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夜会での邂逅


 きらびやかな会場の片隅にいる私に、チラチラと視線が投げ掛けられる。誰もが私と話したそうに見てくるけど、敢えてその視線に気づかないふりだ。

 早く帰って休みたい。ドレスを脱いで深呼吸したい。

 ただそればかり考えている。








 式典の後、立ち尽くす私を護衛の騎士たちがどうにかこうにか客室まで連れてくると、サネリとモネリによる容赦のないお色直しが始まった。

 普段散々に甘やかされて弛みがちな腹部を完膚なきまでにコルセットで閉め直し、これでもかというほど広がったパニエとクリノリンを装着する。ウェディングドレスのような純白のプリンセスラインのドレスに、色とりどりの鮮やかな宝石が数多と縫い付けられていて、まるで一国のお姫様になったかのような気分。華奢なヒールの靴にもふんだんに宝石が使われており、思わず見とれてしまうような豪華な装いにテンションも上がる。


「素敵! まるでお姫様みたい」

「本日のために誂えさせた特注の一品です」

「聖女様だけが身につけることのできるご衣装です」

「こちらは麗しき女神テルメンディルが、初めてイシルヴァラの前に姿を表したときの様子をモチーフにしています」

「“女神はかの地に降り立つと純白の衣を靡かせ、その身に光を纏った、その様子はあまりにも清く無垢であったため、イシルヴァラは破壊の手を止め、しばしかの女神に目を奪われることになった”……この一節のモチーフになります」


 ……なんだか水を差されたような気分になった。いやいいんだけどさ、でも女神、女神って、そればかり言われるのもさ……。








 今度はきらびやかな正装用の騎士服に身を包んだアデハルドさんのエスコートの元、会場の大広間へと到着する。

 あちこちから視線が集まる中で、履き慣れていないドレスとヒールで階段を降りるのはちょっと怖い。……高いヒールって履き慣れてないんだよね。実は既にもう足が痛くなってきてる。

 それに過剰に締め付けられたコルセットのせいで息苦しい。コルセットってこんなに締め付けるもの? いっそ苦行と銘打ってもいいほどに空気が足りない。

 そんな状態なのに、広間へ入ったところで視線は益々集まってきた。そのうちの幾人かが明らかに話しかけたそうにこっちへと向かってくるのを見て、咄嗟に目を逸らす。


「聖女様、どうされました?」


 たじろいだ様子に目敏く気付いたのか、アデハルドさんが気遣うように顔を覗き込んできた。


「寄ってくる人だかりに、怯えていらっしゃるのでは?」


 うしろに控えていたネイミスさんもまた、心配そうな顔で声をかけてくれる。


「その、どうしたらいいのか分からなくて……」


 こういった場でどう振る舞えばいいのかわからない。

 ドレスと靴に沢山の宝石が縫い付けられているせいかかなり重くて、それも相俟ってちょっとしんどい。


「配慮が足りずに申し訳ありません。ですが聖女様は麗しき女神の御子であり、祝福をもたらしてくださる尊き御方。御心のままにお過ごし下さっていいのです。どうかお気持ちを楽に」

「……うん、そうだね」


 そうは言われても高そうな衣装に身を包んだ上流階級の人々に押し寄せられるなんて、怖いものは怖い。関わるのも気が重くてちょこちょこ寄ってくる人混みを避けるように移動してみるが、会場はどこも人だらけ。

 私の意を汲んで護衛の騎士たちもやんわりと追い払おうとしてくれているが、こっちに向かってくる人は後を絶たない。


「聖女様、是非ともお見知りいただきたく」

「失礼、あまりの美しさにお声をかけさせていただきました」


 甘い言葉を囁きながら、糸目の紳士たちがこぞって寄ってくる。


「まぁ、なんて素敵なドレスをお召しなのでしょう」

「どちらの仕立屋で作られましたの? わたくしも次はそちらを利用させていただきたいわ」


 扇で表情を隠した糸目のご婦人方も、口々に誉めそやしながらも観察するように眺めてくる。

 次々に話しかけられ、口々に自己紹介され、情報処理に頭が追い付かず、私は笑って誤魔化すことしかできなかった。


「聖女様、やっとお声をかけられました」

「どうか私とダンスを踊ってはいただけませんか」

「私とも是非踊っていただきたい」

「え、いや……」


 それでどうにかやり過ごしていたんだけど、きらびやかなジュストコールを身につけた幾人かの若い青年紳士が周りを取り囲みながらダンスを申し込んできて、流石に逃げ出せなくなる。


