7-7 停止した世界
何故か東郷の後押しが決めてとなり、鷹矢王子を招いた会議は終了に向かう。
いつの間にか徹底抗戦派の主軸になってしまった俺達は、アルヴと戦う道を採択するしかないようだ。
「こうなると、早々に奈国内部の戦力比率を改善しないとな。五分とまでは言わない。せめて三から四には挽回したい。……余は今すぐにここを経ち、各将軍に掛け合う」
「であれば、わたくし達も行動しましょう。鷹矢様は北部、わたくし達は東部を担当します」
これからの活動方針は、アルヴと戦う意志ある者達を集めていく事だ。アルヴと魔族を天秤にかけるする前に、まず、国内勢力バランスを整える。そのために鷹矢とルカの二手に別れ、目ぼしい人物に声を掛けていく予定だ。
危険はあるだろう。まず、確実にアルヴに目を付けられる。アルヴに同調している軍部も武力を行使し、妨害してくる。
「紙屋なる予科生。いまさら心配しても仕方がないぞ。月野君を匿っている時点で、ソナタ達は茨の道を進んでいる」
真っ先に狙われるのは、指名手配されている月野だ。当面、鷹矢よりも俺達の方が危険だろう。
護衛戦力も、鷹矢よりも俺達に集中させる方向で話は進む。
俺達の戦力は、ルカが率いている内縁軍南部方面軍の石兎Mオプション部隊。通称、特機部隊と呼ばれている精兵らしいが、数的には石鎧二個小隊。
そして、プラス俺――またロジックバグを突かれないようにアップデートが必須である。
内縁軍、外縁軍のほとんどが敵だというのに、数が少な過ぎる。本来は無理をせず、潜伏しなければならない戦力だろう。
「では、明野を置いていく。足しにするが良い」
「えっ、鷹矢様ァッ!?」
「いつまでも余の雑用ばかりしているでない。ソナタは栄えある親衛隊の装着者であろうに」
追加で、捨てられた子犬のような顔をした明野の赤備一機。これでもまだまだ不十分だ。
こうなれば、使えるコネは出し惜しみせずに使い切るしかないだろう。
「あの、鷹矢様。自分の知り合いが一個中隊いるのですが」
どこにいるのか分からないし連絡方法もないのだが、いちおう、俺には熟練装着者ばかりの石鎧中隊の当てがある。きっと隊長達なら俺達に協力してくれるだろう。
「闘兎評価試験部隊か。余が通達しておこう」
「…………今何と?」
「あの兵とは、三年前からコンタクトを取っている。間に合うかは保証できぬが、合流するように言っておこう」
この王子、情報通が過ぎないだろうか。
国の危機など、もう王子一人に任せてしまって大丈夫なのでは。
こう思える鷹矢は作戦会議の後、休息時間さえ惜しんで旅立ってしまった。ヘッドライトを消した輸送車が砂丘の向こう側へと消えていく。
鷹矢に振り回されて苦労していたはずの明野は、目尻に涙を溜めて王子を見送っていた。もしかして、寂しいのだろうか。世の中分からないものだ。
部隊長たるルカは、トレーラーの次の目的地を奈国東部に決定する。
「全車出発せよ。特機部隊に宇宙人を恐れる臆病者は……聞くまでもないですわね!」
トレーラーの指令所でマイクを片手に声を張り、多くの部下に支持するルカの姿は様になっていた。二年前と比べて、外見だけでなく内面も変わっている証拠なのだろう。
卒業試験を共に戦ったルカの成長を見て、不意に、俺は二年の重みを真に痛感してしまった。
指令所にいる顔見知りは、ルカしかいない。
「今の内に訊いておきたい事がある。ルカ」
……今更というか、怖くて聞けなかった事を訊ねる好機だった。ドーム外を彷徨っている際に月野に聞けば良かったのだろうが、月野は不自然に話題に上げるのを避けていたので止めておいたのだ。
「ルカ。曽我瑞穂が今どうしているか、知っているか?」
「あの人は、もういません――」
環境センサーの集音機能が消失し、世界が静まりかえる。
レンズの向こう側が白く染まり、色を認識できなくなる。
石鎧な俺に涙腺という機能はないが、カメラレンズに付着した埃を落とせる、クリーニング用の洗浄液は出せるのだ。
……まったく。たったの二年だと思っていたのに、俺はいつの間にか浦島太郎だったのか。
どうして瑞穂が現れないのか。
この疑問の答えは、瑞穂が俺を死んだ人間と思っているか、瑞穂が死んでいるか、その二通りしかないだろうと予想していた。
心が耐えられると確信してからルカに質問したというのに、俺は落胆を隠せない。石鎧としての機能にまで支障が出てしまっている。
無意識的、装甲板にオレンジ色の文様がぼぅーと浮かんで沈み込む。
俺の中にある、魔的な力まで弱まってしまった気がする。『ソリテスの藁』の力をすべて託してくれているナイナーという名前の魔族が、他人事で大きく傷付いたのか。
ナイナーのお陰で第三者的な視点を持てた。己よりも取り乱している者がいると、人間は冷静になれるものだ。ルカの前で泣く姿を見せずに済む。
かろうじて感情をコントロールできた俺に対し、ルカは言葉で追撃を仕掛ける。
「――あの人は今、城森瑞穂と名を変えていますから」
……あー、ふむ……うん?
