は時にローレンスのような本音が垣間見える時があった。
〝内陸住民は助ける価値がないけれど助けてやっている。自分たちは善良な人間だから〟と。
(役に立つから、生きる価値がある…)
棘を飲んだような痛みが身体の中で感じた。
ペトラは息をするのも嫌になる。
でも…スラと同じ瞳に映るソーマは、Fageの毒に負けていなかった。
『〝MSS〟はもう動いていない』
荒い息なのに、よく通る声で言った。
ソーマは怖い大人がスラに見えないよう、しっかりと抱きかかえて地面に膝をつける。
『〝MSS〟は確かにこの時代に必要だったんだろう。
でも俺は…〝MSS〟がなくても変わらないものにこそ、価値があると思ってる。
フェイジャースレサーチャーになる前から、俺は自分にそう答えているんだ』
撃たれても…なんど撃たれてもスラには当たらないように、彼はスラを抱きこんで地面に伏した。
憎いほどソーマに失望したローレンスは容赦なく発砲する。
なんども、なんども。
「え、し、死んじゃうよ⁉︎」
ペトラが思わずローレンスを止めようと体が動いたので、コアが止めさせる。
しかしコアも同感で、地面で呑気に羽を休めている泥蛇に「おい!」と声をかける。
〈いいえ?死ぬのはローレンス・ジョゼ隊員です。〉
コアたちが呆気に取られている――その時。
金糸の紙飛行機がローレンスの体を何度も撃ち抜いた。
ソーマを撃った分だけ撃つように。
ローレンスが粉々になると、暗がりからミュウが現れた。
ソーマの下から泣きじゃくるスラを引っ張り出し、暖めるように抱きしめる。
ミュウはスラを宥めつつ、大量の金糸で瀕死のソーマを包んだ。
月光が金糸に反射して光の線が束になっていく。
魔法のような光景に見入っているコアとペトラの顔も照らされる。
その光はやがて映像全体を照らしきり、次に出てきた景色はまた洞窟の奥だった。
スヤスヤと眠るティヤとスラから少し離れて、ミュウとソーマが会話をしている。
金糸を使ってソーマの傷は縫合され、一命を取り留めたようだ。
〈第二調査隊の二日目です。
彼らは今、ラクスアグリ島で起こる異常について話し合っています。
彼らはその異常を〝現象毒〟と名付けているところですね。〉
コアとペトラは洞窟の中心に一本だけ生えているリンゴの木の下で立っている。
咲きそうな蕾をいくつもつけて、それに紛れるように黒い蝶の姿の泥蛇がいた。
『〝MSS〟によって向き合うことのなかった価値観が浮き彫りになるのが、現象毒じゃないかって、私は思うの』
ミュウの言葉に顔を上げたのはソーマと、そしてコアたちだ。
『私ね、〝MSS〟の針路調査で母親には向かないって出ているの。
恋人もいて、名誉ある仕事も持って、子供がいなくても充実していた。
…でも、母親になる憧れがないって言ったら、嘘になる』
ミュウは眠る子供たちを見つめている。
『私が現象毒に犯されたところを上げるなら、使命より憧れが勝ったこと、かしら』
〝MSS〟は遺伝情報すら信号化する。そこから未来をシミュレーションして、人間に針路を示すのだ。
ミュウとそのパートナーでは、彼女と並ぶ・もしくは超える人材の育成は見込めない。
未来にどれだけ資源を残せるか。
その定義で計るならば、ミュウ本人が自身の能力の限り役割を全うする方が価値ある針路だった。
コアはソーマの表情が気になった。
ミュウは解明欲のある顔に見えたのだが、彼女の「なぜ現象毒があるのか」という疑問を口にした時、ソーマは動揺して目を泳がせた。
まるで思い当たる節があるように。
注意深くソーマを観察しようとしたコアだが、ペトラに背中を叩かれて邪魔される。
「なに!」
「あの黒い箱がないよ!」
思わず声を荒げたが、ペトラの指摘にコアは辺りをぐるりと見渡した。
すると、泥蛇がある池の畔まで飛んで行った。
〈ああ。あれはスウィフト隊員が〝ヴィアンゲルド〟を持った後、この池に蹴り飛ばしたんです。この池は海に繋がっていますので、すっかり海底に沈んでしまっています。〉
ひどいです…、と言いたげな声の暗さだ。
しかし、すぐに声に明るさを取り戻した。
〈さあ。ここからがクライマックスです。〉
いうや否や、場面がまた流れ始めた。
第二調査隊はソーマの他に、あとはカインという男性隊員が残っている。
三日目の朝、ソーマはカインと再会する。しかしミュウと双子たちの処遇について意見が割れ、最終的にカインは自決することを選んだ。
その時カインは〝フレイア〟が第二調査隊全滅という報告を都市に上げてしまったことをソーマに話していた。
〈その結果、都市は〝ラクスアグリ島は資源採取の価値より、資源の消費が上回る〟と判断し、ICBM:震灰燼弾頭の発射を決めました。
カイン・ジル・フォーレン隊員は都市から見放された可能性やソーマがスウィフト隊員を庇う姿を見て、自分自身の生きる価値を見失ってしまったのでしょう。〉
泥蛇が池の畔からコアたちのもとへ戻ってくる。
ソーマやミュウが島からどう脱出するか慌ただしい場面になる。
コアは固唾を飲みながら「震灰燼弾頭って?」と尋ねる。
〈自然環境に重きを置くFageで開発されたのが震灰燼弾頭です。
超々振動を起こして粒子のバランスを崩し、大地を粉みじんにした上で、自然が吸収しやすいように摩擦熱で灰となるまで焼き払う…。
