祝祭の日
降臨祭。
降臨祭とは、私がこの世界に顕現したことを女神テルメンディルに感謝し、今後の繁栄と女神の御加護を願って讃えようというお祭りだ。
市街は色とりどりの咲き誇る花々で飾り付けられ、中央広場には溢れんばかりの人々でごった返している。どこもかしこも笑い声と喧騒に満ち溢れ、その様はこのエフェルミア王国とテルメディア教の栄華を象徴しているよう。
このざわめく無数の群衆の中を、何台もの馬車が連なってゆっくりと進んでいる。聖騎士たちがその屋根無しの馬車に乗って、花びらを撒きながら行進している最中だ。
キラキラと光りを放つように輝く花びらが宙に舞うたびにはしゃぐような歓声が湧き起こる。人々が聖騎士たちへ精一杯に手を伸ばす様子を、私は馬車の中からそっと眺めていた。
市井の人により一層聖女の祝福を実感してもらうためということで、このパフォーマンスを大々的に執り行うことにしたそうだ。
こんな些細な祝福を得るために、皆が光る花びらを狂信的ともいえるほどに求めているけれど、怪我したりだとかでかえって災難に見舞われないだろうか、大丈夫なんだろうか。ただ無心にかけ続けた祝福なんかに、いかほどの恩恵がつまっているというのか。かけた本人ですらわかっていないのに。
そんなとりとめもないことをつらつらと考えながら馬車の座席に身を沈める。
例によって私はサネリ、モネリ、リングロッドさんと一緒に一際豪華で頑丈な馬車の中に押し込められている。今回は窓の外を見るなとまでは言われなかったけど、かけられたレースのカーテンを開けようとしたところでリングロッドさんの強い視線が見咎めてきた。
なにも言いはしないけど、その夜明けの瞳が厄介事を引き起こすなよと切に語っている。……なので隙間からチラチラと街の様子を見るに留めていた。
まんべんなく花びらを撒くためか、それとも押し寄せてきた人々が非常に多いせいか、馬車は遅々として一向に進まない。中央広場を一周もしないうちから緊張感も薄れてきて、あくびを漏らさないようさっきから何回も噛み締めている。
「聖女様、お疲れでしょうか」
「聖女様、お休みになりますか」
「うーん……」
前日まで続いていた地獄の作業のせいで、精神的な疲れは結構なものだったけど。
「中央広場を抜けたら王城通りを真っ直ぐに進みます」
「エフェルミア城に着けば今度は式典の準備で忙しくなるかと」
リングロッドさんはカーテンの隙間から窓の外を伺うように見ていて、私たちには頓着していないようだ。
「眠たいような、眠たくないような……」
ただ祝福をかけまくっただけで体はほとんど動かしていないので、眠れそうかといえばそうでもない。
私は二人に向かって首をふると、頬杖をついてなんとなくリングロッドさんの横顔を眺め始めた。
馬車に乗ってから一言も喋らない彼は、物憂げに外に視線を遣っている。相変わらずニコリともしてくれないけども、見れば見るほどため息が出そうな整った造形だ。
いつもはサラリと流しているアイスブルーの髪は今日は正装用にきちりと固めてあり、ぴたりと閉じられた詰襟も相俟って漂う高潔なストイックさ。整った眉目にすっと通った高い鼻筋は、悲しいくらい骨格の違いを実感させられる。
どこもかしこも整っているけど、でもやっぱり一番目を惹くのは淡い色が複雑に混じりあう夜明けの空を写し出した淡いその瞳。
散々見飽きた光る花びらよりも、よほど目の保養になる。――やっぱり疲れたときはリングロッドさんを眺めるに限るね!
