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06この度、我が息子ライナルトが貴女に多大な不快感を与えたこと、心よりお詫び申し上げます。ついてはこの婚約は即刻破棄させていただきます

「貴様……!フルマラがお前を心配して、どれほど心を砕いていたか知っているのか!彼女はお前の荒んだ心を癒すために、どれほど尽くしてくれたか!」


「荒んだ心、ですか。貴方様は他人の心を魔石で操るのが、癒しだとお考えで?ん?」


 ライナルトは絶句した。彼の顔から、みるみる血の気が引いていく。


「な……何を言っているんだ。魔石など……変なことを言うな」


「とぼけるのはおやめください。貴方の日記にははっきりと書かれていましたよ。フルマラから渡された魔石を使い、精神を正しい方向へ導こうとした、と」


 表情の変化を見逃さなかった。面白いように動揺している。魔石の存在と意図を知っていることに、驚いているのが見えた。

 部屋の扉が開き、フルマラが飛び込んできた。


 なぜ、一人も礼儀をまず、しない?

 彼女の顔は蒼白で、瞳は恐怖に揺れている。


「お姉様!ライナルト様!どうなさったのですか!?新聞記事なんて、一体っ」


 言いながら、隣に立つライナルトの腕に縋りつく。いつものことか。驚いたことに彼は手を振り払った。


「触るなっ。フルマラ!お前、まさか……本当に、違う用途の魔石を私に渡したのか!?エンリアスの心を癒すためだと、そう言っていたではないか!」


 ライナルトの言葉にフルマラの顔から全ての表情が消え失せた。姉の顔を見て、恐怖に歪んだ瞳で睨みつけてくる。

 おー、こわ。


「お姉様……貴女、どこまで知っているのですか!」


 声は震えていた。いつもの可憐な笑顔はそこにはなく代わりに、憎悪と恐怖が入り混じった醜い表情が浮かび上がっていた。


「全てだ、フルマラ。お前が私を陥れるために行ったことの全てを、ね」


 冷たく言い放った。瞬間、フルマラは飛びかかろうとしたがライナルトがそれを制した。


「お姉様!!許さない!」


「やめろ、フルマラ!くっ」


 ライナルトは、フルマラの肩を掴み、部屋の外へと引きずり出した。彼らの争う声が遠ざかっていく。一人残された部屋で静かに息を吐いた。

 望み通り、婚約は破棄されるだろう。フルマラとライナルトの関係も公になる。目的は果たされたのだ。この状況に奇妙な満足感を覚えていた。


 王都日報の記事は瞬く間に社交界の話題を独占。グロース公爵家とビュシリーズ侯爵家。二つの名門が醜聞の中心となったことに、人々は興奮。貴族たちは動揺。


 日報が発行された日。侯爵家の居間で父と母、憔悴しきった様子のフルマラとライナルトに囲まれていた。

 彼らの顔は怒り、絶望、裏切りで歪んでいる。


「エンリアス!お前、これはいったいどういうことだ!」


 父である侯爵は顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。彼の震える手には当然のように王都日報が握られている。母もまた、泣き崩れるフルマラを抱きしめながらこちらへ非難するような視線を送っていた。


「記事の通りです。何の落ち度もありません。真実が公になったまで」


 冷淡な返答に侯爵はさらに激昂。


「馬鹿なことを言うな!スキャンダルによって、侯爵家は地に落ちる!お前は我らの顔に泥を塗ったのだぞ!」


「泥を塗ったのは私ではありません。娘である私を精神的に操作しようとした者たち、それに加担した者たちでしょう。違いませんか?」


 視線をフルマラとライナルトに向けた。フルマラは目を逸らし、深くライナルトの胸に顔を埋めた。まだやるか。


 一方、ライナルトは睨みつけながらも動揺した様子だ。彼の顔には記事の内容が真実であることを認めたような、複雑な表情が浮かぶ。


 その時、グロース公爵夫妻が居間に現れた。彼らの顔には激しい怒りが浮かんでいる。


「ライナルト!お前という奴は、一体何をしているのだ!ビュシリーズ侯爵令嬢とそのような醜い関係にあったとは!公爵家の名誉をどれほど傷つけたか、分かっているのか!?答えろ!」


 グロース公爵の怒声が響き渡り、ライナルトは肩を震わせた。公爵は強く非難した後、こちらへ目を向けた。


「エンリアス・ビュシリーズ侯爵令嬢。この度、我が息子ライナルトが貴女に多大な不快感を与えたこと、心よりお詫び申し上げます。ついては、この婚約は即刻破棄させていただきます」


 内心で小さく微笑んだ。目的はようやく果たされたから。


「異議はありません」


 きっぱりと答えた。侯爵夫妻は驚き、フルマラは顔を上げて凝視してくる。


「ですが、スキャンダルについては、我が公爵家としても黙って見過ごすことはできません。この度の一件はビュシリーズ侯爵令嬢の不適切な言動により引き起こされたものとして、公に発表させていただきます」


