7 ウルチはベラの為に
2話連続投稿の2話目です。
こちらはウルチのお話です。
五ノ島に来てはっきりした。
小竜族はもはや僕一人。
わかっていたはずなのに何かを期待していた。そしてわかっていたはずなのにその期待は裏切られた。
「お前、何言ってんだよ。ベラがいるじゃねえか。」
ご主人様の言葉は僕の脳天に突き刺さった。
そう、僕は心のどこかでベラは人間でないと考えてしまっていた。そしてそれが僕とベラの確執。ベラは何事においても僕を優先しようとする。当たり前だ。僕を守るために僕が生み出した人格なのだから。
だけどご主人様はベラもひとりの人間として扱っていた。
「人間には識以下という領域があってな。自分が考えている事の否定がそこにあるそうだ。人間は無意識にその識以下にある自分の考えていることの否定を表に出してしまうことがあるそうだ。」
御主人様に言われたこの言葉が僕の心を締め付けた。どんなにベラを肯定しようとも、僕の心の闇の中でベラを否定する意識が働く。
一部の竜人族は、『スキル』に現れない異能を持っているらしい。僕も耳に聞こえる音が人並み以上で僕の中では【超聴覚】と呼んでいる。ベラも人の気配をスキルなしで察知する【超感覚】を持っているので、竜人の力は持っているのだけど…。
「ウルチ殿は、考え過ぎるのです。カミラ姉を見てごらんなさい。」
武具の修練でいつも一緒に居るアンナは白い外套に包まれた青肌の少女を指さした。彼女はご主人様を見つけると、「主~!」と撫でるような声で跳びつく。僕はお慕いするご主人様にそんな大それたことはできないから…。アンナと違って『忠誠』だけじゃない気持ちがあるから、その心うちは苦しい。
気づくとアンナが僕を見て口端をつり上げてた。
僕は咄嗟に顔を背けて剣を振るった。
「…ウルチ殿。顔が赤いですよ。」
うるさいです。僕は剣技に集中するんです。
僕とベラは記憶を共有している。だからベラと入れ替わってからご主人様に助けられるまで、断片的だけど何が起きたかは知ってる。…知ってるけど僕には耐えられない。蔑むような眼でベラを視姦し、下の世話などなく全てが垂れ流し、まともな食事など与えられるわけもなく…。でもベラは平然と享受し僕の身代わりとなった。
だから僕はずっとベラに嫌われてると思っていた。だからベラの呼びかけにどう応じていいのかわからず…。
でもベラは僕のことを必死に助けようとしていたことが分かった。ご主人様と僕が閉じこもっている世界にまでやって来て…僕はベラに謝った。この身体はベラのモノだ。長い間ベラとして生きてきたんだ。…もう、眠くなってきたし。
「…ウルチ。俺が誰かわかるか?」
御主人様の声が聞こえ、僕は目を覚ました。暖かい水に僕は包まれていた。
(…ご…しゅじ…ん…さ…ま…?)
声のした方に顔を向けると、凛々しいヒト族のお顔が。これがベラのご主人様…。
「そうだ、ウルチ。初めまして…だな。」
眩しいくらいの笑顔。ああ…僕にはもう手に入れることのできない眩しさを感じる。僕は思わず手を伸ばした。ご主人様が暖かい水に手を入れ…僕の手はご主人様に触れた。
(…ああ……。)
この世界に閉じこもってから初めて触れた手…。こんなにも暖かく、愛おしく感じるモノだったのか。
(これで…思い残すことは…ございません…。僕は最後に…幸せを感じることが……できました。)
「…いいや、まだだ。俺は君にまだ何もしていない。」
いいえ。もういいんです。あとはベラ、貴女がこの身体を好きなように使いなさい。
「ウルチ、俺のもとへ来い。俺がお前を全てのものから守ってやる。」
何を言ってるの?僕はもういいんだよ。ほら、ベラがいるじゃないか?
「しかし…外には既にベラがいます。そこに僕が入り込む隙間は…ありません。」
「君が外の世界を見るのにベラの思いは関係ないよ。君が見たいかどうかだ。いつまでもベラに遠慮するような気持ちでは、君はここからでられない。ベラはそんなことを望んでいない。」
俺の言葉にウルチはしばし考える。だが、もう一度ベラを見て首を横に振った。
「…やっぱり僕には…」
「ウルチ!」
俺は声を荒げた。ベラは驚いて俺を見る。俺は、槍を取り出した。
「…ウルチ。君の心の中に巣食う闇を取り払おう。」
ご主人様は目の前に立つベラに槍を突き刺した。口から血を吐くベラを見て僕は恐怖した。ベラは恨めしく僕を見た。…見ないで!
「そうだ、ウルチ。拒否しろ。これはベラではない。お前が作り出したベラの幻影だ。ベラに、こんな風に思われてるのではないかと、自らが作り出した偽物だ。本当のベラは違う。お前の姉妹であり、母であり、親友であり、お前の分身なのだ。これっぽっちも怨んでもいない、嘆いてもいない。ただただ心配しているだけだ。」
…え?
