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01お前という奴は……本当に、どうしてこうも困らせるのだ?と言って婚約者はため息を吐いたが吐き返してやりたい

「エンリアス、お前という奴は……本当に、どうしてこうも困らせるのだ?」


 深々と溜息を吐いたのはこの国の第一騎士団団長補佐にして、婚約者であるライナルト・グロース公爵令息。顔には隠しようもない疲労。呆れが滲み出ている。

 見目麗しい顔が歪む度、心の中で静かに舌打ち。こちらのセリフだが呆れた顔をされると苛つく。


「困らせる、とは?ただ、己の仕事に忠実であったまでですが」


 ライナルトの眉間の皺がさらに深くなる。

 背後には今日も今日とて、悪評を囁きにきたのであろう使用人たちが、怯えたように好奇に満ちた瞳で、こちらを見つめていた。


 ああ、本当に鬱陶しい。彼らの視線は生ぬるい泥水のようにへばりつく。

 エンリアスは生まれながらにして侯爵家の長女でありながら、灰被りのような扱いを受けている。理由は簡単。


 妹、つまりはライナルトが溺愛する義妹のフルマラがこの世の春を謳歌するがごとく愛らしく、だから。


「仕事?お前が今回引き起こした騒動は、騎士団の評判を著しく貶めた上に、王都の治安を脅かす寸前だったと聞いているぞ!一体全体、何がどうなれば、たかが魔物の討伐でここまで大事になるのだ?」


 ライナルトの声が普段よりも一段と低い。彼の言う騒動とはつい先日のこと。

 王都の郊外で突如として出現した下級魔物の群れを討伐する際、騎士団の正規ルートではなく危険な近道を選んだ。

 結果として魔物の群れを王都に引き寄せてしまった。


 もちろん、最終的には一人で全てを殲滅したが。過程で市民に、不要な恐怖を与えたことは事実。


「ですが、迅速な対応で被害は最小限に抑えられました。それにあのルートこそが最短であり、魔物の増殖速度を鑑みればそれが最善の策であったと愚考します」


「愚考だと?お前はいつもそうだ、エンリアス!自分の行動を正当化することばかり考えて、周囲に与える影響を顧みない!そのせいでフルマラがどれほど心を痛めているか、知っているのか!?」


 出た、フルマラ。彼の口からその名が出る度、心臓の裏側が冷たく軋む。全ての過ちは最終的にフルマラを悲しませるという一点に、集約される。


 フルマラ・ビュシリーズ。たった一人の妹。血の繋がった身内。

 透き通るような白い肌に、金の髪、吸い込まれるような水色の瞳。可憐で儚げで、誰にでも優しく、いつも少しだけ自信なさげに微笑む。


 存在そのものがライナルトの、侯爵家の心を掴んで離さない己と真逆だ。


 漆黒の髪に深い緑の瞳、口を開けば辛辣な言葉しか出てこない。感情を表に出すことも苦手、常に眉間に皺を寄せているせいで周囲からは冷血、無愛想、女として魅力がないと散々好き勝手に言われてきた。


「心を痛めている、と。それはまた一体どのような経緯で?」


「決まっているだろう!お前が危険な目に遭う度、フルマラはどれほど心配していることか!魔物討伐の報を聞けばその身を案じて夜も眠れないと」


 呆れた。


「心配など無用でしょう。今まで一度たりとも任務に失敗したことはありませんし。生傷一つ負ったことなどありませんから」


 事実を述べただけなのにライナルトはさらに顔をしかめる瞳には、言葉を理解しようとしない、あるいは理解したくないという明確な拒絶の色が、見て取れた。


「そういう問題ではない!お前の無鉄砲な行動が周囲にどれほどの迷惑をかけるか、少しは考えろ!フルマラがどれだけお前を慕い、心配しているかお前には分からんのか!?」


「慕う、ですか。可憐な妹が冷血な姉を、と。それはまた愉快な冗談ですねぇ?」


 皮肉めいた言葉に男の顔が怒りで紅潮。


「エンリアス!お前は本当に!もう良い。お前との話はいつもこうだ。全く進まないではないか!」


 言い放つと踵を返し、足早に去っていった背中は厄介者という存在から逃げ出したいと叫んでいるようだ。後ろ姿を見送りながら静かに息を吐いた。

 周囲の使用人たちの好奇の視線が向けられていることに気づき、彼らを一瞥する視線に彼らは蜘蛛の子を散らすように散っていく。


 静かにその場に立ち尽くしていた。婚約者ライナルトと、義妹フルマラ、エンリアス。

 三人の関係は絡み合った茨。


 侯爵家は過去、有力貴族の一角を占めていたものの先代の浪費癖と度重なる投資の失敗により、財政は傾くも。救いの手を差し伸べたのが新興ながらも、莫大な富と権力を持つグロース公爵家。


 政略結婚、それがこの婚約の全て。ライナルトと婚約する前から、侯爵家に逗留していたフルマラはライナルトの心をあっという間に射止めた。

 正確にはライナルトがフルマラに一目惚れした、と言うべきだろうな。


 愚妹は侯爵家の遠縁にあたる貴族の庶子、幼い頃に両親を亡くし身寄りがなかった彼女を侯爵夫人である母が憐れんで引き取ったのだ。

 その頃からフルマラは、常に姉と追いかけるようにして育つが、妹という存在が必要なかったので一人でいることを好んでいる。


 無邪気な追従を煩わしく感じ、剣術の訓練をしているとフルマラは心配そうに「お姉様、危ないわ」と声をかけてきた。

 魔法の勉強に没頭していると「お姉様、無理しないで」と甘えた声で囁く。


 邪魔だ、普通に邪魔。全ての行動が偽善にしか映らなかった。

 ついでにライナルトが現れ初めて彼が侯爵家を訪れた日、フルマラは庭で転んで膝を擦りむき、その場にうずくまって泣いていた。


 迷わず彼女に駆け寄り、小さな傷を優しく手当てし涙で濡れた瞳で彼を見上げる姿は、絵に描いたような悲劇のヒロインそのものだっただろう。


 その瞬間から、フルマラの虜に。婚約が発表されてからも、彼はフルマラへの惜しみない愛情を隠そうとしなかった。

 堂々とフルマラを抱きしめ、頭を撫で、甘い言葉を囁く光景を見るたび、心には鉛のような重さがのしかかる。


 気持ち悪いと何度も思った。ライナルトはこちらをを愛していない、疎ましく思っている。それでもグロース公爵家の嫡男として、ビュシリーズ侯爵家との繋がりを捨てられなかったのだろうか。

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