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キカイな物語  作者: クンスト
7章 火星の後継者
99/106

9-5 棺の中身

 地下遺跡での戦いは、第三勢力――つまり俺――の介入により複雑さを増す。閉鎖空間に何機も石鎧が乱入している所為で、右を向いても左を向いても、敵と視線が合ってしまう状態だ。

「瑞穂、大丈夫か?」

『どうしてお前は、起きて欲しい時に起きなくて、今来るんだッ!!』

『どうしてお前は、私の邪魔ばかりしてくる。偽耳ッ!!』

 どうして、って言われても。助けた相手からも非難された俺がどうしてだよ。

 目に見えない斥力場を退けられるものは、同じく斥力場だけであった。俺はアキレウスとヴォルペンティンガーの間に分け入って、その二機と対峙している。

『そもそも、どうして卒業試験の時、私ではなくあの女を選んだ!? あの時、私を選んでいてくれさえすれば、私はあの男に負けても耐えられたのにッ!』

「あの女とかあの男とか! 名前を言ってはいけないあの人が多いな、っと危なッ」

『お前が私に勝っていれば、幸せだったんだ!!』

 コマのように大回転しながら、瑞穂は俺に斬り掛かってくる。アキレウス愛用の短剣、肘のカッター、もう一本の短剣、最後に脚が襲った。

 後ろに下がってすべてやり過ごし、ハンドガンをとりあえず撃つ。

 助けに現れたはずなのに、と少し躊躇ためらったが、鬼神がごとく攻撃を繰り出す瑞穂を放置できない。牽制けんせいぐらいしておかないと、猛攻を避けきる自信がない。

 細身な体に角度を付けてハンドガンの弾をはじき、アキレウスは追撃してくる。

「瑞穂のそういう根拠のない憤怒には慣れているけどさ。結婚生活の破滅まで俺の所為にされても困るだけだ。エージが嫌な奴なのは認めるが、結婚したのはお前だろ、瑞穂」

『したり顔でッ』

「あの家訓か? 己を打ち負かした人間を生涯の夫とすべし、とかなんとか。それを選んだも瑞穂自身だ。俺に八つ当たりするな」

『違う。そんな諦めた顔をするなッ! どんなに正論に聞こえる事を言っても、結局お前が諦めた言い訳に過ぎない。手を伸ばせば届いた花の代わり摘んだ雑草は、さぞ綺麗だろ』

 雑草とは、きっと月野の事を言っているのだろう。自らを花に例えて、他の女を雑草とは大きく出たものである。

「ここで月野を持ち出すなよ。それに言って良いのか? 月野と比べて瑞穂が勝る部分は、幼馴染成分を除けばないぞ」

『言ったっ! 言ったァァァッ!?』

 剣と銃を使った戦いの最中に、スピーカーでも互いに精神ダメージを与え合う。

 壊れた音楽プレーヤーのように益のない話を何度も蒸し返す瑞穂に対して、嫌気が差してしまっている。もう、瑞穂が望む答えを俺は与えられないので、きっと永遠と問答は続く。

