第十五話―魔法とは―
気分転換も兼ねて、アリスと自分のカップを持って出て頭の中を整理する。
「人身売買か…」
日本でこの手の話題は聞いたことがないし、それに近しい事をすれば国際問題だ。魔法の存在を確認したときは、心が躍ったが、自分のモノ差しで測れる事柄を目の当たりにして、現実味を帯びて体に重くのしかかる。アリスが買ってきてくれたハーブティーで少し落ち着こう。
「レン、おかえり。お代わりありがとう」
「はい、どういたしまして」
そう掛け合いながら、カップをテーブルの上に置く。アリスも異世界初心者の俺に講義するのに、疲れたのだろうか。ふーふーと早速水分補給しようとしている。
「あ、そういえばテトラディア王国なんだけどね――」
沢山の説明の途中でアリスは忘れていた様だ。ごめんね。と言って続けてくる。
「あそこは他の国の中心に位置しているから、国同士の意思決定の場所として、流通の核として機能しているの」
恐らくだがサミット開催国的な位置づけなのだろう。
「大体の国の位置関係は分かったよ。ありがとう。あとは、魔法について教えてくれないか?」
「……魔法ね、わかった…。」
先ほどまでの雰囲気から一転して、アリスは少し伏目がちに元気が無いようにみえる。これだけ一緒にいたのだ、確実に元気がない。
「アリス、魔法ってもしかして、この世界ではデリケートな話題だったりする…?」
「ごめんね。そういう訳じゃないんだけど…――」
彼女にしては珍しく、優柔不断な物言いだった。しばらく伏目がちだったが、なにやら覚悟を決めたのか、深呼吸をして真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「…レン、まず言っておくけど、私は魔法が使えない落ちこぼれなの…」
「そうなのか?でも魔法が使えないだけで落ちこぼれなんて…。他にも使えない人はいるんじゃないのか?」
どうやらアリスは魔法が使えないらしい。だがこういうのは、案外才能あるやつしか使えなかったりするのではないだろうか。しかし、アリスはまだ真剣な眼差しでこちらをジッと見ている。
「違うのレン。この世界では魔法は誰もが使える、というのが一般常識なの」
そういうアリスの目には涙が溜まって、潤んでいる。
「待ってくれ!俺を助けた時にアイツ、ホーンボアを真っ二つにしたのは、魔法だろ?!」
そうだ、あの時の芸当は、日本基準だと男性でもできないはずだ。ならば魔法であるはずなのだ。彼女の涙の理由がわからず、さっきお代わりしてきたハーブティーを飲み干して、己を落ち着かせる。
「…あの時のは、体内の魔力を放出しただけで、この世界では魔法とは言わないの…。」
「ストップストップ!待ってくれ!つまり、アリスは魔法とは言わないけど、ホーンボアを簡単に倒せるって事だよな?!凄い、めっちゃ凄いよ!カッコよすぎる!!」
常識のズレがあるのだろうが、俺からすればあれは十分魔法だ。しかもかなりの威力だろう、これで心が躍らない男がいるだろうか。否!いない!ふとアリスを見ると涙目をパチパチしながらキョトンとしている。それはそうだ、真剣に話していたら、勝手にテンションが上がっている男がいるのだ。
「…っふ、ふふふ――」
笑ったせいで、堪えていた涙がポロンと落ち、それを拭いながらアリスは笑っている。
「私の無属性の魔力放出を、こんな手放しで絶賛してくれたのは、レンが初めてよ。ありがとう。」
よかった。テンションが上がりすぎて、アリスの真剣な雰囲気のこと少し忘れていたのだ。申し訳ないが、終わりよければなんとやらだ。それにアリスの雰囲気も柔らかくなったと思う。
「だって、凄いだろ?俺は森の中で死ぬ覚悟をしたやつを一撃だ。それに――」
そう、一撃で両断したのだ。
「この世界で、なぜ落ちこぼれなのか分からないけど、俺のいた世界基準じゃあれは魔法だよ。」
「うっ、うぅ…うえぇぇん!」
先ほどの柔らかくなった雰囲気から一転、アリスはポロポロと涙を流したかと思いきや、声を上げて泣き始めてしまった。
「ちょ!ちょっと待ってくれ!何で泣くんだ!?」
突然の号泣に、慌てて立ち上がったはいいが、正直どうしたらいいかわからない。なにかアリスの地雷を踏んだのだろうか、あたふたしている今も、ポロポロと泣いている。
「アリス、俺なにかデリカシーのない事しちゃったのかも!ゴメン!」
「……の。」
か細い声でアリスが言う。
「…違うの。褒めてくれて、魔法だって言ってくれて、嬉しくって…。レンは悪くないよ。ありがとう」
少し落ち着いてきたのだろう。鼻をスピスピしているが、もう涙を溢すことはなさそうだ。
「ごめんね?もう落ち着いたから。うん。大丈夫!」
ハーブティーをゴクっと飲み、気持ちの整理をしたみたいだった。
「もう少し休憩してもいいだぞ?」
「ありがとう、でも本当に大丈夫なの。初めてこんなに泣いちゃった…!」
どうやら本当に大丈夫らしい。切り替えが上手だと思う。どうぞ座って、とこちらを促してきた。
