第20話
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2017年5月21日午前9時53分。月井と今村は野際仁子から一通り話を聞き終わって、彼女との約束通りマンションを出た。そして近くの駐車場に停めていた車に乗り込み、月井の運転で走らせる。2時間ちょっとの滞在だったが、仁子やルール―のホステスたち、それに殺害された岡田を含め、客の様子も分かって収穫はあった。
「やはり高木梨帆には協力してる人間がいますね。今回の事件に無関係とは言えないでしょう」
「ええ。……でも、月井巡査部長、大丈夫ですか?ルール―だって、暴力団とか悪い連中と無関係とは言えませんよ」
「確かに私だって怖いですよ。でも、タブーじゃ済まされないんです。踏み込むしかありません」
「まあ、そうですが……」
今村はおぞましい輩からの報復を恐れているらしい。昔、新宿歌舞伎町でソープランドの一斉摘発をやってのけたデカが、後日チンピラに刺殺された事件があった。暴力団――マルBと警官は隠語で呼ぶのだが――は最近、刑事などとも同等の装備をしていて、尚且つ執拗に楯突いてくる。新宿の街もミカジメの回収などに暴力団関係者が動く。現役の警官でも震え上がるぐらい怖い。
月井が運転中の車を停め、班長である岸間のスマホに連絡すると、
「ああ、君たちは新宿の街を張っててくれ。現場に残ってた第三者のDNAは鑑定中だけど、調べ上げたらすぐに知らせる」
と言われて電話が切れた。すぐにスーツのポケットにスマホを仕舞い込み、ハンドルを切って走らせ始める。今村が、
「これから新宿ですか?」
と訊いてきたので、
「ええ。しばらく街を張ってろと」
と返し、軽く息をつく。午前中は絶えず日差しが照りつけた。ものの20分ほどで新宿区へと舞い戻る。街の中枢部は何かと蒸し暑い。有料駐車場に車を停め、歩いて歩行者天国を行く。疲れていたのだが、歩きながらしばらく街を見ていた。ホコテンは延々人が続く。月井も今村もスーツの下に汗を掻いていた。多数の人間たちが繁華街を行き交う。
辺りは人口密度が高い。月井はこの街に慣れていた。一課に配属になってずっとここが担当区域だからだ。危険はあるのだが、街の見回り程度なら大丈夫、と過信する面もある。まあ、デカも人間だ。諍いなどはなるだけ避けようと思っていた。
正午になり、繁華街にある定食屋で食事を取る。互いに丼物を頼み、出されていたお冷をがぶ飲みした。喉の渇きを潤す。暑い時は水一杯飲めるだけでも気力が回復するのだ。ものの数分待つと、月井の前にはカツ丼、今村の前には親子丼の丼が置かれた。食べながら、しばらく黙り込む。やがて月井が、
「今村巡査部長、午後も暑くなると思いますから、しっかり食べてスタミナ付けてくださいね」
と言った。
「分かってますよ。何年デカやってると思ってるんですか?」
今村が切り返す。そしてご飯粒を掻き込みながら、お冷をまた飲む。昼の時間が過ぎる。おそらく今夕の捜査会議で、第三者のDNAが明かされるだろう。互いにそう思い、食事を取り続ける。店内は冷房が利いているのだが、外は焼けるように蒸し暑い。体感温度の差が体をきつくする。夏場は特に。(以下次号)




