05
その日から、あたしの楽しみは変化した。
数日おきに、あの場所でシオンと会い戦っていた。そのせいか、あたしは誰彼構わずに戦いを吹っ掛けるということはしなくなっていた。
そして、シオンとの戦いも回を重ねるごとに変化していった。
最初こそは全力でぶつかり合い、死を感じるような戦いだった。だけど、それは実戦を伴った修業といった感じになっていた。
その変化は、些細な疑問からだった。
「ねえ。どうして、そんな細い腕であたしの剣を受け止めることができるの?」
一度くらいなら偶然だと思うこともできる。だけど、何度攻撃を繰り出しても片手で受け、跳ね返されてしまうのだ。
何度戦っても勝てない苛立ちが積もったのか、ややきつい口調で疑問をぶつけてみた。するとシオンは、無言で手を地面にかざし、答えた。
「その答えは、――魔力だ」
ピリッと大気が震え、何か重く強い気配がシオンに集まる。そして次の瞬間、手をかざしていた場所が大きく抉れた。
「な、なにこれ……すごっ……」
シオンは微動だにしていない。手はかざしていただけで、地面には少しも触れていない。それなのに、そこを中心に凄まじい衝撃を受けたように抉れているのだ。
しばらく茫然と眺めていたが、ふいに自分には無い力の存在に不公平感を感じ、唇を尖らせながら不満をぶつける。
「えー。それって、なんかズルい」
不満を訴えるあたしに、シオンはあの日のように少し困ったように微笑みかける。
「こればかりは、仕方ないな」
シオンが言うには、魔力は《世界》の恩恵らしい。その恩恵をルフトの民は与えられ、様々なことに利用しているらしい。シオンは魔力を、筋力や剣の強化に使い戦っていたということだ。
それを聞いて、あたしはがっくりと肩を落とした。自分には無い魔力というものの存在は、どうあがいてもシオンには勝てないんだという現実を突きつけているようだったからだ。あたしはエルデに生まれた自分を、少しだけ恨んだ。
「そう肩を落とすな。エルデの民も《世界》の恩恵は与えられている。お前たちの驚異的な身体能力も、その一つだと思う。我々はエルデほど、基本的な身体能力は高くないからな」
「そうなのっ!?」
その言葉に耳が跳ね、頑張れば勝てるかもしれないという単純な希望が沸き上がる。
「ただ……ミヤの戦い方は少々、直線的過ぎる。もう少し戦闘の技術を磨けば、魔力が無くとも良い線までいくと思うが……」
若干バカにされたような感じは受けたが、妙にやる気は上がった。
その日からシオンとの戦いは、シオンを師とした修業という形に変わり始めた。
◇ ◇ ◇
ユウイは誰彼構わずに戦うあたしに否定的だった。だけど、シオンと戦うようなってからは、その態度が僅かに和らいでいた。
以前は怪我をして帰る毎日だったけど、今は怪我をしてもシオンが魔法で治してくれている。帰宅時はほぼ無傷の状態なのだ。ユウイが手当てをしながら泣かなくてもよくなった。それが良かったのかもしれない。
だが、その一方で、コータの方は不機嫌な態度をみせていた。
仕事もなく、シオンとの修業もない、ある日の夜。あたしとユウイはコータの親族が経営する酒場に来ていた。
薄暗く寂れたような雰囲気の酒場は、とても静かで落ち着いた場所だった。
酒に溺れ亡くなった母のこともあり、あたしは酒類が一切飲めなかった。正直に言ってしまえば、酒の匂いでさえ苦手だった。だが、それは飲めないというより、飲んでしまえば母と同じになるのでは、という恐怖心が心のどこかにあり、そう思い込んでいたため苦手意識だったのかもしれない。
現に、酒の香りに包まれた場所なのに、この酒場では酒に対し嫌な感情を抱くことがなかった。
それどころか、この酒場のことは意外と気に入っていた。しっとりと落ち着いた雰囲気に、よく知る人間の領域で顔ぶれは見知った人間ばかりという、安心できる場所。それらお陰で、気分が荒らぶることなどなかった。
カウンターに座るあたしの前にグラスが置かれる。中にはスゥーッとした甘酸っぱい香りの、透き通った赤い色の液体が注がれている。これは、酒の飲めないあたし用に置かれているルクの実のジュース。
