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寿綾乃という女 第3部  作者: トモサン


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73/122

寿綾乃という女 第3部 73

結局、そんな諸々のことが、わかると、途端に居心地が悪くなってきたというか…


 目の前の伸明には、すまないが、一刻も早く、この場から、立ち去りたくなった…


 伸明に対する愛情も薄れたとまでは、言わないが、伸明に対する、私の気持ちに変化が、現れたのは、確か…


 確かだった…


 それは、どんな変化か?


 これは、自分で、言うのも恥ずかしいが、これまでは、もしかしたら、私は、伸明と結婚できるかも、しれない…


 明らかに、身分が天と地ほども身分が違うにも、かかわらず、そんな夢を持っていた…


 それは、大げさに、言えば、宝くじで、一億円が当たるような夢だが、それでも、心のどこかで、


 …もしかしたら?…


 と、気持ちがあった…


 それが、事実…


 偽りのない事実だった…


 が、


 それが、今、夢だと、わかった…


 私が、心の片隅で抱いた、小さな夢に過ぎないと、わかった…


 すると、どうだ?


 自分で、自分に笑ってしまうが、途端に、伸明のことなど、どうでも、よくなってきた…


 所詮は、結婚できない…


 結婚なんて、ありえない相手だと、気付いたのだ…


 そう、思えると、伸明のことなど、どうでも、よくなってきた…


 所詮は、身分違いの恋…


 身分違いの相手だ…


 私が、どう背伸びしても、届かない相手…


 そう、考えれば、興味も失せる…


 若い、中学生や高校生が、手の届かないアイドルに夢中になるのと、同じ…


 若いから、決して、手の届かないアイドルに夢中になるが、私のように、32歳にも、なれば、手の届かないアイドルに夢中になって、追っかけをしたり、グッズを買ったりする、バカバカしさに、気付く…


 それと、同じだ…


 要するに、いつまでも、夢見る少女では、いられないということだ…


 と、


 そこまで、考えて、自分という人間は、いかに、自分勝手か?


 と、思った…


 手に入るかも、しれないと、思っていたときは、夢中になり、真逆に、手に入らないと、わかると、途端に、手のひらを返して、冷たくなる…


 まるで、子供だ…


 ベクトルは、変換したが、絶対値は、変わらなかった…


 つまりは、同じ強さで、真逆にブレる…


 これまでは、好き…


 そして、これからは、好きじゃない…


 これを、例えば、数値に置き換えれば、80や90が、好きとすると、今度は、真逆に、マイナス80やマイナス90になるとでも、いうべきか?


 つまり、同じぐらいの気持ちで、伸明に興味を失ったとでも、いうべきか?


 私は、思った…


 そして、そんな私の気持ちが、表情に現れたのだろう…


 目の前の伸明の態度も、また、変わった…


 どう変わったと言えば、難しいが、必要以上に、私に接しなくなったとでも、いえば、いいのだろうか?


 これまでは、


 「…寿さん…大丈夫ですか?…」


 とか、


 「…寿さん…カラダに気をつけて下さい…」


 と、頻繁に声をかけてきたが、違ってきた…


 声をかけてこなくなった…


 これは、思い過ごし?


 私の思い過ごしかもしれない…


 が、


 なんだか、私と伸明の間に、急に冷たい空気が、流れ出したというべきか…


 途端に、よそよそしくなった気がした…


 これは、私でも、伸明でも、同じ…


 同じだった…


 これまでとは、一転して、他人に近くなったといえば、言い過ぎだが、どこか、距離を感じた…


 私は、伸明に…


 伸明は、私に…


 距離を感じた…


 これは、私の思い過ごしでは、決してない…


 互いに、どこか、よそよそしくなったのだ…


 だから、口を利かなくなった…


 私も伸明に…


 伸明も私に…


 口を利かなくなった…


 だから、いたたまれなくなった…


 互いに、この場にいるのが、苦痛になった…


 そして、気が付くと、


 「…帰ります…」


 と、言っていた…


 私の口から、出ていた…


 が、


 当然のことながら、それを、伸明は、止めることは、なかった…


 だから、私も、


 「…では、失礼します…」


 と、軽く、伸明に頭を下げて、病室を出た…


 また、病室を出るときには、不思議と体調が、回復していたというか…


 この病室を出るのに、たいして、体力を必要としなかった…


 これが、仮に、伸明に、


 「…では、失礼します…」


 と、言って、この病室を出ようとして、そこで、カラダが、満足に動かず、その場に倒れでもしたら、目も当てらない…


 それでは、ギャグ…


 まるで、お笑いだ…


 だから、それに、気付くと、


 …カラダが、動けてよかった…


 と、心の底から、安心した…


 そして、私が、この諏訪野伸明のいる病室から出ようとすると、出入り口にいた、見るからに、屈強なボディーガードの男二人が、まだ、立っていた…


 私は、彼らに、


 「…帰ります…お仕事、ご苦労様です…」


 と、軽く頭を下げて、二人の前を歩いた…


 そして、当たり前だが、彼らは、私には、なにも、しなかった…


 ただ、私が、彼らに頭を下げたから、彼らもまた、反射的に、頭を下げた…


 それだけだった…


 私は、足早に歩いた…


 一刻も早く、自宅に帰りたい…


 思うのは、それだけだった…


 正直、伸明のことは、どうでもいい…


 ナオキのことも、心配だが、今は、ナオキには、悪いが、それどころではない…


 一刻も早く、家に帰って休みたかった…


 そして、そんなことを、言えば、ついさっきまで、本来伸明の寝るベッドに、寝ていたではないか?