目の前のベラは真っ黒になり、醜い悲鳴を上げて消えていった。ご主人様は僕は愛されている、とおっしゃった。…本当に?
「俺がウルチの全てを受け入れよう。」
ご主人様の唇が僕の唇に触れた。あの感触は忘れない。…そのあと何度かあの感触を頂いたけど。
僕はご主人様の奴隷となり、生きる希望を見出した。だけど奴隷としても、戦士としても半人前。サラ姉から奴隷としての知識を教わり、アンナからは戦士としての技量を身に付け、フォン姉からは、女としての魅力を盗み、エフィ姉からは…ないか。カミラからは…もないか。と、とにかく人間として磨きをかけた。そしてその日々を幸せに感じた。
だけど、僕が幸せを感じれば感じるほど、ベラの存在が薄まるのではないか。僕はそんな思いに恐怖し、誰に相談できるわけでもなく、日々を暮していた。
「絶対とは言えないけど、お前がベラを必要としている限り、ベラは消えないと思うぞ。」
ご主人様は僕に力を漲らせる言葉をくれる。ますますご主人様を敬愛してしまう。
「それでいいのです。それが、アタイと違って生きることに希望を持っている人間の証なのです。」
ベラは僕に優しく語りかける。でも僕はベラも人間だと思う。
「ベラ、貴女は僕から作り出された人格だけど…今では立派な人間だよ。誇り高き小竜族かと聞かれると、考えちゃうけどね。…だってベラは剣術はからっきしだしね。」
僕の言葉が響いたかどうかわからないけど、ベラは無表情のまま言葉を返してきた。
「ウルチこそ、脳筋女と戯れもそこそこにしなさい。誇り高き小竜族は孤高であるべしと亡き父君は…」
「お父はそんなことは言いません。」
「…では、母君…」
「お母もそんなこと言いません!」
僕はベラが適当なことを言っているように感じ、怒りの感情を混ぜて言い返したが、僕はベラの事をお父やお母に重ねあわせていたことに気づいた。そうか、僕は家族を求めていたのか。僕はベラに対する揺れた感情に妙に納得した。
「そっか、今はベラが僕のお父であり、お母でもあるから…。」
ベラは首を振った。
「アタイはご主人様に愛されてから変わったのです。…ウルチの為に生きるのではなく、ウルチと共に生きると。…だからアタイの事は『ベラ姉』と呼びなさい。」
僕は腹を抱えて笑った。ベラも釣られて笑った。ベラの笑顔は最高だった。
五ノ島では、オルティエンヌの姉御と再会できた。まさか、竜人の島に行くことになるとは思いもよらず…正直言って不安だった。ベラが心配して何度もご主人様に詰め寄っていたけど、僕は過去と決別するために行くべきだと思った。
そして…姉御に再会して、僕は今の思いの全てを姉御に…。
「では、貴女の中に、アタイに似たベラという人間が貴女を助けてくれているのですね。…摩訶不思議な事ですが、それも含めてエルバード殿が受け入れて下さっているのなら、アタイは何も言いません。」
姉御は僕の全てを聞いて微笑んだ。慈愛。その言葉が最も似合う女性と思った。そして、それはベラにも当てはまるとも思った。
「貴女が想う道を進みなさい。それが我ら竜人への道しるべともなりましょう。」
姉御は僕の背中を押して、竜人の希望として前を向かせてくれた。
僕の気持ちは晴れた。
僕は今まで以上に剣に打ち込んだ。これまでは、アンナに倣い、槍術を磨こうと努力していたが、僕の≪竜戦士化≫のスキルを最も活かせるのは剣だと気付いた。それも大きいほうがその威力が増した。斧やこん棒も使ってみたけど、武器自体の抵抗で素早さが低下してしまい、抵抗の少ない剣でその速度をそのまま威力として剣先に乗せることで、さらに攻撃力が増した。ご主人様とも、短時間だけど互角に打ち合えた。これで僕もご主人様のお役に立てる!
ご主人様は僕に質問されました。
「お前は俺の何だ?」
「…奴隷、でございます。」
僕の答えにご主人様は不満そうな顔をした。
「お前は俺にとってのただの奴隷なのか?」
僕は考えた。最強なのはアンナ。家事全般はサラ姉。夜のお勤めならフォン姉かカミラ。気分転換の相手ならエフィ姉がふさわしい。…僕は?
「いろいろと考えてるようだな。お前は今他の五人と比べただろう?」
見透かされた。僕は肯く。
「確かにお前達六人は得意分野も異なる。一長一短なわけで扱い方を間違えたら大変なコトになるだろう。」
確かにご主人様は目的の応じて僕たちに指示して下さる。無茶は言うけど、無理はさせない。でも僕の長所は…?
