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夜闇に浮かぶ影

 

 劇場からの帰り道、余韻に浸りながらぼーっとしていると、御者の声かけと共に急に馬車が止まって現実に引き戻された。


「おい、どうした?」


 リングロッドさんが連絡窓から御者に口早に問いかける。


「それが、乱闘騒ぎがあったようで……」

「乱闘騒ぎ?」


 リングロッドさんはカラ・ハドさんに目配せすると「様子を伺ってきます」と灯りを片手に馬車を降りていった。


「聖女様?」


 たしなめようとしてくるカラ・ハドさんを尻目に扉に身を寄せて耳を澄ませていると、外から揉めるような話し声が聞こえてくる。

 だけど生憎となんと言っているかまではわからない。暫くそのまま待ってみるが、リングロッドさんはなかなか戻ってこなかった。

 彼が簡単にやられるとは思っていないが、それでも姿が見えないことに不安になる。


「聖女様? 流石にいけません」


 制止してくるカラ・ハドさんの手を振り切って扉を開けて顔を覗かせると、こちらに背を向けたリングロッドさんと向かい合っている人たちの間に、傷だらけで倒れ込んでいる人影が見えた。

 その姿に目を瞠る。草臥れた服に褐色の肌、随分と薄汚れているねずみ色の頭髪。

 ――あれはもしかして、かつて飛ばされた裏路地で私を拾ったローヴァルとかいうイケメンではないか? もし彼がそうだとしたら、確か謎の空気砲みたいな超常現象を操っていなかったか?

 なんでその彼があんなにボコボコになって倒れているんだろう。


「聖女様、絶対にダメですよ」


 馬車を降りようとしたらカラ・ハドさんに止められた。


「さすがにコレは許されません。お願いだから大人しくしていてくださいね」


 振り返ってカラ・ハドさんを見上げるも、「ダメなものはダメです」と一蹴される。


「なんでですか? ちょっと近くで見てくるだけですよ」

「聖女様がお顔を見せたら、それこそ収拾がつかなくなってしまいますよ」


 カラ・ハドさんは譲る様子もない。


「でもあれ、多分知り合いなんですよ」

「知り合い? どういうことですか」


 ひくりとカラ・ハドさんの頬が引き攣った。


「聖女様? 一体いつ、どこで、あんな風体の男と知り合いになったんでしょうねぇ?」

「教えるつもりはありません」


 つんとそっぽを向くと、カラ・ハドさんはますます顔を引き攣らせた。


「だけど、私を出してくれるのなら、話さないこともないかなぁ、なんて」


 カラ・ハドさんは逡巡していたようだけど、暫く経ってから大げさなため息を一つ、ついた。


「ただし! 馬車から出るだけですよ。決して近づかないでください。私もついていきますからね」


 ショールを手渡されて頭を隠すようにしっかりと被される。馬車を降りるのを助けてもらっていると、リングロッドさんはすぐに私たちに気づいた。

 ぎょっとしたように目を見開いてカラ・ハドさんを睨み上げてくる。


「カラ?」

「いや、これはですね……」


 目が据わったリングロッドさんの相手はカラ・ハドさんに任せて、すぐに倒れている人物の側に駆け寄った。


「あっ聖女様! そっちは!」


 やはり、あのローヴァルとかいうイケメンだ。

 鮮やかなエメラルドグリーンの瞳は今は瞼の下に隠れていて見えないけど、この世界で出会った数少ないイケメンのことを、私が間違えるはずもない。どうやら意識がなくなるまで暴行を受けたようだ。


「あの、なんでこんなことを?」


 七、八人ほどの男性たちに問いかけると、しかめ面のまま吐き捨てるように返してくれた。


「こいつが戒律を破って除け者通りから出てきたんだ」

「よりによって女神テルメンディルの御慈悲を無碍にした!」

「俺たちは今すぐ戻るように説得しようとしたさ」

「だが聞く耳を持たなかった」

「これだからソロルイン教ってのは……」

「とにかく俺たちは当然のことをしたまでだ。掟を破ったこいつが悪い!」


 口々に俺たちは悪くない、悪いのはこいつだと今にも殴り出しそうに喚いている男たち。


「除け者通りから出てきたことのなにが悪いんですか?」


 ごく純粋な疑問のつもりで訊いたのだが、なにか癇に障ったらしく、大声で怒鳴られてしまった。


「はぁ? あんたなに言ってんだ」

「戒律で決まってんだろ。掟だよ掟」


 だからその掟ってなに? なんで出たらダメなの?


