第二話ーー曇りのち晴れーー19
康二は、一息ついて、缶コーヒーを飲んだ。
「僕は、もうバイクには乗らないって思ってた。兄さんを思い出すから……それに兄さんに憧れて乗り始めたバイクだから、兄さんがいなくなったら、意味が無いとも思ってた……」
「そうなんですね……」
希は呟いた。当時の康二の無力感や絶望感はどれほどの物だったのだろう……想像するだけで胸が痛くなった。
康二は続けた。
「でもね、兄さんのバイクを見てたら、まだコイツ、走りたいんじゃ無いかって思えてきたんだ。だって、オヤジさんが、いつもピカピカに磨き上げてたからさ、本当に綺麗でさ、兄さんが乗ってた時よりも綺麗だったくらいだもん」
康二は笑った。
「そんな……」
「ほんと、ほんと。それでね、コイツが言うんだ。俺はまだ走れるって、まだ走りたいって……変でしょ?」
康二は、笑いながら希に聞いた。希は、ただ黙って首を横に振った。
「俺には、そう思えたんだよね……それで、当時は、普通自動二輪免許しか持ってなかったからさ、兄さんのバイクは750だし、コイツに乗るには、大型の免許を取らないといけなくてね。教習所でも取れるんだけど、お金も無かったから、直接、試験場で受ける事にしてね。裕介さんや遥子さんに教わりながら、5回目で受かったかな。結局、教習所より安く付いた」
康二は笑った。
「で、オヤジさんに兄さんのバイクに乗りたいって言ったら、遥子さんに大反対されてね。康二クンはコウちゃんじゃない!コウちゃんを引きずる事なんてやめて!って。そりゃそうだよね。僕が兄さんのバイクに乗っている限り、嫌でも思い出すんだもん。けど、僕は、兄さんを引きずるつもりなんて無かったんだ……」
希は頷いた。
「そりゃ、多少はあったかもしれないけどね、けど、それよりも、僕がコイツと走りたいと思った方が大きかったかな。それに、コイツと一緒に、兄さんといろんな所に行けるなって思った……あれ?これじゃ、めちゃくちゃ引きずってるみたいだね。けど、そんなに悲壮感漂う様な物じゃ無かったんだよ」
「なんか、心の整理がついたのかも知れないですね……」
希が言った。康二は頷いて、答えた。
「そうかも知れないね……それで、遥子さんにちゃんと説明して、納得してもらったんだ。裕介さんとオヤジさんは、大事に乗れよって一言だけだった。もちろん初めは3人とも複雑な顔をしてたよ、けど、今は、笑ってくれてる……僕の愛車になったって認めてくれたのかも知れないね」
「きっと、そうなんだと思います……」
「うん、それで、コイツに乗るようになってから、いろんな所にツーリングに行ったなぁ。学生の頃なんて、バイトしてお金貯めて、それでツーリングに行ってた。でね、初めは兄さんと走っているつもりだったんだけど、そのうちに、いろんな所に行く事が楽しくなってきてね。もう、その頃には兄さんの為になんて気持ちも無くなってて、いろんな所に行って、その土地の美味しいものを食べたり、いろんなものを見たり、その土地の空気感っていうのかな?そういうのを肌で感じたりするのが楽しくてね。そしたら、バイクから離れられなくなっちゃった」
康二は笑った。
「僕が思うに、バイクってさ、身体剥き出しだし、二輪しか無いから安定感無くて危ないんだけど、その分、なんか大切な物に気づかせてくれる気がするんだよね。車や電車じゃ味わえない感動を教えてくれるっていうかさ……同じ場所を走ってても、季節によって感じ方が違うし、受ける風も匂いも違う。おんなじ事が一度だって無いんだよね。僕は、それが楽しいのかもしれないなぁ。もちろん辛いこともたくさんあるけど、乗ってたら忘れちゃうんだよ」
希の目から涙が溢れていた。希自身、何故涙が出てくるのかわからなっかったが、いろんな感情が溢れて来て、涙が止まらなかったのだ。
康二は、希が泣いているのを見て、大慌てで言った。
「ごめん、やっぱり重かったよね。ほんとごめん……」
希は涙を拭きながら言った。
「いえ、そんな事無いです。こちらこそごめんなさい。辛い話をさせてしまって……」
「いや、いやそんな事無いよ。僕の方こそ、希ちゃんに聞いてもらって良かった……こんな事、誰にも話した事なかったから……」
希は涙を拭いながら聞いた。
「そうなんですか?」
「うん。こんな重い話、誰も聞きたく無いよ」
そう言って、康二は笑った。
「だけどさ……」
「だけど?」
「不思議なんだけど、希ちゃんには話しても良いかなって思えたんだ。希ちゃんには話せるって思った」
康二は照れながら言った。
「なんか、希ちゃんには不思議な魅力があるのかもしれないね。じゃないと遥子さんも兄さんの話なんてしないと思うよ」
「だったら、嬉しいです。皆さんの仲間になれたみたいで……」
希は照れながら言った。
「うん、心配しなくても、きっと皆、もうそう思ってる。少なくともオヤジさんに怒鳴られても、また来るくらい根性があると思ってるかな」
康二は、笑った。
「ひどいですよ〜本当に怖かったんですからね。そうそう、遥子さん、康二さんが初めてあのお店に来た時の事を話してくれましたよ。写真も見せてもらいました。ヤンチャそうで可愛かった」
希は、逆襲とばかりに意地悪な笑みを浮かべて言った。
「マジかよ……あの人は、余計な事を……」
二人は笑い合った。
いつの間にか、美しい夕焼けが辺りを包み始めていた。
「綺麗……」
希は思わず呟いた。
川面に、夕焼けの色が反射して、キラキラと輝いている。
「こんなに綺麗な夕焼けが見れるんですね」
「うん、ここから見る夕焼け、結構好きなんだ。希ちゃんに見せる事ができて良かった」
康二は、ちょっと柄にも無い事を言った事に気がついて、顔が赤くなった。希に気づかれていないかと、そっと希の顔を見たが、夕焼けが希の顔に反射していたので、康二には、希の表情がわからなかった。しかし、希の美しい横顔から目が離せなくなっていた。
きっと、僕は誰かにこの話を聞いてもらいたかったのかもしれない……それが希ちゃんで良かった……ありがとう……
今年の更新はこれで最後です。拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。
次回の更新は、年明け1月2日になります。
皆様、良いお年を!