「御主人様、僕の…僕の長所って…?」
ご主人様は僕の胸の中心に指をあてた。体に触れられてドキドキしている。
「ここに居るベラだ。」
僕はご主人様を見返した。どうしてベラが僕の長所なんでしょうか。
「ベラはお前の身を守るためにいろんな事ができる。四ノ島で大怪我した時も、ウルチが死んでしまわない様に肉体活動を停止させたり、ウルチの代りに怪我をおったり、でもあいつ自身はウルチが生きている限り命を失うことはないようで、それをうまく使ってお前を守っている。」
僕は俯いた。
知っていた。そして気づかないふりをしていた。
「だからお前に無茶をさせられる。そしてお前はそれにしっかりと応えているのだよ。」
僕はポロポロと涙をこぼした。謝りたい。礼を言いたい。何よりも抱きしめたい。…そしたらご主人様が代りに抱きしめてくれた。
「お前は、ベラに甘えていい。」
僕はご主人様にもベラにも守られている。これをどうやって恩返しすればよいのか。
「ウルチ、もうちょっと俺にも甘えてくれないか?」
ご主人様の優しい声に僕は体を預けた。でもすぐに突き放した。ご主人様は、なんで?てお顔で僕を見返した。
「ダメです!ご主人様のご寵愛を受けるのはベラが先です。これは決定事項です!」
ご主人様はポカンと口を開けていた。何言ってんだ?という顔をなされています。でも、僕は決めているのです。これだけはベラに譲ると。
(…何を言っているのです、ウルチ?)
ベラが僕の頭の中から声を出しました。
(僕の決意を言ったまでです。)
(アタイに譲ることに何の意味があるのです?)
(僕は一度自分の身体を捨てた身です。ベラにこの身体を託した身です。そのような者がベラを差し置いて、ご主人様と…御主人様と…。)
僕は涙を流していたらしい。何の涙?…わからない。でもこれだけは譲れない。
(…わかりました。ではアタイが今から先にご主人様のご寵愛を受けます。そうしたらその後ウルチもご寵愛を頂きなさい。)
「はい?」
ま、待って!今から!?こ、心の準備が!?
(だから変わりなさい。)
(ダ、ダメ!)
(これは決定事項です。)
「待って!まだ僕、恥ずかしい!」
「…何を言ってるんだ、ウルチ?」
僕はウルチとの会話を声に出してしまっていた。そしてそれをご主人様に聞かれた。恥ずかしくってアワアワしてたらベラに体を奪われた。
「御主人様、少々お待ちください。今からベラ⇒ウルチの順番でご寵愛を頂きたいと思うのですが、ウルチが何故か怖気づきまして。」
「はああ?」
な、何言ってるのよ!わああ!恥ずかしい!ベラ体を返しなさい!
「御主人様!申し訳ありません!先ほどの言葉はベラの戯言とお聞き流しください!」
ご主人様はポカンと口を開けておられましたが、やがてニンマリと笑われました。…こういう時のご主人様は何か思いついた時の顔で少し怖い。
「ウルチ、ベラと替われ。」
僕には拒否権はなく、しぶしぶベラと入れ替わりました。すると僕の意識がすうと遠のいていきます。これはベラが僕を守るための強制睡眠。止めて!ご主人様とベラの会話が聞こえなくなる!一体僕をどうする気!いったい………。
気がつくと僕はベッドの上でした。そして一糸まとわぬ姿…。隣には同じく一糸まとわぬご主人様…。これはひょっとして……!?
僕はまたポロポロと涙を流した。これは何の涙かはっきりとわかる。僕の身体がご主人様のものになったのに、僕は何も覚えていない。その悔しさ、悲しさ、苦しさの詰まった涙。
「いくら決定事項て言ってな。ウルチ自身が識以下で納得してなかったらこうなるんだよ。」
ご主人様は優しく声を掛けて下さいました。
「大丈夫。ベラは服を脱いでここに寝転んだだけで、俺は何もしてないよ。」
うん。そんな気がした。だってご主人様のニンマリ顔がそこにあるんだもん。悔しい。ご主人様とベラに騙された。僕のせいでベラにも気を使わせた。ご主人様にも気を使わせた。
僕は涙も拭かず、ご主人様を抱き寄せた。
「ちょ、ちょっと!ウルチ!お互い今は拙い!」
いいんです。ベラ、ありがとう。これで僕たちはご主人様のものになるね。
「このまま……お願いします。」
僕は身体をご主人様に預けた。
ウルチ・ショウリュウ。
今までは、遠慮することでベラの為に何かをしてあげようと思ってたけれど…。これからは甘えることでベラの為になろうと思う。
だって、ベラは僕のお父であり、お母であり、お姉なのだから。
ウルチはベラをどう肯定していいのかわからず悩んでいる、ご主人様といちゃいちゃしたいけどはずかしくてできないキャラとしています。
そして本編では描いていないオルティエンヌとの会話の部分も抜き出しました。後半のイチャイチャについては後程本編でもでてきますので、ご期待ください。