04
そこは、いつも決闘をする時に使っていた場所。
乾いた赤土色の大地と、同じ色の大小様々な大きさの石柱が群れをなす場所。これは、長年にわたり吹き付けてくる風と、年に数回だけ洪水のように降る雨による浸食で作られた地形だ。
石柱は見上げるほどの高さの物もあるし、背丈に満たないほどの物もある。
植物の生えていないこの場所に、石柱が木々の代わりのごとく天に向かい伸びている。
一見、剣を振るうには石柱群が邪魔に思えるかもしれない。しかし、平地部分もかなりあり、ほどよく石柱が群れることで程よい死角ができる。
どこから敵が現れるか分からない。そのお陰で、より高い緊張感を持って戦うことができる。
そんな理由で、あたしはここを戦いの場所として決めていた。
「ここならば、他者に気兼ねする必要はないな」
はるか上空に舞い上がり大地を見下ろしていた男が、黒い翼を羽ばたかせ大地に足をつく。
「そうだよっ。ここなら全力が出せる」
あたしは男の姿を目で追いながら、軽く身体を動かして冷えていた筋肉を温める。
大地に足を着いた後も地形を確認するように周囲に視線を巡らしている男を前にし、あたしは傍らに置いていた剣を手に取る。
「随分、勇ましい剣だな」
あたしの剣は自身の身の丈には合わない大剣だ。男はその不釣り合い具合を皮肉ったのだろう。嘲るような笑みを浮かべている。
「笑えばいいよ。あたしには、こいつが一番しっくりくるんだから」
ずしりと重い剣を両手で握り構える。
「まあ、良い。どんな剣だろうと関係ない」
男は腰に携えた剣を抜く。細く長い刀身が月明かりを受け、美しい銀色の輝きを放つ。
流れるように剣を構え、黒い瞳を鋭く向ける。
高まる興奮。荒くなっていく呼吸を一度の深呼吸で抑え、自分の欲を抑える。
だけど、治まらない。自然と笑みを浮かべ、うっすらと開く口許には鋭い獣の牙が覗く。
止まらない。あたしの闘争本能が目覚める――
全身の筋肉を使った、力任せの先制攻撃。地面を抉るほどの瞬発力を持った脚力で、男の懐に入り込む。そして、剣自身の重さと自分の筋力をフルに使い、渾身の一撃を食らわす。
――ガキンッッ。
金属同士がぶつかり合う激しい音。そして、降りかかる衝撃波。
最初の一撃は、受け止められてしまった。ここまでは想定の範囲内だった。しかし、あたしは自分の視線の先にあるものに対し、我が目を疑った。
男は顔色一つ変えず、あたしの渾身の一撃を受け止めていた。
しかも、片手で支えられた細い剣でだ。
あたしが女で男よりも筋力が劣るとはいえ、まさか片手で受け止められるとは思っていなかった。目の前に居るこの男は細く貧弱そうな身体つきで、はっきり言って筋力だけなら自分が上だと思っていた。
あたしは眼前の出来事に動揺してしまった。そして、その動揺は剣を伝い、すぐさま男に察せられてしまう。
男は剣を持つ手に力を込め、軽く振り払った。
「――――えっ!?」
ゆるりと軽く剣を振ったように見えた。しかし、あたしの身体を凄まじい力で弾かれ、衝撃と共に石柱へと打ち付けられた。
天に向かい伸びる石柱は、あたしの身体を中心にひび割れていき、ただの瓦礫となり沈んでいく身体に降り注ぐ。瓦礫が次々と身体に当たり、あたしを地に沈めていく。
男の一撃を受け、あたしは初めて自分の『死』というものを感じた。だが、それと同時にとてつもない興奮も感じていた。
――戦いたい。こいつと、もっと――
光の届かない瓦礫の中で、あたしは声を出し笑っていた。
「――まだまだぁ!!」
勢いよく瓦礫から這い出て、再び攻撃を仕掛ける。
何度も、何度も、繰り返される攻撃。そして、衝撃音。
あたしの直情的な攻撃とは違い、男の攻撃は優雅だった。
《天を舞う者》という名に相応しく、その動きは本当に舞っているようだった。黒く長い髪を靡かせ、白い衣を汚すことなく舞う。無駄がなく洗練された動き。流れるように攻撃を避け、流れるように剣を振るう。
おまけに初めての場所にも関わらず、男は石柱の死角を上手く使いこなしていた。
地の利がある分、あたしの方が有利なはずなのに、すっかり男の動きに翻弄されていた。
全てにおいて、男の方が上だった。
そして、何度目かの鍔迫り合いの時。今まで、表情を一切変えることなく剣を振るっていた男に、僅かな変化が現れた。
それは、ほんの一瞬の変化。だけど、たしかに見えた。哀しく憐れむような表情。
あたしはその表情に、胸の奥がざわつくような不可解な感覚を覚えた。男の表情に気をとられ、さらに自分の中の不可解な感覚に気をとられてしまった。
一瞬とはいえ、戦いの以外のことに意識を向けてしまい、大きな隙を作ってしまったのだ。
気が付くと、あたしは石柱の残骸に身体を沈ませ広い空を仰いでいた。
「――――っうぅ」
背中に激痛が走り、すぐには動けそうになかった。身体の自由は奪われているのに、意識ははっきりとしている。あたしは悔しさに満ちた瞳で、空に輝く蒼い満月を睨むことしかできなかった。
ゆらりと影が覆い、蒼い月が姿を隠す。代わりに現れた黒い翼の男が、銀色に輝く剣をあたしの首筋にかざす。
「動けまい。……お前の負けだ」
哀しみも憐れみもない。他人を蔑むような元の表情で、あたしを冷たく見下ろしている。
「…………」
完全な敗北だった。それは認めなければいけない。だけど、どうしても認めたくない気持ちもあり、唇を噛み男を睨み付ける。
喉元に向けられた切っ先が近づく。チリッとした痛みを感じた瞬間、切っ先の動きは静かに止まった。そして、何を思ったのか、男は剣を引き鞘に仕舞った。
「…………殺さないのか?」
その問い掛けに、男は瞼を閉じると小さくため息をついた。
「……なぜだろうな。お前を殺したいとは思わない」
と、少し困ったように微笑んだ。男の感情のある微笑みを見た瞬間、再び胸の奥がざわめいた。
でも、これはさっきのとは何かが違った。締め付けられるようなものとは違い、胸の奥に何かがじんわりと広がっていくような感覚。
不思議な感覚だけど、その意味を理解するよりも早く、ざわめきは治まっていく。そして、再び沸き上がるのは戦いたいという闘争本能。
「ねえ。また、あたしと戦ってくれる?」
渇れることのない闘争本能に、男は酷く驚いていた。だけど、それを嘲ることなどせず、軽く微笑みながら了承してくれた。
「いいだろう。三日後の同じ時刻。また、ここに来よう」
「いいのっ!?」
嬉しいが予想外のだった返答に、背中の痛みも忘れ起き上がり、興奮ぎみに尻尾を揺らす。
「ああ、構わない。……そうだ、私の名はシオン。お前の名はなんだ?」
「あたしは、ミヤ!」
「ミヤか……」
あたしの名前を口ずさみ、黒い翼の男シオンが優しく笑みを溢す。
「では、三日後この場所で、再び相見えよう」
「うんっ! 絶対だからね。忘れずに来てよっ!」
シオンは黒い翼を羽ばたかせ、蒼い月の輝く夜空へと消えていった。あたしは興奮覚めやらぬまま、いつまでもその空を眺めていた。
これが、あたしとシオンの出会いで、初めての戦いの記憶。




