7-6 現状把握2 -蝙蝠王子に俺はなる!-
俺と月野がドームを脱出した同日。
超越的な科学力と長い耳を持つアルヴの一団がドームに到着した。俺達と入れ替わるようなタイミングでの到着だったので、なかなか、際どかったのだと知れる。
「アルヴの降下部隊が、奈国東北の峡谷に潜んでいた魔族を全滅させたのだ。作戦のために周辺に展開していた内縁軍、外縁軍は、魔族を圧倒するアルヴのSAに恐怖したと聞く」
峡谷に潜んでいた魔族は千体を超えていたが、アルヴはたった百機の石鎧で掃討してしまった。
眉唾である。が、千体の内の三百ぐらいは、最初に降り立った三機の石鎧が倒したと更に話は盛られている。
「アルヴは、SAを使うのですか?」
「彼等はOAと呼称しているらしいが。外縁軍の部隊が記録していたアルヴのSAの画像は……これだ」
鷹矢に指示されるよりも早く、阿吽の呼吸で明野が端末を操作する。
プロジェクターに、異質な外観を持つ石鎧の静止画像が投影された。
最大望遠の画像をデジタル的に拡大しているため、ボヤけて見える。ただ、そんなピンボケ画像からでも、アルヴ製の石鎧の異質さが確認できてしまう。
黒い空から降下中らしき三機は、体形は標準的だが羽が生えた奴、細長い奴、太い奴で構成されていた。峡谷の上から俯瞰した別の画像では、図太い光の束を振り上げている細長いのが盗撮されている。
また、異質な三機以外のアルヴ製石鎧の画像も確認できる。そちらは規格統一された外観をしていたので、三機はアルヴの中でも特別な機体なのだろうか。
静止画だけでなく、録画映像も鷹矢は持参していたが、戦場が峡谷内だったため重要な場面が映っていない。アルヴの戦力については想像するしかないだろう。
だが、一つだけ気になる部位がアルヴ製石鎧には付いている。
「……俺に似ている。頭部の環境センサーは月野製作所の特許のはずだろ」
特型三機も、量産型にも、頭頂部に長耳が生えていた。
石鎧であるのなら、内部でアルヴが操縦しているのだろう。耳の長い種族だから、搭乗する石鎧にも耳の形状に対して拘りがあるのかもしれない。横長と縦長の差はあるが。
そういえば、魔族共は、耳の長さは敵の証拠と頻繁に口走っていた。今になって、言葉の意味が理解できた。
アルヴの耳は、確かに長い。
「実は月野君に捕縛命令が出された理由が、その耳にある。魔族を掃討したアルヴが首都に到着してからの話をしよう」
アルヴの戦闘部隊は、戦闘後に降下してきた巨大な航空機に乗り込む。そのまま直接、奈国の首都へと来訪したのだという。
航空機など生まれて始めて目撃したドームの市民はパニック状態に陥った。魔族討伐のために首都防衛部隊からも戦力を捻出していたので、市民だけではなく、軍部の人間も大いに慌てたようだ。
鷹矢が親衛隊を動かせなくなってしまった理由は、ドーム防衛のために親衛隊全軍に対し、スクランブルが発令されたからであった。
「アルヴは根っからの戦闘民族らしくてな。戦闘員がそのまま外交官でもあるようだ」
アルヴが惑星に訪れた理由は、友好条約の締結のため。アルヴの代表らしき黄色い髪の女は、平然とそう言ってみせたらしい。
圧倒的戦力を背景に、首都の最終防壁を開門させる。
事前通告なく、百人規模の集団がドーム内部に押し入る。
奈国最高機関に召集をかけ、即日の条約会議開催を強要する。
これ等すべては、アルヴの基準から言えば友好的なのだと。まぁ、地球を滅亡させたような危険種族の基準なんてそんなものだろう。
「父上と兄上が会合に出席したが、実に難儀な内容であったようでな。友好条約が聞いて呆れる」
条約を一つずつ読み上げると次の通り――。
