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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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桜とたまごサンド 後編

 

「ここに座るが良い」


 ユズリハが、ハッとした。


 そのあまりに破格の命令に、朔だけでなく、その場にいたタケヒコや臣下たちまでもが驚きを隠せない。


 女王の隣に、たとえいっときとはいえ、一介の臣下、しかも出自不明の料理人が座るなど、前代未聞のことだった。


 だが卑弥呼の声は、有無を言わせぬ響きを持っていた。


 朔はおずおずと、女王の隣の座布団に、静かに腰を下ろした。

 柔らかな絹の感触が、尻を通して伝わってくる。


 すぐ隣に座る卑弥呼からは、高貴な香油と、彼女自身の清らかな香りが、ふわりと漂ってきた。


「……見事であろう?」


 卑弥呼が、桜を手で指し、囁くように言った。

 その声は、玉座で聞くものとは違う、柔らかく、親密な響きを持っていた。


「はい、とても」


 朔は、正直な感想を述べた。


 シェフとして多忙に生きていた頃は、花見などしたくともできなかった。

 思い起こせば学生の頃が最後だ。


 その時も、桜というより、先輩たちのための酒の準備で走り回っていた記憶しかない。


(こんなに綺麗なものなんだな……)


 目の前には、薄紅色の雲海が広がり、風が吹くたびに、光の粒子のような花びらが舞い散る。

 それは、この世のものとは思えぬほどの、儚く、そして力強い美しさだった。


「………」


 ユズリハは、湧き上がってくる感情をどうにも抑えられず、仲良く座る二人から目を逸らした。




 しばらくの間、二人はただ黙って、その景色に見入っていた。


 時折、卑弥呼が珍しい鳥の名を朔に教えたり、朔が桜の花びらが風に舞う様を、雪に例えたりしながら、穏やかな時間が流れていく。


 臣下たちは、遠巻きにその異様な組み合わせを見守っていた。


 やがて、陽が中天に差し掛かり、空気が暖かくなってきた頃。

 卑弥呼は、ふう、と一つ息をつくと、悪戯っぽい笑みを浮かべて、朔の方を向いた。


「サクよ。これほどの景色を前にすると、腹も空くものだな」


 彼女は、まるで待ちきれない子供のように目を輝かせた。


「さあ、昼餉ひるげの時間だ。そなたが用意したという、『風変わりなもの』とやらを見せてみよ」


「はい」


 朔は立ち上がると、供の者が運んできた竹籠へと手を伸ばした。


「少々準備の時間をもらいます」


 言いながら、朔は今朝焼き上げ、切り分けたパンを取り出す。

 そして、その白いパンの間に、準備した具材を丁寧に挟んでいった。


「こちら、『たまごサンドイッチ』になります」


 朔は、それを卑弥呼に手渡した。

 そしてその食べ方が分かるよう、両手で持って、そのままかぶりつくのだと、身振り手振りで示した。


 卑弥呼は、好奇心に満ちた目でそれを受け取った。

 まず、彼女はその白い物体パンに指で触れて、驚愕する。


「…… こ、これは何だ……? 」


 その不思議な感触に、彼女は思わず声を上げた。


 目にした周囲の臣下たちも、ざわめいている。


「パンと言いまして」


「食べられるのか?」


「もちろんです。がぶりとどうぞ」


 朔がいつものように微笑む。


「………」


 こんなにも軽く、柔らかく、指で押すとふわりと押し返してくるような食べ物は、初めてだった。


 卑弥呼は意を決して、作法も何もかも忘れ、その奇妙な食べ物に、小さくかぶりついた。


 瞬間、彼女の目が、これまでにないほど大きく、驚愕に見開かれた。


 なんだ、これは……!?