隣に座るユウイにも、似たような色合いの飲み物が置かれる。こちらからは、ルクの実とは違った甘さとアルコールが混じった香りがしている。
あたしはルクの実のジュースの香りを堪能し、グッとグラスを傾け一気に呷る。そして、プハッと満足そうに息を吐き出した。
「……ミヤ。オヤジくさい」
カウンターの向こうに立ち、グラスを磨いているコータがポツリと呟く。
「もー。コータはうるさいなぁ。良いじゃん、美味しいんだから。あっ、お代わりお願いね」
「へい、へい。分かりました、お客さま」
コータは呆れたように、ため息をつく。
どんなにバカにされようとも、あたしはご機嫌なままだった。鼻唄混じりでグラスに残った氷をガリガリと牙で噛み砕きながら、お代わりが来るのを待っていた。
「それにしても、最近のミヤは楽しそうだね」
隣でゆっくり味わいながらお酒を飲んでいたユウイが、ほんのりと頬を赤く染めて言う。
「ちょっと前までは、ミヤが遠くに行っちゃいそうで不安だったけど……。今のミヤは、そんなこともなく楽しそうで、とっても安心できる……」
アルコールが入り、少しだけとろんとしたユウイの目に涙が滲んでいる。
以前のあたしは、ユウイを泣かせるだけでなく、こんなにも不安にさせていたのだ。あたしは、ひたすら反省するしかなかった。
「ごめんね、ユウイ。あたし、ユウイをこんなにも不安にさせてたんだね……」
「うんん。いいの。今は、こうして戻ってきてくれたんだから」
「ユウイ……。ホント、ごめんね」
ユウイはあたしの手を離したくないと、いわんばかりに力強く握りしめる。
「……で、シオンさんだっけ? そのルフトの人って」
さっきまで不安げに潤んでいた瞳が、嘘のように好奇心で輝いている。その変貌に、思わずたじろいてしまう。
「ね、ね、どんな人なの?」
酒の力も加わってか、ユウイに変なスイッチが入ってしまったようだ。身を前のめりにし、意地でも聞き出してやろうという気迫で迫ってくる。こうなったユウイは、なかなか止められない。
「ど、どんな人って……。んー? なんだろう、細くて貧弱そうなんだけど、とにかく強い人かな」
「……? 細くて、強い?」
ユウイの頭に疑問符が浮いているのが見える。たぶん聞きたかったことと、あたしの答えが噛み合わなかったみたいだ。
「えー。分かりにくすぎるよ。ねえ、コーくんも、その人見たんでしょ。どんな人だったの?」
ユウイは質問の標的を、ちょうど頼んだジュースを用意してきたコータへと移した。
シオンがこの集落に降り立った日、集まる野次馬の中にコータもいた。あたし自身も、野次馬の中にいるコータの姿を見ていた。
話を振られたコータは一瞬だけ眉をひそめ、
「……たしかに細かった。暗そうな優男風で、夜みたいな黒い髪に黒い翼で、嫌な感じだった」
と、トゲのある言い方で不愉快そうに言った。その態度に、あたしはなぜか苛ついてしまう。
「コータ。なんか言い方にトゲがない?」
語尾を強めに、威嚇するような態度を返してしまう。
「あっ? なんだよ、文句あんのか? 俺は思ったままを言っただけだろ」
その威嚇に、コータは食らいついた。
売り言葉に買い言葉。あたしたちはカウンター越しに牙を剥き唸り、睨み合う。一触即発な雰囲気のなか、その切っ掛けを作ってしまったユウイが慌てて止めにはいる。
「もお、やめてよ。二人ともっ!」
ユウイの制止にコータは思い止まったのか、ふんっとそっぽを向いた。しかし、あたしの苛立ちは治まらない。
「――帰るッ!」
ジュース代を投げつけるように乱暴にカウンターに置き、あたしは二杯目のジュースに手をつけることなく席を立った。
店のドアを開け出ようとした際、チラッと振り返りコータの姿を見てみた。コータは背を向けたままで、こちらを見てはいなかった。怒っているのかと思ったが、コータの耳はなぜか怒られた子どもみたいにペタンと垂れている。
その悲壮感ある後ろ姿に少しだけ胸が痛んだが、それ以上に自分の中に溢れる苛立ちが分からずモヤモヤとしていた。
そのモヤモヤを抱えたまま、あたしはドアを乱暴に閉め店を後にした。