一つ、火星人類は地球人類の殖民者子孫であるという誤った認識を改めるべし。
一つ、奈国はアルヴに全面協力すべし。領土内の、駐屯、通行を無期限に許可し、関税のない貿易を開始せよ。
一つ、火星上にアルヴが駐留可能な十キロ級ドームを無期限に貸し出すべし。また、アルヴの移住のため五年以内に更に三基のドームを貸し出すべし。なお、奈国のドームである必要はないが、ドーム掌握のために戦力は貸し出せない。
一つ、アルヴは火星上の国家間問題には関与しない。その代わり、アルヴの行動をすべて黙認すべし。
一つ、魔族を仇敵とすべし。太陽系の尊き知的生命体同士、根絶のために最大限の協力を求める。主戦場たる地球に対して戦力を投入せよ。
一つ、条約の履行は火星人類が火星の固有種である事が前提である。火星人類が地球人類の末裔であると知れた瞬間、魔族と同様の処理が実行される。早急に調査を行うべし。
既に頭の悪……痛い内容ばかりだが、鷹矢は更に頭痛を強める事を言う。
「一つ、耳を持つ機動兵器の製作者をアルヴに差し出せ。アルヴの技術を盗用した疑いが強い。……これが、月野君と紙屋なる予科生にとっては、一番の災いであろう」
これまでは国家規模の厄介事だった。なのに、どうして細身の少女の両肩に重圧となってしまったのか。
石鎧の耳の形状が似ていただけ。アルヴはその程度の偶然で、石鎧を作る家業を継いだだけの少女を狙っているというのか。許せない話である。
カメラを一つ向けて確認した月野の手は、小さく震えていた。
「月野君。アルヴについて知っている事はあるだろうか?」
「…………ぼくは、知りません。月野製作所製のSAの原型は、祖父のものです。環境センサーは祖父の考案です」
「月野製作所の創始者であるか」
「大戦前に病死しております。父なら何か知っていたかもしれまんせんが、父も大戦直後に」
「……すまぬ事を聞いた」
透過性の無くなった眼鏡に意味はないと思ったのか、月野は眼鏡を外す。鷹矢の質問に答えている間、ずっと黒いフレームを指でなぞっていた。
「疑いを持って思い出せば、祖父は浮世離れした人でした。家族と石鎧設計以外に興味がない人で、月を眺めていると言って、何も無い夜空を見上げていました」
「耳はどうであった?」
「尖ってはいましたが、長くはありません。もちろん、父も、私もです」
月野は黄色い髪をかき分けて、全員に白い耳をさらした。
鷹矢は月野の祖父がアルヴそのものである可能性も疑っているようであるが、何年も前に他界した人物の調査は難航するだろう。仮に月野の祖父が、何らかの方法でアルヴの技術を盗んでいたとしても、月野は何も知らされていない。
真偽について情報が残されているとすれば、月野製作所本社か月野の自宅だろうが、既に内縁軍が強制捜査を始めているだろう。ノコノコと出向く事はできない。
「奈国はどうして、アルヴの無茶苦茶な要求を呑んでいるのですかっ!」
鷹矢に対して、非難する意味合いを込めて訊ねてみる。
「軍部が脅迫的にアルヴを恐れているのだ。戦場で真っ先に戦力を見せ付けられたのだから、仕方のない話ではある」
勝機のない徹底抗戦を持ち出されるよりマシであるが、弱腰な軍隊も存在意義が疑われる。
軍部が弱い代わりに、強権を振るっているのは政府である。無理難題ばかりの条約内容の内、最も簡単に達成できるのが月野製作所社長の拘束だ。月野の祖父が潔白だったとしても、きっと逮捕状は取り下げられないだろう。
「月野君。王族として謝罪しよう」
「いえ……まだ冤罪と決まっていませんから」
厄介者たるアルヴと、アルヴを恐れる奈国上層。