「アリスがそう言うなら…。でも話は戻るけど、本当にカッコいいと思たんだからな」
「ふふ。ありがとう。そういえばレンの世界で魔法はおとぎ話での存在だったのよね?」
「あぁ、魔法は存在しないな」
そういうと、アリスは顎に手を当てて、ふむふむといった仕草をしている。目元がまだ赤いのでなんだかシュールな光景になっている。
「レン、そもそも魔法ってわかる?」
かなり無理難題がとんできた。おとぎ話の世界の理屈が分かるわけがない。
「いや、本当にわからん…ごめん」
「謝らなくていいの、えっと、じゃあ基礎から教えるね?――」
「魔法はね?魔力を原初言語にのせて世界に干渉することを指してるの」
「…原初言語?」
「そう、原初言語、たとえば、『縺昴』」
アリスが凛とした声で、そう唱える。
「レン、これが原初言語。どこかで聞いたことない?」
頭をかしげながら、イタズラっぽい笑顔で問うてくる。アリスとの会話では聞いた事がない。となるとアリス以外との会話だ。流通都市……。
「そうか、屋台のおっちゃん?!」
「そう、正解!これはね『火よ』という、簡単な原初言語なの」
パチパチと手を鳴らしながら、褒めてくる。なるほど、聞き取れなかったのは、原初言語っていう、また別の言語なのか。
「じゃあ、アリスが使っていたのも原初言語だろ?それは魔法じゃないのか?」
そうだ、魔力を言葉にのせて干渉すれば、それは魔法のはずだ。
「レン、いい質問だね。じゃあコレ見てて?」
アリスは人差し指を少し高くし、こちらに目で合図をしてきた。なにかするつもりらしい。俺はそれを注意深く見つめる
「……ッ!!」
アリスの指先に何かある。そう感じるのだ。それは丸になったり、四角になったりと形を変えている。
「アリス…これは?形が色々変わってる…見えないけど、感じる…」
アリスは少しだけ目を見開きこちらを見る。
「これはね、魔力だよ。形まで感じるなんて凄いね――」
「それでね、これはホーンボアに使ったやつと同じなんだけど、なにか疑問に思う事はない?」
案の定イタズラ顔だ。しかし形はあの時と違うし、大きさも違うと思う。何が違うのだろう。悩んでいる間にもアリスは魔力の形を変え続けている。先ほどの簡単な形から一転して、円柱、星型など、色々なバリエーションだ。無言で次々に変えている。…無言?
「わかった。原初言語を唱えてない!」
「そう!またまた正解!ということはね?残念ながらこれは魔法じゃないの」
先ほどの涙があったばかりで、少し怖かったが、アリスはもう気にしていない様で、事実を淡々と並べた。
「でも、あの時は詠唱してなかった?」
「あの時は『魔刃よ』って詠唱したんだけどね――」
そういって人差し指の魔力を、薄い薄い円の形に変えた。たしかにこの鋭さ、薄さならば両断できるだろう。
「これは魔力を放出しただけで、詠唱はイメージや形を即座に構築するトリガーとして、使っているだけなの」
「…つまり、アリスはアレを詠唱無しで使うこともできる、ということだよね?」
「ん?そうだよ?でも無詠唱だと練り上げるのに時間がかかるし、そもそも魔力放出って、結構魔力消費も激しいけどね。なにか気になる事あった?」
…これはすごい事ではないだろうか。本人は魔法ではないと言っているが、そんな事より、無詠唱でイメージ通りに形を変えて、射出できるのだ。魔力の消費…は分からないが、使い方によっては魔法よりヤバいのではないだろうか。
「あ、ごめん。つまりだよ?アリスのは本来は詠唱する必要がなくて、放出だけだから、魔法じゃないって事だよね?」
「うん、残念ながらね…」
先ほどまでではないが、シュン…とさせてしまった。俺としてはかなり、ポジティブな再確認だったのだが、流れが良くない。ここは話題を変えるべきだな。
「俺も魔法とか、魔力の射出してみたいなぁ」
話題を変えるべきと言いつつ、願望をいってみた。出来るのだろうか、アリスを期待の眼差しで見る。
「もちろんできるよ!形も感じてたし、魔力の感知はバッチリ!さっそく外で練習してみる?」
アリスは立ち上がりながらそう提案してきた。もう行く気満々じゃないか。ありがたい事だが、目元の腫れが、少し気になる。
「…休憩してからでも大丈夫だぞ?」
アリスはその一言と目線で察したのだろう、目元を触って確認した。
「あ、結構腫れてるね。でも大丈夫だよ!それよりレンの初めての練習に付き合いたいのっ」
「嬉しいこと言ってくれるね。…じゃあ行こうか。」
そういって立ち上がり、一足先にドアに向かった瞬間――
「そんなに気にしてくれてるなら、抱きしめてくれても良かったのにな…」
――…ボソッとかすかに、背後から聞こえたような気がした。
「……え?」
「ふぇっ?!何にもいいいいってないよ!独り言!ははは早く行こっ!!」
なんだこれ。アリスの顔は真っ赤だし、俺の心臓はバクバクしてうるさい。それに顔が燃える様に熱い。日本では介護が忙しすぎて、こういう経験は少ないのだ。そう、自分に言い聞かせて外へ急ぐ。