 よっぽど尋ねてみたかったが、さっきのように怒鳴られるのが目に見えていたので、今度は口に出すのは止めておく。代わりに助けを求めるようにリングロッドさんを見上げるが、彼も渋い顔で首を振るばかりで答えてくれる様子はない。

 どうもこの聖騎士たち、大聖堂の誰か――恐らくティリオロ大司教だ――に言語統制されているらしく、私に与えられる情報はとても少ない。

 意識を失って倒れている彼を見遣る。あちこちから出血してて、結構な深手だ。このまま放っておくと危ない。

 ――それに、これはもしかしたらチャンスかもしれない。

 ティリオロ大司教との関わりがない彼なら、私の知りたいことを教えてくれるかもしれない。


「連れて帰りましょう」

「……なんですって?」

「酷い怪我を負ってます。大聖堂に連れて帰って、治療するべきです」


 なんにしても、まずは傷を治さないと。

 除け者通りで会ったときは有無を言わさず連れ去られたとはいえ、彼に私を害そうとする様子はなかった。それに大聖堂に戻れば護衛だって何人も控えている。あのときのように好き勝手に暴れられはしないだろう。


「なにを仰るんですか! 彼はソロルイン教徒ですよ!」


 カラ・ハドさんは信じられないとでも言いたげに声を荒げた。


「連れて帰ったりなどしたらティリオロ大司教になにを言われるか! あなたが慈悲深き御方だということは重々承知していますが、こればかりは譲れません。可哀想ですが彼はここに捨て置きましょう」

「違う宗教だからって、この人を見捨てるんですか?」


 街の灯りに薄っすらと照らし出されているリングロッドさんを見上げる。


「私はこの人を助けたい。されたことは忘れていませんが、だからといってこの人を見捨てる理由にはならない」


 その言葉に、リングロッドさんはハッと目を見開いた。

 ごめんね、リングロッドさん。本当はそれだけじゃないんだけど、良心に訴えかけるようなずるい言い方してしまって、ほんとごめん。

 リングロッドさんは揺れる瞳を隠すように瞼を閉じると、フーッと息を吐き出す。


「……そうですね。全ては、聖女様の御心のままに」

「リングロッドさん? 自分がなにを言ってるのかわかってるんですか?」

「お前こそわかっているのか、カラ。聖女様の御心に背くことは、女神テルメンディルの御意向に背くということだ」

「……っ!」


 カラ・ハドさんは真っ青になって黙り込んでしまった。そんな彼を一瞥すると、リングロッドさんはぽんとカラ・ハドさんの肩に手を置く。


「お前がなにを言ったところで、これは既に聖女様がお決めになられたことだ。ぐだぐだ言わずに先行して主席枢機卿に知らせておいてくれ」

「……はぁ、よりによってアルフィディル枢機卿にですか。まぁやるだけやってみますけど……どうなっても知りませんよ」

「いいからやるだけやってみてくれ」


 リングロッドさんはしゃがみ込んでいる私の側に蹲ると、安心させるように不器用な笑みを浮かべてみせた。


「だからそんな不安そうになされなくても大丈夫ですよ、聖女様。アルフィディル枢機卿にも助力を求めてみましょう。彼は敬虔なテルメディア教徒ですが、柔軟な思考も持ち合わせている。きっと力になってくれるはずです。どうかご安心を」


 思わず呻き声を上げそうになった。

 私の安易な一言が、思ったよりも大事に発展している。

 なぜみんなそんなにこの人に対して過剰反応するのか。なぜこの人を助けるだけなのに、リングロッドさんが覚悟を負うような事態になってしまっているのか。

 私はただ、隠された事実が知りたかった。ティリオロ大司教はなにも教えてくれないから、知りたいことは自分で探すしかない。

 テルメディア教の聖職者と関わりのなさそうな唯一の人物、ローヴァル。そのローヴァルから話を聞きたい、それだけなのに……。

 リングロッドさんは大丈夫なのだろうか。このままローヴァルを連れて帰ったりしたら、リングロッドさんはただでは済まない事態になったりするのだろうか。

 ……それでも、ローヴァルをここに捨て置いてはいけない。そんなことをしてしまったら、彼は恐らく、もう助からないだろう……。

 それなら、絶対に責任の矛先を彼ら護衛騎士に向けさせないようにしないといけない。ローヴァルを助けると決めたのは私なのだから。


「カラ・ハドさん、お願いがあります」

「聖女様、これ以上一体なにを……」


 もううんざりだという顔を隠しもしない彼に、縋るように告げる。


「これは私が聖女としてあなた方に命令したことであって、あなたにもリングロッドさんにも拒否権はなかった。この命令が聞けないのなら、私はこれ以上祝福しないと言っている、と」

「っ!」

「文句がありそうな人がいれば、伝えてください」


 カラ・ハドさんはそれ以上反論することを諦めたのか、ただ「女神の御子の御心のままに」と目礼すると、あっという間に走り去っていった。








 

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