寿綾乃という女 第3部 49
まったく、呆れる…
このユリコという女に、心底呆れる…
まさか、元の夫が逮捕されて、心配しているのかと、思えば、心配しているのは、自分の金だとは、思わなかった…
そして、それが、わかると、バカバカしくなった…
このユリコと今、スマホで、話しているのが、バカバカしくなった…
…なんで、私が、こんな女と話していなければ、ならないんだ?…
と、思った…
ぶっちゃけ、そう、思った…
「…だからね…寿さん…」
と、ユリコが、スマホの向こう側から、言ってきたが、もはや、私は、ユリコの言うことを、聞いてなかった…
ユリコの言うことは、耳には、入ったが、聞いてなかった…
が、
さすがに、それを、口にするのは、大人げない…
だから、
「…すいません…ユリコさん…」
と、私は言った…
「…なに、寿さん?…」
「…今日は、少し体調が…」
と、だけ、言った…
あえて、
…体調が悪い…
と、までは、言わなかった…
すると、ユリコが、
「…」
と、絶句した…
おそらく、私の意図がわかったに違いない…
ユリコは、切れる…
そのユリコが、このタイミングで、私が、体調を持ち出す意図に、気付かないわけは、ないからだ…
「…そう…そうよね…」
と、ユリコは、スマホの向こう側から、言ってきた…
おそらく、私の意図が伝わり、自分の心の底が、私に見抜かれたと、思ったに違いない…
「…寿さん…体調が悪いんだった…」
と、言い、
「…だったら、これで…」
と、慌てて、電話を切ろうとした…
私は、社交辞令で、
「…また、なにか、あったら、ご連絡下さい…」
と、言うと、
「…わかった…」
と、言って、すぐに、電話が切れた…
私は、それで、いかにも、ユリコらしいと、思った…
自分に用事があれば、電話をかけ、自分が、ぞんざいに扱われたと、わかると、すぐに、不機嫌になって、電話を切る…
まるで、子供だが、それが、ユリコだった…
それこそが、ユリコだった…
ある意味、期待通り…
私が、ユリコを疎ましく思って、わざと、体調のことを、告げると、その意図を察して、すぐに、電話を切る…
まさに、想定内…
私の想定内のユリコの行動だった…
だから、それを、思うと、思わず、笑えてきた…
ユリコのことが、笑えて来た…
と、思っていた…
そのときは、そう思っていた…
が、
しかし、そうでは、ないことに、その日の夕方に、ふと、気付いた…
ふと、思い出した…
なにを、思い出したかと、いえば、FK興産の株…
ユリコの持つ株だ…
ユリコは、すでに、株を持ってない…
すでに、売却した…
以前、ユリコの持ち株を三千億円で、売却した…
そして、五井関連の株を買って、大損した…
たしか、ユリコの手元には、百億円しか、残らなかったはずだ…
それを、すっかり、忘れていた…
だから、あのとき…
私が、ユリコに、
「…そういえば、ユリコさんは、FK興産の株を持ってますよね?…」
と、わざと、言うと、ユリコは、絶句したのだと、気付いた…
絶句して、すぐには、答えなかったと、気付いた…
きっと、私の思い違いに、驚いたのだ…
だから、答えなかった…
そういうことだ…
そして、私の思い違いに、気付いても、それを指摘することはなかった…
おそらくは、私の病気を考えたのだろう…
たぶん、癌だから、記憶が、曖昧になっていると、気付いたのだろう…
私は、ユリコと話しているときに、そんな自分の思い違いに、まったく、気付かなかった…
自分の間違いに、気付くことがなかった…
すでに、売却したユリコが、持つ、FK興産の株を、まだ、ユリコが、持っていると、思って話を続けていた…
ユリコは、すぐに、私の間違いに、気付いたにも、関わらず、きっと、私に話を合わせたのだろう…
それは、おそらく、私に遠慮したのではない…
私に、遠慮=同情したのではない…
むしろ、私の誤りに、内心、爆笑したに違いない…
私の間違いを、内心、あざ笑ったに、違いない…
いや、
そうだ…
そうに、決まっている…
なにしろ、ユリコだ…
私の天敵だ…
私が大嫌いな女だ…
当然、あの女も、私が、大嫌い…
だから、あざ笑ったに、決まっている…
絶対、そう、決まっている…
それに、気付くと、はらわたが煮え繰り返った…
自分でも、驚くほど、頭に来た…
同時に、自分で、自分が許せなかった…
あんな間違いをした自分が許せなかった…
が、
それと、同時に、あらためて、自分の体調を、考えた…
自分の体調に、思いを寄せた…
このカラダ…
癌持ちのカラダで、果たして、あのユリコに対抗できるのか?