 と、突っ込みが入るかも、しれない…


 が、


 自宅と、伸明のいた病室では、違う…


 なにが、違うかと、問われれば、安心感が、違う…


 やはり、自宅は、病院と違って、安心できる…


 それは、私のように、病気持ちの女が、言うのは、おかしいのかも、しれない…


 なぜなら、私のように、病気持ちの身では、病院の方が安心できるからだ…


 いつ、自分が、倒れても、病院にいれば、医師が、すぐに、対応できるからだ…


 が、


 しかしながら、仮に私が、余命いくばくもない身だとしたら、どうだろう?…


 最後は、自宅で、死にたいと、願うかも、しれない…


 私には、家族も、なにもない…


 たった一人の身内である、母は、すでにない…


 あるのは、疑似家族…


 疑似の夫のナオキと、疑似の息子のジュン君だ…


 だから、ホントは、彼ら二人に、見守られて、死にたい…


 それが、私の本望…


 本望だ…


 だから、今もそれと、同じ…


 同じだ…


 いくら、焦ったところで、病気が、どうにかなるものではない…


 だから、それを、思えば、自宅で、死にたい…


 自分が、もっとも、心安らぐ場所で、死にたい…


 そう、思った…


 そして、そんなことを、考えながら、五井記念病院を出て、家路に向かった…


 

 家に着くと、私は、まず、着替えようとした…


 必死になって、歩いてきたからか、体中汗ばんだ気がした…


 実に、自分が、汗臭く感じた…


 それが、嫌だったのだ…


 これは、当たり前…


 なんといっても、私は、病気持ち…


 癌持ちの身だ…


 いくら、体調の良いときでも、普通の人より、体調が、悪いのが、当たり前…


 そんな人間が、遠く離れた病院に通うだけでも、大騒動…


 だから、普通のひとよりも、大量に汗をかく…


 当たり前のことだった…


 だから、着替えようと思ったが、着替えるとなると、今度は、お風呂に入りたくなった…


 ホントは、軽くシャワーを浴びるだけでも、良かったが、やはり、きちんと、浴槽に浸かりたい…


 そう、思った…


 我ながら、我がままというか…


 ドンドン、希望が、増える(笑)…


 案外、私は、欲張りな女?…


 常に、自分を主張する女?…


 そう、気付いた…


 なにしろ、次々と自分の希望が増える…


 そして、そんな女は、会社でも、学校でも、家庭でも、常に、自分の主張を次々と、言い、それを、通そうとするものだからだ…


 いわゆる、我がまま女…


 もしかしたら、自分も、そう…


 同じだと、気付いた…


 会社や、学校で、嫌われる女の典型だと、気付いた…


 これは、マズい!


 と、思った…


 自分では、気付かなかったが、もしかしたら、自分は、他人に嫌われる人間の典型を持ち合わせているのかも、しれない…


 ただ、これまでは、それを、抑えていただけ…


 生まれた家庭は、母子家庭…


 決して、裕福ではない…


 だから、もしかしたら、本来わがまま放題の性格だったものを、無意識に抑えていたのかも、しれない…


 家が、貧乏なのに、我がままは、できないからだ…


 そして、それが、いつのまにか、ナオキの事実上の妻として、成功し、生活の質も、向上した…


 が、


 生来の貧乏性のせいか、我がままには、なれなかった…


 と、そこまでは、よかったが、癌にかかり、己を抑えられなくなった…


 これまで、無意識に自分にブレーキをかけていたのが、歯止めがきかなくなった…


 そう、思った…


 自分でも、それまで、気付かなかった自分の我がままさが、出てきている…


 そう、気付いた…


 これは、マズい!


 実に、マズい!


 これでは、誰にも、嫌われる…


 それは、困る…


 困るのだ…


 なぜ、困るのか?


 それは、私が、病人だから…


 病人は、誰かに、面倒を見て、もらわなければ、ならない…


 一人では、なにもできないからだ…


 だから、誰かに、助けてもらわなければ、ならない…


 例えば、病院に入院すれば、医師や看護師に助けてもらわなければ、ならない…


 が、


 いかに、医師や看護師とて、人間…


 当たり前だが、好き嫌いはある…


 仕事だから、患者の面倒は、見るが、やはり好きになれない人間を、積極的に、面倒を見る気には、なれない…


 必要最小限の面倒を見るだけだろう…


 そう、思った…


 が、


 それでは、患者が困る…


 できれば、医師にでも、看護師にでも、できる限り、面倒を見て、もらいたいと、思うのが、人情だ…


 それが、患者の願いだ…


 が、


 当たり前だが、嫌われていては、無理…


 できない…


 私は、なぜか、今、お風呂に入ろうか、どうしようか、悩んでいたのが、いつのまにか、いかにひとに愛されるのかについて、考えていた…


 これは、自分でも、意味不明…


 なぜ、こんな展開になってきたのか?


 理解に苦しんだ…


 が、


 これも、病のせいだと、思えば、納得する…


 病のせいで、頭がおかしくなったと、思えば、納得する…


 そういうことだった(笑)…


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