無駄に大規模な問題が、遠い地球圏から降ってきた。トレーラーの一室に入れるだけの人数で悩んでも解決できそうにない。
この上、更にもう一つ。更なる問題を俺は、鷹矢に伝えなければならないのだ。沈みきった雰囲気で切り出すのは勇気を必要としたが、黙っておく事はできない。
「鷹矢様。アルヴも厄介ですが……惑星に魔族の大群が迫っています」
突然の俺の言葉に、皆が体を硬直させて注目する。が、本命の鷹矢と付き添いの明野の反応は案外薄い。
「ああ、寝言でそう言っておったな」
「……ね、寝言??」
「やはり無意識であったか。ソナタと月野君が逃避行を開始する直前、それらしい通信波がその体から出ておったぞ」
防諜を考えると、今の俺の状態で酷く危険ではないだろうか。
聞かれる相手が鷹矢だったから無事に済んだが、公共電波に寝言が拡散してしまう体質なんて、ぞっとしない。
「確か『魔族、伯爵、来る、和平』の四つの単語であったか、明野よ?」
うわ、ほとんど言いたい事を言ってしまっている。
予科生一年の頃、学生寮で同室だった英児は何も言っていなかったのに。……そういえば、英児とかいう男がいたっけ。英児は今何をしているのだろうか。就職できていれば良いが。
「伯爵級魔族のゼノンが、火星の傍まで来ています。魔族の規模はゼノンいわく、百五十万以上です」
「なんとも、奈国の総人口ではないか……。アルヴも魔族も、火星を戦場にするつもりなのか。他人の庭で喧嘩など、見苦しい奴等よ」
「朗報と言えるか微妙ですが、ゼノンはこれまでの魔族の非を認め、その上で和平を結びたいと言っていました。主観になりますが、嘘を言う人物には見えませんでしたから真実でしょう」
アルヴの総数は分からないが、ゼノン率いる魔族百五十万に勝てるとは思えない。
ただし、魔族に勝てないと分かった時点でアルヴは焦土作戦を開始する。月を地球と火星、二つの惑星の挟撃から守るべく、容赦はしないはずだ。
「一ヶ月遅かったか。……いや、その時はアルヴが奈国を敵と認識し、大量破壊兵器でドームを焼き尽くしていた。タイミング自体は悪くないのか――」
俺には完全に詰んだ状況としか思えない。
だが、鷹矢は両手を組んで思案顔を作り始める。答えの分からない難問に苦しんでいるのではない。もう少しで解答できる数式が、本当に正しいのか再計算している顔付きだった。
「――そうだ。このタイミングが奈国にとって最上級であったのだろう」
鷹矢が明野に指示して、室内の照明を付けさせる。
鷹矢自身は椅子から立ち上がって、ペンを持ってホワイトボードに何か書き綴り始めた。
「奈国の現状はアルヴに怯えているからである。魔族よりも強大な戦力を有する相手と戦っても勝ち目がないからな。賢明な判断であるが……惑星に大量の魔族が来るのであれば状況は変わる」
ホワイトボードの中央に大きな円が描かれて、円の左右にも小さな円が描かれる。
アルヴと書かれた方の円には、予想戦力らしき千機という石鎧の数と、十という数値が追加された。明野いわく、十とは、観測基地が確認したアルヴの惑星間航行船の数らしい。
魔族と書かれた方の円には、百五十万という数値が書かれる。鷹矢に細かく質問されたので、思い出せる魔族構成を答えていき、内訳は詳細化されていった。
「ゼノン伯爵は、地球に降下していたアルヴを排除したと語ったのだな?」
「はい。あ、惑星間航行船は約十五基ですが、一基が十キロ級ドームぐらいかと思います」
小さな二つの円から矢印が書かれて、中央の円に突き刺さる。どうも、奈国を現しているようである。
「さて、奈国の状況についてであるが、外縁軍はアルヴの言いなりだ。内縁軍の中央、北、東の方面軍も外縁軍に同調しておる。親衛隊は静観だな」