真剣に考えた…
真剣に、自分に問うた…
わずか、半年前のことすら、忘れていた自分だ…
そんな女が、あのユリコに対抗できるのか?
真剣になって、考え込んだ…
いや、
ユリコだけではない…
もしかしたら、伸明も…
諏訪野伸明も、敵かも、しれない…
伸明=五井家だからだ…
もしかしたら、伸明は、ナオキから、FK興産を取り上げようとしているからかもしれないからだ…
だから、敵…
伸明と、ナオキが、争えば、私は、ナオキにつく…
ナオキの側につく…
これは、これまで、考えたことのない展開だったが、もし、伸明とナオキが争えば、私は、迷わず、ナオキの側につく…
なぜなら、ナオキは、私の身内だからだ…
この寿綾乃=矢代綾子の身内だからだ…
事実上の私の夫だったから、ナオキにつく…
ナオキの側につく…
これは、間違いのない事実…
事実だ…
今回の件で、私は、今さらながら、ナオキが好きだと、気付いた…
もちろん、伸明にも、憧れる…
が、
しかしながら、ナオキは、身内だった…
私の中では、ナオキは、親や兄弟姉妹のようなものだった…
だから、変な話、血肉を分けた肉親と恋人のどっちを取れ?
と、迫られれば、肉親のナオキを取る…
そういうことだ…
そして、それを、考えれば、これは、恋ではないな?
と、気付いた…
恋は、盲目…
なにも、見えず、周囲の意見も聞かず、闇雲に突っ走るもの…
が、
それが、できないのは、恋じゃない…
そう、思った…
が、
一方で、それは、中高生の恋だとも、思った…
少なくとも、三十路を過ぎた女の恋じゃないと、思った…
なにも、見えず、周囲の意見も聞かずに、突っ走ってしまっては、先が、どうなるか、わからない…
仮に、男に騙されていても、わからない…
男のいいなりだからだ…
だから、恋は、盲目とも、言える…
だから、恋とも、言える…
が、
そんな恋は、無理…
私には、できない…
どうしても、相手の能力、ルックス等を、見て、総合的に判断してしまう…
だから、無理…
だから、できない…
恋においても、すぐに、能力やルックスを念頭に置いて、考えるのは、やはり、打算的?
だから、私は、打算的な女?
そうも、思える…
が、
それは、ただ性格…
私の生まれながらの性格とも、考えられる…
私は、性格上、なにも、考えず、ひとを好きになることは、できない…
どうしても、能力や性格、ルックス等、気にしてしまう…
そして、それを、思えば、なおユリコは、どうだったんだろ?
と、気付いた…
ユリコは、イケメン好き…
が、
ユリコは、切れる…
切れる=頭がいい…
そんなユリコが、相手の能力が、わからないわけはない…
きっと、ユリコは、ルックス重視で、相手の能力に目をつぶったに、違いない…
そうだ…
そうに、決まっている…
いや、
そうとも、限らない…
一流大卒のユリコの周りには、バカはいない…
だから、その中で、ルックスの良い男を選んだに決まっている…
つい、頭の良いユリコと、平凡な頭を持つ、私を同じに、考えてしまった…
つい、自分とユリコを同等に考えてしまった…
これは、マズい…
やはり、私は、癌の影響で、頭まで、おかしくなったのか?
考えた…
考えざるを得なかった…
が、
考えていても、仕方がない…
なるように、なれだ…
私は、思った…
思わざるを得なかった…




