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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
52/106

5-13 子爵級との対面

 外縁軍と魔族の混成部隊と、内縁軍の戦闘はドーム中のいたる所で継続している。

 また、ドーム内に限らず朝日が昇る直前のドーム外でも、重火器を用いて戦いは行われていた。地平線に沿って続く柔らかな光と、爆発物の炸裂による激しい閃光がドームの重厚な球面外壁を照らしている。

 戦況は内縁軍に傾き始めていた。

 運動性に富むパトロクロスの強襲と、魔族という未知の敵の襲撃に泡を吹いていた内縁軍だったが、やはり、地の利はドーム防衛を専門にしている内縁軍にある。

 先ほど、反乱軍の大将たる犬吠埼が捕えられたという未確認情報が流れた事で、外縁軍に目に見える動揺が走った事も要因としては大きい。外縁軍と魔族の連携があまり上手くいっておらず、内縁軍が体勢を立て直す時間を得る事ができたのも理由として挙げられた。

 ドームの外に追いやられたパトロクロスが、また一機爆散する。ドームのへりにある固定砲台に内縁軍石鎧が乗り込み、大砲で狙い撃ったのだ。

『――降伏せよ。既にお前達に勝機はない! 繰り返す、降伏せよ!』

 内縁軍の指揮官が全周波数で外縁軍に通達するが、返事の代りに弾が飛んでくるだけであった。

 サーチライトに照らされているパトロクロスの数は、もう十機ぐらいしか残っていない。

 反乱軍は完全に詰んでいるはずなのに、戦いを止めようとしない。むしろ、何かに急かされるが如く、無謀な突撃を繰り返して命を散らしていく。


『繰り返す。降伏せよ! 命を粗末にするな!』

『駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!』

『繰り返――』

『来るんだッ! ルイズ伯が来てしまうんだッ!!』


 恐怖がにじみ出る声を上げながら、パトロクロスが更に一機、固定砲台へと突撃する。

 レミング症候群に陥った哀れな石鎧であっても、内縁軍としては自衛のために撃墜するしかない。

『朝が来るっ!? 刻限がァ!? あぁッ、ルイズ伯』

『どうしてしまったというのだっ! 外縁軍! ルイズとは誰の事だ!』


『あああぁッ!! 来てしまわれたッ』


 パトロクロスは何かの気配を察知し、次々と背後を振り向いていく。

 ドームの反対側には何も存在しない。ドームの周辺は整備されているが、建造物は存在しない。もっと向こう側には、太陽が昇ろうしている山脈しか見えない。

 外縁軍からは、両手で頭を抱えてひれ伏す者、呆然と立ち尽くす者が続出する。意思消失により、戦闘は終結したかのように思われた。

 電波による通信とは思えない女の声が響かなければ、であったが。


“――愚かしき火星人共よ! 我が支配をこばむ蛮勇の罪科は、その醜き体から流れる血でしか洗い流せぬと知れ!”


 ドームの反対側には、山脈の黒い影しか存在しないはずであった。

 ……いや、日が昇り、稜線と巨大な人形ひとかたの境目が明確に分断されるまで、内縁軍は気付けなかった。

 百メートル規模の巨体を持った墨汁色の何かがドームに侵攻してくる。そんな妄想を内縁軍は想定していないのだから、反応が遅れて当然だ。

 後光を背負いながら規格外な歩幅で進む巨人など、石鎧のカメラ越しではなく、肉眼で直視していたとしても信じられない。

 サーチライトが向けられるが、巨人の体を照らすには光源が小さ過ぎる。胴体の一部を浮き彫りにするので精一杯だ。

 そんな小さな光を嫌った訳ではないだろうが、巨人は尖った指が並ぶ手を前方に突き出す。


“子爵級魔族、ルイズの手に掛かり死ねる名誉に、焼死しろ!”


 巨人の顔の位置にある、赤いうろとなっている両目が狭められる。

 瞬間、墨汁色の手から発射されたのは、真っ黒い怨念の火炎弾だ。手中におさまる程度の大きさでしかない炎の塊であるが、二メートル級の石鎧の立場から言えば、全身を包んで余る巨大な炎の塊だ。

 黒い火炎弾は固定砲台に直撃し、爆発炎上する。砲管制を行っていた石鎧は業火に焼かれて、内部の装着者ごと溶けてしまった。

“蹂躙せよッ! 我が眷属!! 火星を我が領土とした暁には、次は念願の月侵攻であるぞ!”

