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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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85/122

寿綾乃という女 第3部 85

結局、気の乗らないまま、ずるずると、五井記念病院にやって来た…


 正直、長谷川センセイに、会いたいのだが、その一方で、会いたくないような…


 そんな矛盾した気持ちで、やって来た(苦笑)…


 思えば、32年生きてきて、こんな気持ちになったのは、初めてかも、知れなかった…


 まるで、初恋に似ている…


 ふと、そう、気付いた…


 好きな男ができた…


 学校に行けば、会える…


 が、


 会いたいのだが、一方で、会いたくない気持ちもある…


 好きなのに、なぜ、会いたくないのか?


 それは、恥ずかしいから…


 私が、その男を好きだと、その男に気付かれるのが、恥ずかしいから…


 そういうことだ…


 実に、矛盾しているが、これは、ありがちなこと…


 とりわけ、思春期にありがちなことだからだ…


 思春期の男女は、とりわけ、恥ずかしがる…


 それは、二十代、三十代の男女の比ではない…


 だから、恥ずかしい…


 相手が、どう思っているのか、わからないのに、自分だけが、一方的に、好きなのは、恥ずかしい…


 そういうことだ…


 そして、それが、若さなのだと、思う…


 なぜなら、私は、今さら、そんなことを、恥ずかしがる年齢でも、なんでもない…


 おそらく、同じ状況になっても、それほど、恥ずかしく感じない…


 だから、ずうずうしくなったというか…


 歳をとって、オバサンになったと、自分でも、思う(苦笑)…


 さすがに、男のひとを前にして、裸になるのは、恥ずかしいが、それでも、十代や二十代前半のときの恥ずかしさは、ない(爆笑)…


 つまり羞恥心がなくなったとまでは、言わないが、だいぶ薄らいだとでも、言うべきか?