私の視線に気づいているのかいないのか、頑なにこっちを見ようとしないリングロッドさんをまたとない機会とばかりに余すことなく眺め倒していると、馬車はやっとのことで中央広場を抜け王城通りに入っていった。
今度はそこを真っ直ぐに進んでいく。それに伴って押し寄せる人々も少なくなっていく。立ち入り制限があるのかな、明らかに人口密度が減っている気がする。
立ち並ぶ家々も邸宅と呼ぶに相応しい立派なものばかり。その通りもとうとう抜けると荘厳な門の先、エフェルミアの騎士たちが直立する通路に入り、そしていつか見ただだっ広い中庭へとたどり着く。
そこでようやく馬車が停まった。
「聖女様、お疲れ様でした」
自分だって疲れているだろうに、別の馬車から降りてきていたアデハルドさんが、いつもの高貴スマイルと一緒に手を差し出してくれた。お礼を言ってその手をとると、彼はゆっくりとエスコートするように歩きだす。
アデハルドさんは、始めの頃とちょっと印象が変わった人だ。
最初はただの金持ちっていうイメージしかなかった。ナルシストだし、言ってることちょっとずれてたし。でも前ほど構えなくなったのは、彼がそれだけの人じゃないって思えてきたからかもしれない。
護衛騎士内に階級のようなものはないみたいだけれど、実質アデハルドさんがリーダーみたいになっていて、みんなを引っ張っている。
そんな彼を少し頼りに思うようにさえなっていた。
みんなに優しく気遣われながらのんびりと進んでいると、向こうから早足でティリオロ大司教がやってきた。
「ティリオロ大司教」
「ご無事の到着なによりです」
大司教は挨拶もそこそこに、急かすように手を前方に差し伸べた。
「さ、お急ぎを。皆が貴女様を今か今かと待ち望んでおります」
「……そうですか」
正直気がのらない。
なにも聞かされていないけど、式典っていうからには堅苦しいものなんだろう。絶対に居眠りする自信がある。
億劫で尻込みしたい気持ちを見透かされているのか、なんとか宥められながら追いたてられるように歩を早めた。
「聖女様、あとは貴女様ただお一人だけなのです。貴女様の祝福を受けて、この典礼は終わらせることができるのですよ」
いつもにっこりのティリオロ大司教には珍しく、これでもかというほど急き立てられる。いつも通りの丁寧な言葉なんだけど、垣間見える態度からは私にイライラしているのが丸わかりだ。
「お疲れでしたらお運びいたしましょうか」
心配そうにアデハルドさんが言ってくれたけど、少し考えて、私は首をふった。
あのとき、リングロッドさんに運んでもらったのを思い出す。力強い腕に抱えられ、静かな声で語りかけられたあの日。
アデハルドさんがどうというわけではないけれど、そうしてもらう気にはなれなかった。
長い廊下の先。
豪華な客室みたいな部屋に押し入れられて、サネリとモネリ以外は礼の後に順次部屋を出ていく。
「それではお直しをいたします」
「御前を失礼いたします」
二人はてきぱきと私の身なりを整えていく。
身に付けさせられたのは目に眩しいほど真っ白なオンショルダーのエンパイアドレス。背後はV字に深くカットされ、両肩からは透けるような布地のワトートレーンが動くたびにさらさらと揺れている。
とろりとした布地の感触を楽しんでいたら、今度は白銀色に輝く装身具をあちらこちらにつけられた。イヤリングに華奢なサークレット、両腕と両足首には独特の模様が入ったリングを嵌められる。真っ直ぐな黒髪はそのままに、双子は最後にティアラを乗せ終えると、私をまじまじと見てほうとため息をついた。
「まさに麗しき女神、そのもののお姿」
「気高く壮麗な様は、かの女神そのもの」
「ああ、モネリ……」
「ああ、サネリ……」
どうもこの格好、女神テルメンディルの装いを真似しているらしい。
このドレスとか腕輪の模様とか、大聖堂の黒い女神像とおんなじだ。……まるで私が女神の御子であるということを強調させているみたい。
でもさ女神そのものなんて言ってるけど、この世界でも糸目の人なら誰でもそっくりにならないか? 生憎同じ黒髪の人は見たことないが、アデハルドさんみたいに深い赤の髪色があるくらいだから、黒髪くらいいるだろうに。
ため息をつきながら私に見とれているらしい双子にちょっとついていけず、目を泳がせた。
急かすようなノックの音に双子ははっと気を取り直すと、さっと部屋の隅まで退いて深々と頭を下げてくる。
「いってらっしゃいませ、聖女様」
「いってらっしゃいませ、聖女様」
開いた扉の先にいた、待ちくたびれたのか無表情なティリオロ大司教と護衛騎士たちが、私を見た瞬間皆一様に目を見開いた。