 グロース公爵の言葉に顔色一つ変えなかった。彼らは自分の名誉を守るために、スケープゴートにするつもりなのだろう。だが、それは予想の範囲内。


「ご随意に」


 返答にグロース公爵は眉をひそめた。あまりに冷静な態度が意図を挫いたらしい。


「フルマラ・ビュシリーズ令嬢。貴女にも責任の一端があることは否定できません。よって貴女は当面の間、実家に謹慎することとします。公の場への出席は一切禁じる」


 グロース公爵はフルマラに告げた。相手の方が上だし、連なる一族なのでこうして命令できる。


「えっ」


 フルマラは絶望に打ちひしがれたように小さく呻く。


「そ、そんなっ」


 望みは、ライナルトと結ばれることだったはず。


「ひ、ひどいわ。こんなの」


 今回の件で、全てを失った元婚約者はフルマラを庇おうと口を開きかけたが、公爵の鋭い視線に阻まれる。やがて、何も言えずに俯く。情けない。


 その日のうちに婚約破棄の報と、今回のスキャンダルに関する侯爵家と公爵家の声明が改めて新聞に掲載され、一方的に令嬢側が不適切な言動をしたため、婚約が破棄されたと記されていた。


 でも、なにもかも意味がないと知っている。一度拡散された真実は完全には消せないし案の定、すでに市民の間では魔石を使った精神操作の話がまことしやかに囁かれており。

 フルマラとライナルトへの疑惑の目は向けられ続けた。


 グロース公爵家とビュシリーズ侯爵家の名声は大きく傷つけられ、婚約破棄後、生活は一変した。

 自分は侯爵邸の隅にある部屋に閉じこもることはなくなり、積極的に外出するし。騎士団の訓練にも、以前にも増して熱心に参加して。周囲の視線は依然として冷たいが関係ない。評価などどうでも良い。


 ライナルトは公爵家の指示で謹慎処分となり、表舞台から姿を消し。フルマラもまた、侯爵邸の一室に閉じ込められて外界との接触を禁じられたらしい。

 泣き声が時折、侯爵邸に響き渡るのを聞いたが全く少しも揺らがなかった。同情なんてない。


 数週間後、騎士団長補佐から呼び出しを受けた。


「エンリアス。お前は確かに騎士として優秀だ。今回の騒動で、お前の評判はさらに地に落ちた。このまま騎士団に留まることは難しい。すまない」


 騎士団長補佐の言葉に覚悟していた。予想通りの展開だ。


「承知しております」


「だが、お前の能力を惜しむ者がいる。国にはお前のような規格外の力を持つ者が必要なのだ」


 騎士団長補佐は言うと一枚の書状を差し出した。そこには辺境警備隊への転属、と書かれている。

 辺境警備隊。王都から遠く離れた危険な魔物の生息地で、常に最前線に立ち、国を守る部隊。


 危険な任務が多い代わりに貴族のしがらみや、社交界の人間関係とは無縁の場所。その書状を手に取り、静かに笑みを浮かべた。


「これは……私にとって、願ってもないことですね。とてもとても」


 騎士団長補佐は驚いた顔をした。彼はこの転属を左遷だと捉え、不満を漏らすとでも思っていたのだろうな。


「辺境ではお前のことをを咎める者もいないだろう。自由に剣を振るい、魔法を唱えるが良い。だが、生きて帰ってこい。お前のような人材はそうはいない。わかったか」


 騎士団長補佐は肩をポンと叩く。その言葉には今まで彼から聞くことのなかった、僅かな温かさが含まれているように感じられた。

 頷いて、感謝を言う。侯爵邸に戻り、転属の件を両親に告げた。侯爵はこれで厄介払いできるとでも思ったのか、安堵の表情を浮かべる。


 母もまた、困り果てた顔で見つめるばかり。どうしようもない人種の人間だなと、首を振る。

 フルマラは部屋の前に立ちはだかり、目に涙を浮かべて睨みつけてきた。


「お姉様!私を置いて、どこへ行くというのですか!?」


「関係ないでしょ。私は妹が仕組んだ茶番劇から解放されるだけだなんだから」


「嘘よ!お姉様は憎んでいるから行くのね!私を侯爵邸に残して!」


 彼女は泣きながら縋ろうとした。だが、彼女の手を振り払い冷たい視線を向ける。


「お前が与えた苦痛は想像するよりも深い。だが、もう終わり。自身の行いの結果を受け入れろ。泣くだけで済むのは、もう無理だ」


 背を向け、荷物をまとめた。何の迷いもない。


 翌朝。馬車に乗って侯爵邸を後にした。後ろには見送る者もいない。だが、これまで感じたことのないほどの解放感に満たされていたから、構わない。


 愛されないことを知っていた。だからこそ、嫌われることを恐れず道化を演じ続けられたが、道の先に本当に自由が待っていたとは。


 窓から見える景色は王都の華やかさから、徐々に緑豊かな田園風景へと変わっていく。新しい生活が始まることに微かな期待を抱く。

 辺境。自身を受け入れてくれる場所かもしれない。遠ざかる侯爵邸を振り返ることなく、新しい旅路へと向かう。

 二度と決めつけられないために。

最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。男口調は意識して書きました

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