寿綾乃という女 第3部 30
それとも、これは、思い過ごし?…
単なる私の妄想に過ぎない?…
わからない…
答えは、わからない…
が、
しかし、ユリコが、もし、私が、思っている通り、小心者ならば、十分可能性がある…
あのとき、逃げ出した可能性がある…
それは、今まで、気付かなかった…
まったく、気付かなかった可能性だった…
そして、その可能性に、気付くと、私は、ホッとした…
ホッと、胸を撫で下ろした…
もしかしたら、私は、あのユリコを、とんでもなく、大きく見過ぎた可能性があることに、気付いたからだ…
もしかしたら、等身大のユリコを見ていなかった可能性に気付いたからだ…
これは、誰もが、同じ…
例えば、日本中、誰もが知る、大きな会社に入社すれば、部長や取締役など、お偉いさんは、物凄く、優秀に見える…
自分では、とても、その地位に上がることは、できないからだ…
が、
長年、接すると、相手の能力が、見えてくる…
自分でも、勝てる分野が、あることが、見えてくる…
そういうことだ…
もちろん、その分野というのは、仕事だとか、そういうことではない…
例えば、ありがちなのは、スポーツとか、ちょっとした世間の話題とか…
簡単なことが、案外、できないことも、あることが、わかってくる…
誰でも、スーパーマンではないのだから、当たり前のことだ…
東大を出ていれば、なんでも、知っているわけではないし、なんでも、できるわけでもない…
それと、同じだ…
ただ、世間では、大抵が、身近に、東大を出た者が、いないだけ…
だから、わからない…
だから、実物以上に、大きく見える…
あるいは、
実物以上に、優れていると、勝手に考える…
そういうことだ…
身近に知っていれば、決して、そうは、考えない…
頭は、当然、いいと、思っているが、それ以外の面を知っているからだ…
いわば、等身大の日常の姿を知っているからだ…
だから、そうは、考えない…
だから、なんでも、できるとは、考えない…
できないことが、たくさんあることを、知っているからだ…
そして、そんなことを、考えていると、以前も、今回のようなことが、あったことを、思い出した…
それは、現五井家当主の諏訪野伸明と、当主の座を争った、伸明の異父弟の秀樹のことだ…
秀樹は策士…
策士だった…
伸明が、長身のイケメンだったにも、かかわらず、秀樹は、背が低く、ルックスも平凡だった…
これは、種違い…
父親が違うからだった…
だから、ルックスが違った…
が、
それを、秀樹自身は、知らなかった…
そして、兄の伸明ではなく、自分が、五井家の当主にならんと、欲した…
が、
当主になれないことを、知ると、あっけなく、自殺した…
私は、当時、秀樹の幻影に悩まされた…
幻影というのは、等身大の秀樹ではなく、秀樹を、大きく考えすぎたからだ…
秀樹は、抜け目なく、優れていると、実父の建造から、聞いていたからだ…
だから、争ったときに、とても、勝てないと、思った…
が、
そうではなかった…
秀樹は、そんなに、優秀な人間では、なかったということだ…
それと、ユリコは、似ているのかも、しれなかった…
いや、
もしかしたら、同じかも、しれなかった…
そして、今、考えれば、五井家の先代当主の建造は、それを、見抜いていたのかも、しれなかった…
いや、
きっと、見抜いていたに違いない…
だから、自分と血が繋がった、秀樹ではなく、血が繋がっていない、伸明を、次の当主にした…
私は、当時、建造が、秀樹を自分の後継者に選ばないのは、単純に、建造が、秀樹を嫌っているかだと、考えていた…
建造に言わせれば、秀樹は、自分の嫌な部分を、持って生まれたと、言っていた…
嫌な部分というのは、おそらく、秀樹のルックスを筆頭にした、その性格だろう…
自分の能力もわきまえず、上昇志向が、異常に強い…
また、策を弄す…
それが、嫌だったのだろう…
だから、言葉を変えれば、建造にも、秀樹と同じ性格があったのだろう…
今、考えてみると、それに気付く…
私が、接した生前の建造は穏やかで、ひとのいい人物だった…
短い間しか、接してないが、嫌な部分は、なにもなかった…
が、
実際は、違ったのだろう…
私が、それに、気付かなかったのは、建造と接したのが、短い時間だったからと、いうこともあるが、おそらく、それ以上に、建造が、自分の嫌な部分を他人に見せないように、努力していたに違いない…
だから、気付かなかった…
たぶん、そういうことだろう…
おそらく、建造と、長年接してきた人間ならば、それも、わかっているに、違いない…
そして、それを、わかっているのは、建造の妻だった昭子…
そして、昭子の一卵性双生児の妹の和子…
現当主、伸明の叔母の五井の女帝、和子だった…
だから、彼女たちに、聞けば、等身大の建造の姿がわかるかも、しれなかった…
私が、接した建造と、別の建造の姿が、わかるかも、しれなかった…
が、
当たり前だが、そんなことは、しない…
いや、
今さら、しても、仕方がなかった…
建造は、すでに亡い…
亡くなっている…
だから、今さら、建造のことを、聞いても、仕方がなかったからだ…
そして、そんなことを、考えると、伸明が、気になった…
伸明の異母妹のマミから、聞いた話では、伸明は、どこかに身を隠したという…
マスコミの目を逃れるためだ…
だから、身を隠した…
当たり前のことだ…
伸明は、ナオキにお金を融資したが、それは、極秘裏というか…
税務署に届けない、お金だったのだろう…
だから、問題になった…
キチンと、税務署に申告していれば、こんな騒ぎには、ならなかった…
と、いうことは、ポケットマネー?