 ……それでも、俺は瑞穂を見捨てない。

 嫌とか、好きとかではない。

 隣にいるのが当たり前だった女だ。臓器と同じようなもので、気分で取り外せるものではない。

『あんな機械オタク、私が劣るか!』

「SAの俺にはお似合いだ。少なくとも、月野は俺に短剣を投げ付けない! 素行を改めてから自信を持てッ」

 投擲された短剣を手刀で叩き落している間に、瑞穂はハンドガンを片手に駆け出した。対応するため、俺もハンドガンを構えて前傾姿勢になる。


『このッ! 痴話喧嘩で、私を無視す――』


 ただし走り出す寸前、真横から赤いバイザーの機体が進路上に侵入してきた。


「どけッ、邪魔」

『邪魔!』


 構っていられないので、額の鬼の角を発動させる。

 鬼兎の斥力場とヴォルペンティンガーの斥力場が拮抗し、消滅し合う。と、隙を逃さずアキレウスが旋風脚でヴォルペンティンガーを壁まで蹴り飛ばした。

 銀色の装甲板が砕けて散らばる、以後、ネネイレは俺達の邪魔をできなくなる。

 阿吽の呼吸だった。幼馴染らしい見事な連携プレイでアルヴの親玉を撃破してしまう。

 だというのに、俺達は互いに向けて銃弾は放つ。

 アキレウスの弾は、命中しない。斥力場がある限り、瑞穂ではもう俺に勝てない。二年前はハンディキャップなしに追い込めたのだから、分かりきった結果だった。

 暗い地下で、三対の瞳を光らせる。

 AI射撃でアキレウスの手の平を射抜き、ハンドガンを落とさせる。

『九郎ォォッ!』

 瑞穂は抵抗を続けて、無謀にもハンドグレネードのピンを抜いた。

 地下で爆発すれば、最悪天井が崩落する。生身のない俺は発掘されれば生還できるかもしれないが、普通の人間は酸欠で死んでしまう。

 鬼の角の精密操作は、箸で豆を摘むより困難だというのに。こう愚痴りながら、投じられた爆発物をできるだけ人のいない方向へと跳ね飛ばす。

『許さない。九郎を私は、許さない!』

 今度は、アサルトライフルのフルオート射撃を俺に浴びせてくる。電力が削られたが、まだ許容範囲内だ。瑞穂の攻撃は完全に防げている。

 ただ、一つだけ問題があった。

 力場に弾かれ、環境センサーの横を通り過ぎて行く弾の雨の行き先について、あまりにも無頓着むとんちゃく過ぎた。いや、先のハンドグレネードからして、俺は跳ばす先を間違える大失態を犯していた。

 こう思った瞬間に、斥力場を切る決断ができなかったのも失敗の一つだ。

 瑞穂の攻撃はすべて、地下空間の奥へと流れている。

 石のひつぎに着弾し、表面が削れて破片が飛んだ。

「ッ! 瑞穂、止めろ!」

『嫌だ! 絶対に、許さない!』

 そして何発目かの銃弾が棺のふたへと命中した時、みしり、と嫌な音が響く。

 元々、老朽化が激しかった。そうとしか思えない。ガラスを貫通したかのように蓋は砕けてしまい、一気に崩壊してしまうぐらいに、棺は崩壊寸前だった。

 そうだとしても、トドメを刺したのは瑞穂で間違いない。 

 棺の壊れる音は小さかったはずなのに、各所で戦闘を続けていた石鎧達が一斉に棺へと振り向く。異質な音の方角に皆が注目していく。

 ただ一人、瑞穂だけは俺に執着していたのだが、ふと、アサルトライフルの乱射が停止してしまう。


『まだ、まだまだ、私を裏切ったお前には制裁が――――えっ』


 開放された棺の中からパイプ状の黒い何か高速に伸ばされて、アキレウスの頭部を穿うがったからである。黒いパイプは頭部表面を貫き、内部に到達していた。装着者の戦闘不能により、アキレウスはぐったりと膝を床に付く。

 想定外の場所からの攻撃を、俺はかばう事ができなかった。位置関係的に、瑞穂と棺は対角線上にあり、俺は中央付近で棺に背中を向けていた。気付かない理由にはなるかもしれない。

 ……それとも、パイプ状の物体からは瑞穂の気配しかしなかったから、見逃してしまったのか。


“――許せない許せない許せない許せない許せないッ”


 パイプの黒い光沢が、まるで瑞穂の黒髪のように見えてしまったのだ。


“何もない不毛な惑星におもむいてしまった私が許せない。

 あの時の私はなんと幼稚で、考え足らずで、地球に一番大事な男がいると分かっていながら、旅立ってしまった。見過ごせない程に罪深く、惨殺してしまいたくて仕方がない。

 私のあやまちを正せるはずだったIFイフの世界でありながら、私の男を寝取った黄色い髪の女が許せない。

 百年の歳月でやっと完成した世界だったのに、外から紛れた害虫ごときが私の男と恋仲になる罪。針の山に放り、煮えたぎった大鍋に放り、極寒に野ざらしにしてもつぐえない大罪で間違いない。

