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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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揚水ポンプ 後編


 卑弥呼の私室は、朔の手によって完全に改装されていた。

 陶器タイルは壁にも張り替えが進み、今は煙による床暖とともに、温水も床下や壁の一部を通っている。


 タケヒコに連れられて私室に入った卑弥呼が、目を輝かせながら白磁のタイルと変わった、つやのある壁に触れる。


「……温かい。サクよ、これは……壁の中にも火が通っておるのか?」


「陛下。先ほど説明したお湯が、この壁の中を巡っているのです。陶器は熱を優しく伝え、そして蓄えます。火傷するような熱さではなく、春の日差しのような温もりがずっと続きます」


「……まさに」


 卑弥呼はうっとりと目を細め、壁に手を沿わせたまま、タイルの感触を確かめるように数歩進んだ。


 そして、壁に設置された奇妙な突起物――シャワーヘッドとカランの前に立つ。

 

「そちらは『洗い場』にしました」

 

 朔は卑弥呼を誘導した。


「これはシャワーと言いまして。この右側の取っ手を、少しだけ回してみてください」


 卑弥呼は訝しげに眉を寄せつつ、その真鍮のハンドルに手をかけた。

 固く閉ざされたバルブを、ゆっくりと回す。


 キュッ……。


 次の瞬間。


 ――ザアアアアアッ!


 頭上の蓮口はすぐちから、湯気が立つ大量の熱湯が、優しい雨のように降り注いだ。

 しかも、それは桶から流すような断続的なものではなく、途切れることのない豊潤な流れだった。


「きゃっ!? ……つ、つめた!? いや……」


 卑弥呼は一瞬身を引こうとしたが、その湯が肌に触れた瞬間、動きを止めた。


 立ち上る湯気。

 心地よい適温。


 冷え切った身体を、瞬時に包み込む温熱の膜。

 卑弥呼は両手を差し出し、降り注ぐ湯を受け止めた。


「……暖かい……。なんと、なんと心地よい……」


 透明で、不純物のない、清浄な湯。

 それが、惜しげもなく流れ続けている。


「サク……これは、魔法か? 湯が、尽きぬぞ?」


「尽きません。外で唸っているあの黒い機械が動いている限り、天高い塔から、この温かい雨は降り続けます。……もう、冷たい桶の水を被る必要はありません」


「サクよ。まさかこの隣の陶器の器は」


 卑弥呼が指差すそこには、流線型になった白い陶器の浴槽があった。


「はい。小さいですが一人用の浴槽になります。湯をためて、好きなときに温まって下さい」


「おお! なんと! 私のこの部屋で湯に浸かれると申すか!」


 卑弥呼の目がきらきらと輝いた。

 これはさすがに嬉しかったようである。


「湯はもちろん、水も出ますので温度はいいように調節して下さい」


「……サク♡」


「気に入っていただけて光栄です。……それと陛下、もう一つ」


 朔は卑弥呼に近づき、声を潜めた。


「湯殿や宮殿の水場三箇所にも、これと同じ細工を施し、湯が使えるようにしました」


「な……なんと?」


 卑弥呼が目を見開く。


「これで湯殿でもシャワーが使えますし、侍女の方々が冷たい水で洗い物をする必要もなくなります」


 卑弥呼は髪をかき上げながら、朔を真っ直ぐに見つめた。

 その瞳には王としての威厳と、一人の女性としての深い感謝が宿っていた。


「サクよ。……そなたは私に『食』で命を与え、『水』で安らぎを与えただけでなく、居にまで春をもたらすか。……この、いつでも寄り添ってくれる温もりと、この暖かな部屋は、何物にも代えがたい宝だ」


「勿体ないお言葉です」


 朔は片膝をつき、畏まる。


「姉上……。よかった、本当によかった……。これで、この冬も風邪を召されずに済みます……」


 タケヒコがしんみりする。


「わぁ~! すごいじゃん! サク、これ私の部屋にも作ってよ! 毎日これ浴びたい!」


 アカネが湯気の中ではしゃぎ回り、シャワーの飛沫を浴びてキャッキャと笑う。

 その無邪気な声が、神聖なはずの女王の私室を、明るく家庭的な場所に変えていた。


「さっそく使ってみたいのだが良いか?」


「もちろんです」


 そうやってしばし、卑弥呼の湯浴みタイムとなる。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 湯上がりで頬を紅潮させた卑弥呼は、再びあの美しいタイルのことを口にした。


「サクよ。あの『たいる』、やはり素晴らしい。我が命ずる。あれを王宮内の全ての渡り廊下にも敷き詰めよ。土の上を歩くのは、もはや飽いた」


「なっ……!?」


 控えていたタケヒコが、悲鳴のような声を上げた。


「あ、姉上!? 正気でございますか!? あの陶板は、一枚一枚が芸術品。それを王宮全てに敷き詰めるなど、国庫が破綻します! それに、割れ物ゆえ、多くの者が歩けばすぐに砕けてしまいましょう!」


 タケヒコの必死の訴えに、卑弥呼は不満げだ。


「では、私にまたあの埃っぽい土の上を歩けと申すか? 雨が降ればぬかるみ、風が吹けば砂が舞う、あの道を」


「そ、それは……」


 そこで、朔が進み出た。


「陛下。タケヒコ様のおっしゃる通り、タイルは通路には不向きでして、代わりに、もっと適した素材があります」


「なんだ?」


「『コンクリート』という、水路に用いた石です。泥のように形を変え、乾けば巨大な岩盤のように硬くなる、つくりだされた石です。これを使えば、王宮の床を一枚の巨大な石板に変えられます」


「泥が石になると?」


「はい。材料はこの台地に溢れている『白い土(火山灰)』です。二週間ください。王宮を、永遠に朽ちない『石の城』に変えてご覧に入れます」


「おお、ぜひやってみせよ!」


 卑弥呼もタケヒコも、超乗り気だった。


 その翌日から、王宮内は灰色に染まった。


 朔は『クラフト』能力で石灰と火山灰シラス、砂利を最適な比率で配合し、ローマン・コンクリートを生成した。


 ドロドロの灰色の液体が流し込まれ、数日後にはカチカチの石床へと変わる。


 そして約束の二週間後。

 新しく生まれ変わった王宮内の通路に、卑弥呼が足を踏み入れた。


 カツ、カツ、カツ……。

 磨き上げられた灰白色かいはくしょくのコンクリートが、硬質な音を響かせる。


 卑弥呼は歩いてきた道を振り返り、満足げに頷いた。


「土も飛ばぬ。埃も立たぬ。まるで、巨石を削り出して作った神殿のようだな」


「気に入っていただけましたか」


「うむ。水は清く、湯は温かく、床は堅固なり。……これこそが、私が求めていた『国』の姿かもしれぬ」


「喜んでもらえてよかったです」


 朔の言葉に、卑弥呼は微笑んだ。


「サク、そなたが来てから、私は日々ワクワクが止まらぬ。これからも期待しているぞ……さて、喜んだところで腹が減ったな」


 卑弥呼は朔に目配せする。

 タケヒコが声を忍ばせて笑っている。


「わかりました。なにかしらのおやつをお持ちします」


「ふふ。サクはなにからなにまで便利だな。では待っているぞ」


 そう言って、卑弥呼はまるでアカネのように、弾んだ足取りで私室の壁を撫でまわるのだった。





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