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03お前のためにここまで心を砕いているというのになぜ素直に受け取ることができないのだ!その態度はいつ直るんだ

 手からカップを受け取ると、前に仁王立ちになった。


「見ろ、エンリアス!フルマラがお前のためにここまで心を砕いているというのに、お前は!なぜ素直に受け取ることができないのだ!その態度はいつ直るんだ!」


 鋭い刃物のようだ。胸を突き刺し、心の奥底を抉る。それでも感情を表に出さない。


「不要な世話を焼かれただけです。私に構わず、自分の訓練に励んでください」


「ふざけるな!お前がその調子だから、周囲の者たちも、お前をどう扱っていいのか分からないのだ!少しはフルマラの爪の垢でも煎じて飲め!」


 フルマラの肩を抱き寄せ、慰めるように背を優しく撫でた。腕の中で小さく震え、顔をうずめて泣く光景を見ながら心はどこまでも冷え切っていく。

 自分は普通とはかけ離れた存在だから、愛されることも理解されることもない。


「全く、茶番だな」


 思わず呟いた。


「は、何だと!?」


 ライナルトの声が怒りで震える。フルマラも顔を上げて睨む。瞳には涙とは裏腹の鋭い光。見逃さない。


「もう良い。時間の無駄」


 踵を返し、場を去ろうとした背中にライナルトの怒鳴り声が突き刺さる。


「エンリアス!勝手な真似ばかりしていると、いつか痛い目に遭うぞ!」


 振り返らず、訓練場を後にした。彼の言葉はこれっぽっちも届かない。スカスカだから。


 その日の午後、王都にある古びた魔道具店にいた。埃っぽい店内に所狭しと並べられた魔道具。得体のしれない魔法薬の材料が怪しげな光を放っている。


「おお、エンリアス様ではないですか。珍しいですね、まさかお越しいただけるとは」


 店主は初老の男で、片目を魔法の道具でできた義眼に変えている変わり者。知識は確かで誰にも言えないような奇妙な依頼をしても、決して口外しない。


「一つ、調べてもらいたいものがある」


 懐から小さな布袋を取り出した。中には薄い灰色に濁った魔石が一つ入っている。昨日、部屋の中から見つけたもの。


「これは……?」


 店主は魔石を手に取ると義眼を光らせながらじっと見つめ、顔をしかめた。


「これは、少々厄介な代物ですな。下級魔物のものにしては、随分と負の魔力を強く帯びている。しかも、どこか意図的な気配を感じる」


「意図的?」


「ええ。まるで、誰かがこの魔石に特定の魔力を込めたかのようです。精神を不安定にさせるような、悪意に満ちたものに思える」


 店主の言葉に眉間に皺が寄った。下級魔物の魔石に誰かが悪意のある魔力を込める?

 一体、何の目的で?


「この魔石は何に使われる可能性がある?」


「そうですね……使い方によっては人の精神を操ったり、特定の感情を増幅させたりすることも可能でしょう。あるいは、対象の行動を操る呪具としても使えなくはない」


 魔石を返される。冷たい魔石を握りしめた。精神を不安定にさせる魔力。特定の感情を増幅させる。

 脳裏に先日、ライナルトが激昂した時の顔が浮かんだ。呆れ、失望しているが、あそこまで感情を露わにすることは珍しい。


 フルマラの涙の裏に見えたあの鋭い目。まさか。一つの可能性に思い至った。至ってしまう。

 この魔石が、誰かの悪意によって、向けられたものではないかと。

 誰が?

 何のために?

 店主に礼を言い、店を出た。

 王都の喧騒がひどく耳障りに感じられる。推測が正しければ周囲から嫌われ、冷遇されるのは単に性格のせいだけではないのかもしれない。


 魔石の力を利用しようとしている者がいる、という可能性に戦慄。背後にいるのは……。

 侯爵邸に戻ると夕食の準備が進められていた。食堂からは楽しげな声が聞こえてくる。


「ライナルト様、それは本当に素晴らしいお話です」


 鈴のような笑い声。朗らかな声。食堂の扉の前で立ち止まった。

 扉の隙間から漏れる光が影を長く伸ばす。魔石をどうすべきか、考えあぐねていた。


 このまま、何事もなかったかのように振る舞うべきか。それとも、魔石の力を利用して真相を暴くべきかと。殆ど、気持ちは後者を選ぼうとしていた。

 握りしめた魔石をじっと見つめる。


 薄い灰色の魔石が手のひらで、かすかに脈動しているように感じた。与えられるのは破滅か、それとも。不敵な笑みを浮かべた。


 部屋は侯爵邸の北棟の隅に位置し、他の部屋とは距離があった。人付き合いを好まないという理由もあれば、侯爵夫人があまり近くに置きたがらなかったという事実もある。だが、それが今は好都合。


 誰にも邪魔されずに思索を巡らせることができるから。例の魔石を握りしめ、自分の推測を再確認した。

 魔石は精神を不安定にさせる負の魔力を帯びている。意図的にそれを込めた。


 それが、こちらへ向けられたものではなく、ライナルトやあるいは、他の誰かに影響を与えるためのものだとしたら。

 愚妹フルマラの瞳の奥に見えた、冷たい眼光。これまでずっと自分をひねくれた性格だから、と割り切ってきた。


 しかし、もし、周囲で起きている不運や過度な敵意、フルマラの異常なまでの健気さがすべてこの、魔石の仕業だとしたら。

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