「あーすいません。私多分、踊れないんで……」

「またまた、そんなご謙遜を」

「聖女様のことですから、きっと踊るその姿も麗しいのでしょう」

「それに、そのお手に触れられるだけでもまたとない名誉というもの」

「それはまた、御大層な……」


 必死に断り文句を考える。

 こんな状態でダンスなんて冗談じゃない。怯んだ私にアデハルドさんが口を開こうとしたが、その前に別の美声に遮られた。


「聖女様、こちらにいらっしゃったか」


 糸目の青年たちは声をかけてきた人物に視線を遣るなり、そそくさとその場を去っていく。

 美声の持ち主――仏頂面のアルフィディル枢機卿を従えた真っ白な髪の青年は、そんな他の貴族を気にした様子もなくニコリと微笑みかけてきた。


「少しお時間をいただいても?」

「えーと、あの……」


 この人は誰なんだろうか。

 上流階級の人にしては珍しく糸目を繕うこともせず、輝く琥珀の目を真っ直ぐこっちに向けている。


「どうやら驚かせてしまったようですまない。私はフィラナ、ファラウンド教皇の縁者だ」


 白髪の青年は白くたおやかな手を差し出してきた。

 反射的にその手を握ってしまう。……だって笑顔があまりにも綺麗だったもんで、つい。


「リーン、虫除けは任せたぞ」

「かしこまりました」


 青年はエスコートするように手を添えると促すように歩きだした。それに戸惑いながら護衛騎士やアルフィディル枢機卿を伺うけど、誰もなにも言わない。


「先ほどまで表情があまり芳しくない様子だったが、大丈夫か?」

「ええ、お気遣いありがとうございます」


 ここにきて初めて、初対面の人に気遣うような発言をされた。


「こういった場は初めてかな?」

「多分そうなんじゃないかと思います」


 話し方は偉そうだが、不思議と威圧的な感じは受けない。線の細さに加えて身のこなしが優雅だし、なによりニコニコしているのがそう感じさせないのかもしれない。

 促されるままに歩いていると、彼は壁際の長椅子へと私を案内してくれた。


「こちらで少し休むといい」


 やった、助かった。足がそろそろ限界だったんだ。

 言葉に甘えて一も二もなく座り込む。


「しかし、昼間の貴女には驚かされた」


 フィラナは隣に腰かけると人懐こい笑顔を消して、輝く瞳で見つめてきた。

 どこか猫目のような大きな二重といい、緩く波打つ白髪といい、確かにファラウンド教皇との縁を感じさせる人だ。


「あれほどまでに神々しいとは思わなかった。そう、あれはまるで女神テルメンディルそのものだ」

「そうなんですか? そんなに言うほど似てるんですかね……」

「ああ。とても似ている。あまりの麗しさに我を忘れそうになるほどに」


 ああ、この人もか。その瞳が思いのほか熱っぽくて、そんな感想がため息と一緒に出た。


「このドレスの豪奢な飾りも貴女の美しさに花を添えるが、やはりあの格好が一番似合う」

「それは……糸目の人なら皆ある程度は似合うんじゃないかな」


 垂れていた一筋の髪の房を、白い手がじゃれるように絡めとった。距離の近さに身じろぎすると、戯れるような手はすぐに離れていく。


「貴女は麗しき女神の御子だが、それを鼻にかけないな」

「うん、まぁ……そう持て囃してもらえるのはありがたいと思っていますよ」

「それに謙虚だ」


 そうかなぁ。

 最近は護衛騎士たちが誉めそやしてくるのがもう当たり前に感じてきてる。それを謙虚というのか……?


「噂によれば、あのティリオロ大司教も貴女に熱をあげているのだとか」

「ええ? なんですかその噂」


 今までの様子を見る限りでは、そんな素振りなんて全くなかったけど……むしろ昼間は私にイライラしていたくらいだ。


「毎日貴女の元へと足繁く通っているそうではないか」

「それは、確かに毎日会いに来てくれますけど、そんな感じじゃなくてご機嫌伺いというか」

「彼の黄金の瞳を見たのだろう?」


 フィラナの声が囁くように掠れ、耳元へと寄せられる。


「あの美しい瞳を貴女には見せている。貴女がなにも考えられなくなるほどに」


 その言葉に思わず顔を上げた。


「悪かった、ただの噂話だ。貴女が違うというのならそうなのだろう。どうか気にしないでくれ」


 言うだけ言って、フィラナはさっと立ち上がった。


「慣れない場で疲れただろう。ここでゆっくり休まれるといい」


 最後にニコリと微笑んで、待機していたアルフィディル枢機卿を引き連れフィラナは去っていく。

 ただでさえ慣れない場に見知らぬ人たち、いまいち理解できない会話。疲れからか、頭がズキズキと傷んだ。









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