大きな円は、円グラフと化していく。奈国総戦力の七割がアルヴに服従した部隊を示し、二割が静観、一割が徹底抗戦派である。
「情けない所ばかりみせておるが、王族はアルヴに屈服している訳ではない。特に、遺跡の発掘調査という要求に強く抵抗している。親衛隊を含む二割は徹底抗戦派に付くであろう」
「鷹矢様。あの、どうして遺跡の調査を行うのです。DNA鑑定で終わる話ではないのですか?」
ルカの至極当然な質問の答えは、アルヴの徹底的な異常性を証明するものだった。
「アルヴは人類を絶滅させた際、人類の情報をすべて焼き払ったと答えおった。人類がどういった恨みを買ったかは知らぬが、アルヴは敵と認識した者を許す事はないだろう」
アルヴは人類のDNAデータはもちろん、人類の標本や写真さえ破棄したのだ。この手で絶滅させた生物なのだから、もう必要のない情報だからと未練なく捨て去った。
だから、超科学力を持っていても標本がないため、火星人類が火星の固有種であるか判別できない。
色々な意味で愚かしい種族だ。
「遺跡の中にある殖民第一世代の棺。その中に安置されている殖民第一世代のご遺体のDNAと、現代のドーム人類のDNAを比較させろとアルヴは申しておるのだ。苦難を極めた第一世代の眠りを覚ますなど、不敬にも程があろうに」
鷹矢本人も、王族の一人として遺跡調査は反対のようであった。
二級市民の率直な意見を言えば、俺達が地球人類の子孫でないはずがないのに、アルヴも王族も形式に拘り過ぎている。俺達が人類以外の何かだとすれば、それはいったい何だというのか。
まさか、本当に惑星の不毛な大地から生じた、生粋の火星人だとでも言いたいのか。火星人である場合、現在の俺達は出自を忘れて別の星の人間を騙る道化な種族となってしまうが、ふざけた話だ。
「……あ、ゼノン伯爵も、何故か奈国の遺跡を調査したがっていましたが?」
「許せぬ。許容外だ。……が、魔族もアルヴも、怨敵が隣にいる状態で調査はできまい。奈国が現状のまま存続するためには、絶対に遺跡を調査させてはならぬ!」
鷹矢が考え付いた戦略は、火星に膠着状態を作り出す事のようだ。
今はアルヴしか現れていないから自由勝手に振舞われているが、天敵たる魔族の登場によりアルヴは余裕を失うだろう。
もちろん、アルヴは魔族と共に戦おう――ただし、最前線はお前な――と命じてくるだろう。その場合、奈国は態度を保留にしてしまえば良い。魔族と和平交渉を開始してしまうのも手だろう。
アルヴは怒るだろうが、その時は機嫌を伺いつつ、何の恨みもないドーム人類を地球人類のように絶滅させるのですか、としたり顔で質問してやれば良い。
「こ……蝙蝠戦略。本気ですか?」
身分の差を忘れて素の口調で鷹矢に質問してしまう程に、酷い生存戦略だった。思い付いたとしても、普通は見っともなくて実行に移せない。
「王族ならば舌を二枚や三枚、持っているものだ。翼だって生やしてみせよう」
時間稼ぎを行うだけなら有効だと俺も思う。が、終わりの見えない綱渡りを続けるのは無理がないだろうが。
「……いえ。時間稼ぎが出来るだけでも良し。こう前向きに考えてはどうですか?」
最も部外者に近い人物である東郷が鷹矢の案を推した。
即刻、アルヴと共に魔族百五十万と戦うよりも、あるいは、魔族と和平して超科学を有するアルヴと戦うよりも、少しでも時間を稼いで平和な時を延長する。
根本的には解決していないが、明日死ぬよりも苦痛を伴っても延命治療で生き続けたいと望む人間は多い。時間稼ぎをしている間に、状況が好転しないとも限らない。
実に淡い作戦だ。