伸明の懐から、お金を出した?
ふと、その可能性に気付いた…
が、
それは、あるまいと、考え直した…
ナオキの会社、FK興産は、従業員千人…
仮に、融資を受けるのならば、通常は、億単位…
例えば、10億、20億という億単位の金額だろう…
いかに、五井家当主といえども、自分のポケットマネーから、ポンと、気前よく、それだけの大金をナオキに貸すだろうか?
否、
普通は、会社から、金を引き出して、貸すだろう…
だから、言葉は、悪いが、会社を使えば、公私の混同となりかねない…
だから、その告発を、伸明は、恐れたのだろう…
だから、身を隠した…
それが、真相だろう…
そして、今、伸明が、どこにいるか?
それが、問題だ…
おそらくは、どこかのホテルか?
あるいは、
知人の家ではないか?
そう、思った…
その可能性の高いのでは?
そう、考えた…
なぜなら、私なら、そうするからだ…
私、寿綾乃が、今の伸明の立場ならば、そうするからだ…
これは、誰もが、同じ…
同じだ…
伸明の立場で、身を隠すならば、大抵は、親しい知人か、どこかのホテルに身を隠す…
当たり前だ…
そして、もし、これが、政治家ならば、これに、病院が、加わる(笑)…
親しい医者に、頼んで、体調が悪化したとか、なんとか、言って、病院に入院する…
そうすれば、警察は、ともかく、マスコミは、手が出せないからだ…
取材が、できないからだ…
だから、病院に入院する…
ズルい手段だが、マスコミの目を避けるには、最も、有効な手段でもある…
そう、思った…
そう、思ったのだ…
それから、数日が、過ぎた…
相変わらず、世間では、藤原ナオキの話題が、かまびすしかった…
当たり前だが、世間に、それほど、話題は、ない…
だから、藤原ナオキの逮捕は、マスコミの恰好の話題だった…
なにしろ、ナオキは、従業員千人の会社の創業社長…
会社のオーナーだ…
おまけに、週一回、テレビで、コメンテーターを務めていて、それなりに、世間に知られている…
そんな藤原ナオキが、逮捕されたのだから、世間の注目は、否が応でも、集まる…
それゆえ、マスコミは、そのチャンスを逃さなかった…
当たり前だった…
だから、この先も、いつまでかは、わからないが、当面は、この状態が続くだろう…
藤原ナオキの話題が、続くだろう…
が、
そのうちに、下火になる…
話題が、続かないからだ…
不正な融資の件だけでは、話題が、尽きる…
そういうことだ…
そして、それまでは、藤原ナオキの件は、当面、今のまま…
続くだろう…
誰もが、わかっていることだ…
そして、これも、誰もが、わかっていることだが、五井の件には、少しも触れなかった…
藤原ナオキに融資した、諏訪野伸明については、少しも触れなかった…
おそらくは、五井に遠慮しているのだろう…
五井グループは、マスコミを含め、この日本のありとあらゆる業界に存在する…
だから、触れることが、できない…
絶対的なタブー…
タブー=禁忌の存在…
触れては、いけない存在だからだ…
だから、思っていても、取材することが、できない…
裁判ではないが、融資を受けた方が、逮捕されたならば、融資をした方も、取材するのが、筋なのに、それを、しない…
あるいは、それが、できない…
まさに、大人の事情というやつだ(笑)…
私は、それを、考え、実にバカバカしいと思ったが、私を含め、誰もが、そんな世界に住んでいる…
別に、日本だけが、例外でも、なんでもないだろう…
忖度の世界…
誰もが、同じことをしても、相手によって、対応が違う…
そういうことだ…
会社に行けば、同じ40歳でも、課長と平社員では、対応が、異なる…
それと、同じだ…
あるいは、美人と、平凡なルックスの女では、男の、対応が、異なる…
それと、同じだ…
つまりは、人間は、平等ではないと、いうことだ(笑)…
私は、思った…
そして、そんなことを、考えながら、私は、再び、五井記念病院に、向かった…
定期検査のためだ…
滅茶苦茶、カラダの調子が、悪いと、いうほどでも、決してないが、良くはない…
まあ、これが、私、寿綾乃のいつもの姿…
平常運転の姿と、いうことだ(笑)…
そして、私が、いつもの通り、五井記念病院に行くと、ロビーで、ふと、どこかで、見た男と、すれ違った…
相手の男は、気付かなかったかも、しれないが、私は、すぐに、気付いた…
すらりとした長身のイケメン…
それは、諏訪野伸明だった…
失踪して、世間から、身を隠した伸明だった…