世間的にも瑞穂的にも、死んでいたのは俺の方だったか。勘違いで泣かなくて、本当に良かった。
それにしても英児を瑞穂は選んだのか。狭いドーム内では選択肢は限られるが、決して悪くない選択だろう。
ドーム世界において出生率の管理は大切だ。未婚はかなり冷たい扱いを受ける。
また、俺と瑞穂では状況は異なるが、未亡人の再婚もよくある話である。死んだ男を想い続ける美談よりも、死んだ男の親友と結婚する美談の方が、世間の受けは良い。
英児は野蛮だが、強いという一面においては随一だ。殺しておくべきだった男一位の栄光を得た許しがたい奴であるが、殺せない男一位でもある。だから、英児は二年間寝ていた俺よりも推奨できる。
そもそも、婚約していた訳でもない、ただの女幼馴染が嫁いだだけ。それを憤慨するのはお門違いだ。逆恨みにさえ成り得ない。
そう、ただの幼馴染で俺達は終わった。
卒業試験の最後、瑞穂にトドメを刺さなかったのは誰だった?
この質問は、俺をブルースクリーンにしてしまう猛毒だ。瑞穂に毒殺されたくなければ、どうして俺を待たなかったのか、なんて恥知らずな台詞は決して口にしてはならない。
他にも俺が悲しんではならない理由は多い。
例えば、そう。負け犬が逐一キャンキャン喚いたら、ドームの内壁で反響してしまってうるさいではないか。
それに、瑞穂と俺が両想いであった時期がかつてあっただろうか。軍学校での接し方は冷たく、一方的に嫌われていたとしか思えない。毛嫌いされていたから、擦れ違うたびに冷たい視線で刺されたのではないか。……これは鈍感が過ぎるか。
最後に、これは決定的なのだが、お家の伝統に従って己を負かした相手と結婚するなど、前時代的かつ倫理的ではない。流石の瑞穂も、そこまで非常識な馬鹿女ではないだろう。
一ミリも好きではない男を配偶者に選ぶはずがない。ゆえに、瑞穂は英児の強さに魅かれた。俺では逆立ちしても得られない、生物としての強度を英児は持っている。強さに惚れるなど、生物として実に純粋ではないか。
つまり、俺は大人しく、強いカップル誕生を祝うべきなのだ。人間か石鎧かも判然としないこの身にできるのは、新婚の夫婦を祝福するのみ。
ははっ。俺大人だ。
まだ予科生のまま卒業に失敗したらしいのに、おかしいな。ははっ――。
「月野。休養を要する体で申し訳ないのですが……。この通り、紙屋様がフリーズしてしまって。再起動をお願いできますか? 通行の邪魔です」
「どうしてあの女の事、喋っちゃったの!? 紙屋君がこうなる事ぐらい、ルカなら分かったよね!! もうっ、メンタル案外弱いんだから! 馬鹿なんだから!」