 まず、歯が触れた瞬間の、信じられないほどの、柔らかさ。

 まるで、春霞を噛んでいるかのような、ふわりとした、優しい食感。


 噛む必要がないほどに、口の中で溶けていく。


 そして、その白い雲の間から溢れ出してくる、黄金色の『何か』。


 口の中に広がるのは、潰された卵の、濃厚で優しい甘みと塩味、それを包み込む、まろやかな酸味とコク。


 ふわふわとした食感と、クリーミーなソース(弥生マヨネーズ)が、柔らかいパンと一体となって、舌の上でとろけていく。


 後味に残る、『からし』のぴりっとした、完璧な引き締め。


「……さ、サクよ!」


 卑弥呼は、呆然とした顔で、朔を見上げた。


 口元には、黄金色のソースが僅かについている。


「……これは、何なのだ。この、雲のようなものは、穀物なのか?  そして、この、黄金色のものは……卵?  卵が、このような味と姿になるのか」


「はい、陛下」と朔は頷いた。


「パンは、実は小麦から生まれました」


「なんと」


 卑弥呼は目を瞠る。

 まさか、二級の食材と思っていた小麦から、これほどの美味なものができるなど……。


「そして、中の黄金色のものは、鶏の卵と、マヨネーズというソースを和えたもの。卵が持つおいしさを、そのまま味わってもらえる一品です」


「ま、マヨ……?」


「はい、マヨです」


 その、初めて聞く言葉の意味は分からなかったが、卑弥呼は、この未知のソースが、まったく新しい次元の美味へと昇華させていることだけは、理解できた。


「これは美味い!」


 彼女は、夢中になった。


 生まれて初めて体験する、「ふわふわ」という食感と、「クリーミー」という味わい。そのあまりに優しく、あまりに斬新な美味しさに、完全に心を奪われていた。


「先日のからしも使っているな」


「はい」


 からしも、虜になる。


 あっという間に、一つ目のサンドイッチを平らげてしまう。


 次に朔は、ベーコンと酢漬けのカブのサンドイッチをつくって手渡した。

 焼きたてのベーコンの香ばしい香りが、あたりに広がる。


「こちらは、『ベーコンサンドイッチ』になります」


 卑弥呼は、それもまた、期待に胸を膨らませながら受け取った。そして、先程よりも少しだけ大きく、かぶりついた。


 今度は、全く違う衝撃が、彼女を襲った。


 たまごサンドの雲のような柔らかさとは対照的な、パンの表面の、僅かな歯ごたえ。


 そして、その後に来る、カリカリに焼かれたベーコンの、力強い塩気と、凝縮された脂のうま味!


 燻製の香ばしい香りが、鼻腔を突き抜ける。


 合間に感じる、酢漬けのカブの爽やかな酸味が、濃厚なベーコンの味を絶妙に引き締め、後味をさっぱりとさせる。


「おお……!」


 卑弥呼は、感嘆の声を上げた。


「これもまた……!」


 早々に頬張り終えた彼女は、もう食べ終わってしまったことに僅かながら寂しさを覚える。


 そうして朔を見ると、朔は気づいたように「おかわりあります」と笑む。


 卑弥呼はたまごサンドをおかわりし、まるで宝物を味わうかのように、ゆっくりと、しかし夢中で食べ進めた。


 一口ごとに、驚き、感嘆し、そして心の底から楽しそうに笑う。


「サクよ!」


 全てを食べ終えた卑弥呼は、満ち足りた顔で、朔に向き直った。


「そなたは私に、桜以上のものを見せてくれた。最高の気分だ」


 彼女は、幸せそうに目を細めた。

 朔はただ、満足した笑顔で頭を下げる。


 一陣の風が吹き、桜の花びらが、まるで二人を祝福するかのように、あたり一面に、舞い散った。


「………」


 そんな二人を、少し離れた場所から見つめる、もう一つの影があった。


 きゅっ、と胸元の衣服を握りしめ、唇を噛む。


 彼女は主君の満ち足りた笑顔に、心からの喜びを感じながらも、胸の奥が、甘く切なく痛むのを感じずにはいられなかった。



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