 私は、そんなことを、思った…


 そして、そんなことを、思っていると、実は、今、長谷川センセイに会おうとする、今の行動…


 これこそが、羞恥心が、薄らいできたというか…


 オバサンになった証拠では、ないかと、気付いた…


 とてもではないが、十代や二十代では、できない…


 そんな大それたことは、できない…


 大胆というか…


 十代、二十代当時の私から、見れば、ありえない行動だからだ…


 天下に知られた五井家の内紛に、自分が、首を突っ込むなど、ありえない行動だからだ…


 だから、自分の行動に驚いた…


 自分自身で、自分の行動に驚いた…


 そして、一方で、そんなものかも、しれないとも、思った…


 自分も、若いときには、学校で、男でも、女でも、誰か、特定の好きな相手がいて、それを、周囲の者が、皆、知っている…


 それを、見て、笑っていたり、陰で、冷やかしていたりする者が、いたが、今は、それも懐かしい…


 歳をとり、ずうずうしくなって、今では、そんなことは、できないからだ…


 だから、羨ましい…


 ある意味、それができた当時が、羨ましい…


 当時の若さが、羨ましい…


 そう、思った…


 そして、そう思いながら、五井記念病院のロビーで、初診の受付を済ませ、外科の部屋に入った…


 長谷川センセイに会うために入った…


 待合室で、少し待って、会った長谷川センセイは、いつもと、変わらなかった…


 「…お久しぶりです…寿さん…」


 長谷川センセイが、言う…


 「…こちらこそ、ご無沙汰しています…」


 私は、丁寧に腰を折って、長谷川センセイに挨拶した…


 「…どうぞ、お座り下さい…」


 「…ハイ…失礼します…」


 私は、答えて、長谷川センセイの目の前の椅子に座った…


 「…どうですか、調子は…」


 「…だいぶ、良くなりました…」


 「…そうですか…それは、良かった…」


 長谷川センセイは、言う…


 が、


 これは、あくまで、以前、ジュン君にクルマではねられた後遺症のこと…


 癌のことではない…


 長谷川センセイは、あくまで、交通事故の後遺症の話をしているのであって、私も、その話をしている…


 そういうことだ…


 そして、長谷川センセイと、そんな話をしながら、わざと、


 「…アレ、今日は、長井さんが、いないのですか?…」


 と、言った…


 事実、いなかった…


 この診察室にいなかった…


 「…ええ、今日は、彼女は…」


 「…お休みですか?…」


 「…ええ、まあ…」


 曖昧に返事をした…


 私は、やはりと、思った…


 マミさんの言う、五井長井家…


 あの長井さんは、五井長井家の人間に間違いない…


 私と会うために、この五井記念病院にやって来た…


 この五井記念病院で、叔父の長谷川センセイの元で、看護師をして、私が来るのを、待っていた…


 そういうことだろうと、思った…


 そして、前回、私と会ったことで、その目的を果たした…


 だから、今日は、いないのだろうと、思った…


 あるいは、違うのかも、しれない…


 そうでは、ないのかも、しれない…


 が、


 どうしても、そう思ってしまった…


 どうしても、マミさんの言葉が、頭にあるからだ…


 だから、そう、思ってしまった…


 そういうことだ…


 が、


 私が、そう思っていると、長谷川センセイが、


 「…いまどきの子ですからね…」


 と、いきなり、言った…


 苦笑しながら、言った…


 …いまどきの子?…


 …一体、どういう意味なんだろ?…


 私は、思った…


 私は、考えた…


 「…センセイ…それは、どういう…」


 「…思った仕事と、違うというか…看護師という仕事が、思ったより、激務で、疲れちゃったというか…」


 長谷川センセイが、苦笑する…


 「…それで、お休みを?…」


 私は、聞いた…


 「…そういうことです…」


 長谷川センセイが、我が意を得たりと、頷いた…


 私は、驚いた…


 正直、驚いた…


 意外な展開だった…


 予想外の展開だった…


 まさに、思ってもみない展開だった…


 だから、どうして、いいか、わからなかった…


 これから、長井さんのことを、皮切りに、五井長井家のことを、この長谷川センセイに、聞こうと、思っていた…


 それが、あっけなく、出鼻をくじかれたというか…


 その話が、できなくなったと、思った…


 うまく、その話を切り出すことが、できなくなったと、思った…


 …どうしよう?…


 …どう話すべきか?…


 心の中で、悩んだ…


 心の中で、葛藤した…


 すると、だ…


 長谷川センセイが、


 「…なにしろ、お嬢様ですからね…」


 と、苦笑しながら、切り出した…


 「…看護師という仕事を、甘く見たのかも、しれません…いや、看護師という仕事だけじゃない…なんでも、そう…なんでも、軽く見てしまう…簡単にできると、考えてしまう…」


 長谷川センセイが、苦笑しながら、続ける…


 「…彼女を見ていると、純粋で、性格もいいんですが、それが、いいことか、悪いことか、よくわからなくなってしまう…」


 「…どういう意味ですか?…」


 「…苦労知らずというか…あまりにも、世間知らずだから、物事を軽く考えすぎるというか…悩まない…だから、今回の件も…」


 そう、言って、苦笑した…


 「…もっとも、それは、若い頃の自分も同じかも、しれない…なにしろ、叔父と姪ですから…でも、ボクは、彼女ほど、裕福では、なかったから、違うかな…」


 と、苦笑しながら、続ける…


 私は、驚いたが、内心しめしめと、思った…


 話が、うまく、自分の思う通りに、転がったというか…


 自分の希望する展開になったと、喜んだ…


 だから、


 「…センセイ…彼女…長井さんって、そんなに、お嬢様なんですか?…」


 と、聞いた…


 わざと、聞いた…


 すると、


 「…ええ…お嬢様ですよ…」


 と、あっさりと、長谷川センセイが、肯定した…


 「…寿さんは、ご存じでしょうか?…」


 「…なにをですか?…」


 「…五井一族…」


 「…五井一族が、どうかしたんですか?…」


 「…五井は、十三家…世間では、五井十三家と呼ばれている…」


 「…」


 「…五井は、本家を筆頭に、東西南北の4家…つまり、五井東家、五井西家、五井南家、五井北家…これが、メイン…それ以外に8家あり、その中の一つ、五井長井家のお嬢様です…」


 「…エッ?…」


 私は、驚いたフリをして、見せた…


 ホントは、事前に、マミさんから、聞いて知っていたのだが、わざと、驚いたフリをして、見せた…


 その方が、私にとって、都合がいいからだ…


 だから、驚いたフリをして、見せた…


 が、


 長谷川センセイは、冷静だった…


 おそらく、私の態度が、芝居がかった、おおげさな態度に、見えたのかも、しれない…


 「…寿さんも、ご存じだったでしょ?…」


 と、笑いながら、長谷川センセイは、私に聞いた…


 が、


 目は、笑ってなかった…


 少しも、笑ってなかった…


 そして、長谷川センセイのその目を見て、わざと、私に、長井さんの正体を明かしたな?


 と、思った…


 わざと、自分から、長井さんの正体を明かして、私の反応を見ようとした!…


 それに、気付いた…


 長谷川センセイの目的に、気付いた…


 だから、それに、気付くと、


 …どうしよう?…


 と、思った…


 知っているフリをするか?


 はたまた、


 知らないフリをするか?


 悩んだ…


 悩み抜いた…


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