 箱庭の世界でようやく再現できた男が、私を選ばなかった。ありえない。

 私と男が結ばれるためだけの世界で、男が私を選ばない道理はない。ありえない。

 私が救われるための世界だというのに、どうして私の男が裏切るのか。再現に矛盾はなく、原材料たる私のイメージに狂いがなければ男は私を愛しているはずなのに。ありえない。

 もしかして、完璧に再現した男が裏切るという事は、最初から私達は縁がなかった? ありえない。

 ありえてたまるか――”


 人間一人と同じ大きさしかない棺の中から、棺よりも大きな黒い魔手が現れる。棺のへりを掴んで破損させながら巨躯を起す。


“――けれども、一番許せないのは、この世界の私だ!!

 なんて幼稚。なんて愚図。なんて意気地なし。

 二人で結ばれるために平穏な箱庭を願ったというのに、その平穏に甘えてしまった出来損ない。私の再現だという事さえ信じられず、否定するために憎悪せずにはいられない。

 無駄に大きなプライドが邪魔して素直になれない? ならば、見ず知らずのオスに陵辱させてから殺害してやろうか。

 男が手を伸ばさなかったから結ばれなかった? 馬鹿な、相手が手を伸ばせば届くという事は、己の手だって届いたはずなのだ。

 全部男の所為にしている態度がただの甘えでしかないと気付かず、全力で男に甘え続けて私に見せ付ける。オリジナルの私に対する皮肉か? ならば、その両手は不要だろうから、もぎ取ってから始末してやる。

 少し踏み出すだけで男とつがいと成れた裕福な私め。

 富を持つ者の無駄遣い程に憎らしい事はない。誰よりも罪深い存在であるのは間違いない。

 もうお前は不要だ。出来損ないの私ッ。

 男と結ばれる努力をおこたり、甘える機能しかないのであれば精神も心も不要だから、この私に主導権を明け渡せッ!!”


 棺から現れるのは、上半身だけで体長十メートルとなる巨大な魔族だ。狭い地下空間ではそれ以上大きくなれないのか、頭を天井につっかえている。

 パイプ形状の髪と緑色の斑文はんもんを持つ巨大魔族は、僧侶プリースト級に属する貴族と予想される。

 ……いや、そんなはずはない。

 遺跡の棺には、惑星へと最初に到来した植民者が安置されていたのだ。だから、棺の中から現れる者は、俺達ドーム世界の祖先である。魔族が入っているはずがない。生粋の人間が、ミイラの状態で入っていなければならない。

 だが、目の前の真実は否定できるものではなかった。

 パイプ状の髪が逆立ち、棺から現れた魔族の周囲で生き物のようにうごめく。現実の光景だ。

 アキレウスの頭部に刺さったパイプも、上下に激しく揺れる。カメラは正常で、幻覚ではない。

 手足を伸ばしたままアキレウスは弛緩しかんしているが、中にいる瑞穂の精神ハッキングを完了しつつあった。


“ごめんなさい、私の愛する男、九郎。

 出来の悪い私の所為で結ばれなくて、辛い思いをさせてしまった。

 私は酷い女。男を地球に置き去りにしてしまった女。けれども、私は九郎と結ばれる世界を絶対に諦めない”

『そのために、この失敗した私と世界を壊してしまうから!! 大丈夫。また百年後の逢瀬おうせに希望をたくしましょう!!』


 パイプ髪は延長を開始して、無差別に地下空間の石鎧を襲い始める。魔族の念波な声に同期して、瑞穂も通信波で声を荒げる。

 装着者を乗っ取られたアキレウスも、アサルトライフルの乱射を再開した。

 ……なんて悲惨な光景なのだ。棺の魔族に乗っ取られても、瑞穂のやっている事は一つも変わらない。

「一切合財分からない事ばかりだ、が!」

 棺の魔族の正体について考察は難しいが、一つだけはっきりした。僧侶級の言動や雰囲気だけで証拠としては十分だ。

 俺に対してナイナーが対応したように、瑞穂と棺の魔族が対応している。


NTRタグは、棺の中の人目線のものでした。

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