ラクスアグリ島を一発で沈められるミサイルが撃たれた、ということです。〉
コアとペトラは鳥たちの凄まじい鳴き声に驚き、吹き抜けを見上げた。
Fageの海鳥は信号を読むことに長けている。信号世界で操作される震灰燼弾頭の振動を感じてけたたましい声を上げていた。群れで動く種類は仲間と共に島から大急ぎで飛び立つ。
「このままじゃ…」
幼いティヤやスラも泣いている。
誰も助からない事態かと思われたが、ミュウが子供らとソーマをある池に案内していた。
一際大きな池から吹き上がるように現れたのは――
『〝イング〟⁉︎こんなところに隠していたのか!』
驚きに声を上げたのはコアたちだけでなく、ソーマもそうだった。
ミュウが急かして〝イング〟に乗り込む。泥蛇がそれについて行ったので、コアたちも追いかけた。
容赦なく寝室に子供らを放り込み、ミュウとソーマは管制室に向かった。
震灰燼弾頭の位置を捕捉する。
ミュウは訝しんだ。
『…現象毒は機械にも影響が出ているわ。少なくとも〝フレイア〟の信号はまだ生きているはずなのに、都市がそれを無視して発射を決めるとは思えない』
『ラクスアグリ島がエンドレスシーで姿を持っていて、それが〝イング〟や〝フレイア〟より巨大な船なら乗っ取られている可能性は十分にあるだろうな』
二人が警戒しているのはこの震灰燼弾頭すら、誤情報ではないかという可能性だ。
島の外は依然として異常気象に囲われている。
そんな時期に海を越えて島から逃げるか。
たまた、ミサイル自体が嘘なのか。
決断したのはソーマだった。
『俺の賭けに乗ってくれないか。
〝MSS〟は理念のためにラクスアグリ島を利用している。
――現象毒が〝MSS〟の理念の基成り立っているのなら、未来に繋がる…つまり生存ルートがあるはずだ。この島に居ても未来は繋がらない。
島を出る必要は絶対にある』
傍から聞けばソーマの主張はあまりに突飛だったのだろう。ミュウは珍しく素っ頓狂な顔になっている。
『私はてっきり、ラクスアグリ島が〝MSS〟を乗っ取った…と考えていたくらいなんだけれど。停止した理由も、その方がしっくりこない?』
『長話になるから言わなかったが、俺は〝MSS〟創設者の親戚なんだ。多少事実を知ってる。〝MSS〟は乗っ取られていない。憎いくらい、役目に忠実らしい』
ソーマの発言にミュウは驚いて言葉を失くす。
傍らのコアとペトラも驚き、コアは先ほどのソーマの妙な表情を思い返す。
無意識に宙を舞う泥蛇を睨んでしまう。
ミサイル到達まで五分。
時間が惜しいと思ったミュウはソーマを追求しなかった。
『それなら君に賭けましょう。外から私の金糸で潜水艇をぐるぐる巻きにして異常気象を抜けられるようにするわ。そのまま逃げてちょうだい』
言い捨てるように管制室から出て行ったミュウに、ソーマは慌てて追いかけた。
『なんだそれは。あなたはどうするつもりだ?』
『潜水艇の中から金糸は出せない。外からぐるぐる巻きにするのなら私は乗れないでしょ?』
『はっ⁉︎ほんとに何を言ってるんだ⁉︎』
全身の傷が痛んで速度の遅いソーマを置いて、ミュウは寝室に向かった。
双子たちがわっと母親のもとに集まる。
ミュウは元気と文句がいっぱいの双子をぎゅっと抱きしめる。
『…愛してる。あなたたちの明日に、どうか未来がありますように』
最期の抱擁はあまりに短かった。
『かくれんぼしましょう。一〇を三回繰り返して。スラ、できるわね?』
双子はかくれんぼが始まると笑顔になり、寝室のベッドの布団をかぶった。母が隠れるのを見ないようにしているのだ。
ミュウは躊躇うことなく、潜水艇の出口に向かう。
出口の近くまで来ると、ぎりぎり間に合ったソーマに腕を掴まれた。
『正気じゃない‼︎他人に自分の子供を預けるのか⁉︎』
ソーマの絶対離さないという意思が彼女を強く掴んだ。
彼のそんな強さとは反対に、ミュウは表情なく、瞳を伏せた。
『現象毒が理念の基成り立っているのなら、〝MSS〟のいない未来に、必要な答えがそこにあるんでしょう。…でも、この武器は?』
この島で絶対的な支配者のようだった彼女は、今はどこにでもいる弱い一人みたいに俯いている。
『すごい力でしょう?魔法みたい。…これは人の目にどう見えた?私はこれをどう使った?この武器の答えは、きっと…本当は』
ミュウはソーマの肩に顔を沈めた。どんどん声が震える彼女に、ソーマは手を緩めて背中にまわしてやる。
『…もう、使わなければいい。隠して、子供と一緒に居て、子供が大人になるくらいには、そんな武器のこと忘れてる。間違えたことが全てになんかならない。どう生きたか、いつだってそれが答えだ』
ソーマの優しい言葉に、ミュウの瞳から久々に涙が流れた。
『君は自分の毒を解毒できているみたい。…ああ、だからキキも同じだったのね。‥‥私はここに残る。島の癌を身に着けた怪物は、島と一緒に終わるべきよ』
ミュウの身体から濁流のように金糸が溢れ出る。
『ミュウ‼︎』
たとえソーマが万全な身体だったとしても、その勢いにただの人間が勝つことはできないだろう。遠ざかる彼女を呼んでも、返ってくるものはなかった。
潜水艇のハッチは閉められ、金糸の作用によって池に沈められる。
そして、その直後、ラクスアグリ島にミサイルが落ちた。
舞い乱れる青い蝶も一匹残らず、衝撃により粉となった。