 巨人の檄を受け、地平線の向こう側から異形の軍団が出現する。その数、およそ五百体強。

 迎え撃つ内縁軍の総戦力は、たったの百機の石鎧。

 日が昇る前と後で、完全に戦況がくつがえっていた。




 満足に動かない両脚でどうにかドーム外に辿り着いた時、ドーム周辺は炎と異形で満ちあふれていた。

 騎兵キャヴァリィ級の集団突撃によって内縁軍の防衛線はズタズタに引き千切られ、開いた穴に市民シビリアン級が殺到している。

 応戦している内縁軍の石鎧は、圧倒的に数が足りない。一部では僧侶プリースト級に精神を乗っ取られた石鎧が同士討ちを開始しているため、戦場の混乱は加速している。

 稼働している固定砲台が魔族の集団へと砲撃しているが、防御担当の魔族に防がれている。ほう、ウォール級とは珍しい。

 そして、ドームを真正面から見詰められる位置に布陣しているのは、たった一体の巨大な魔族だ。

 市民級がそのまま巨大化したような姿であるが、市民級とは異なり顔がある。二つの瞳が存在する。戦場を睥睨へいげいし、内縁軍が疲弊していく光景をニヤ付く表情がある。

 巨人が魔族の貴族である事に間違いはないだろう。

 ドームを囲むように点在する砲塔の一つが、貴族級魔族を砲撃した。石鎧では運用できない大口径の武器であり、軍が運用している火器の中では最上位に位置する迫撃砲だ。

 そんな希望の一発を、貴族級魔族は避けようともせず、生身で耐えてしまう。

 反撃で、突き出した巨大な手から放たれた火炎弾により、迫撃砲は炎上してしまった。

 最早、たった一機の石鎧が加勢した所で戦況は好転しそうにない。

 だが、それでも俺は歩く。遠回りできるだけの体力も気力もないため、戦場を真っ直ぐに進むしかない。

 途中、何度も道をふさいでくる魔族に攻撃され、賢兎ワイズ・ラビットは傷付いた。倒れた回数は数え切れない。

 けれど、既にこの身は壊れかけている。多少損傷が追加された所で足を止める理由にはならない。

 そして、戦場の中央に到達した時だった。

 巨大な赤い瞳が、俺を発見して声を掛けてくる。


“そこの壊れかけ。止まれ”


 俺に殺到しようとしていた魔族が動きを止め、離れていく。お蔭で、戦場のど真ん中に立っているというのに目立って仕方がない。

“見れば見る程、火星人類は不気味であるな。火星に植民した人類の末裔まつえいとはとても思えぬ。低重力化で世代を重ねただけで、こうも不気味な化物に変貌へんぼうしてしまうものか?”

「……お前達、魔族が言う事か。化物のような姿を、している……地球人の癖に」

“ほう。我等魔族について多少なり知識を持つ兵士がいるのか。名乗るが良い”

「紙屋……九郎」

“日系の名か。我は旧ユーロ圏を領土に持つ子爵級魔族、ルイズ伯である。短い間柄となるであろうが、覚えておくがよい”

 発音する事さえ辛い容体なのだが、会話により敵の正体が判明する。五年前の大戦時にも登場しなかった大物魔族が目前の巨人の正体だ。

 ちなみに、俺の爵位権限は男爵級のものである。

 更にちなみに、男爵級よりも子爵級の方が一段階格上で、相応に強いともくされている。

「お前達は、そんな姿でも人間なの、はずだ。どうして、ドームを襲う?」

“領土を維持し、機会があれば拡大を目指すのは貴族の宿命である”

「この惑星は、貧しい。お前達の欲しがる、物はない」

“ルナティッカーとの殲滅戦争は憎らしくも均衡状態が続いている。だが、火星という後背地を得る事により戦力を拡充できるのであれば、戦況を打破できるやもしれぬ。ルナティッカーを挟撃するのにも使えよう。思わぬ幸運にも、原住民もそこそこの戦力を有しておる。ほら、こんなにも価値ある星ではないか。攻め込まない理由はないな”

 これ程長く、魔族と会話を続けられた前例はない。

 ルイズは復讐対象を求めて彷徨さまようだけの下級魔族とは大きく異なり、理性を失っていない。流石は子爵級魔族というべきか。

“実を言えば、我は火星植民者など、とっくの昔に滅びておるものと考えていた。存在さえ忘れていた者が多い”

 問題は、ルイズは理性的に、火星を侵略しようとしているのだが。

“五年前に奇特な貴族が配下を送り込み、お前達の存在を確認しなければ、我も母星を離れようとは思い付かなかったであろう”

「平和は、望めないのか?」

“平和? ふははっ、火星にはその単語が残っているのか!”

 巨大な体で、ルイズは腹を抱えて笑い始める。薄い大気を広範囲に振動させる程に、体をじれさせて爆笑してしまっている。


“戦略核の絨毯爆撃に焼かれながら転生した我等魔族にッ、平和を問うかッ!”


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