5-12 人類最強の男
『王子! ご決断願いたい。奈国存亡の瀬戸際なのです!』
「余の発言にそれほどの重みがあるとな。愉快であり、不愉快であるな。いやはや、虫唾が走ると言ってよい」
『ご決断を! 魔族共は従わぬ人間に対して慈悲はありません。滅ぶのはこのドームだけではないのです』
演習場に隣接する仮設観客席を包囲しているパトロクロスの一団。その内の一機が数歩前に進み出て、拡声で観客席の中央にいる奈国の王子に対して、威圧的な口調で嘆願していた。
パトロクロスの内部からスピーカーで叫んでいるの男は、外縁軍、西部方面軍司令、犬吠埼である。
正確に言えば、犬吠埼は司令の任を凍結させられている。
犬吠埼は外縁軍総司令部にて、誤報により軍装備品を浪費した件で査問されるはずであった。が、総司令部への道中、犬吠埼は独断で軍学校の警備に介入してしまったのである。
外縁軍としては、命令を無視する犬吠埼を許せない。ただし、せっかく軍学校の警備の任を内縁軍から横取りできたというのに、警備部隊の長たる犬吠埼を査問してしまっては内外から揶揄されてしまう。
ジレンマに陥った外縁軍が犬吠埼を放置した結果が、今回のドーム襲撃事件だ。
襲撃部隊の構成は、決勝戦をドーム内外で警備していた西部方面軍精鋭、パトロクロス五八機。他ドームからの増援を押さえ込むために、ドーム外には別働隊も存在する。
更に、犬吠埼の背後に潜む貴族級魔族から貸し与えられた下級、中級魔族が百体近く暴れている。資源は暴力のために浪費され、人的被害も膨らんでいる。
「ドームを壊す異形の集団、魔族か。信じてやっても良いが、何故ソナタは魔族に立ち向かわぬ?」
『既に百名の部下を失っております。今も同胞との戦いで失い続けております。王子が降伏を宣言しなければ、民間人にも被害が及ぶでしょう』
「ソナタが元凶であろうに……」
犬吠埼の狙いは、卒業試験トーナメントの決勝戦に現れる奈国の王子の説得だ。魔族の脅威を実感させ、魔族への降伏を宣言させようとしていた。
王子は尊き人間ではあるが、複数いる兄弟の中の一人でしかない。王子の言葉がそのまま、奈国の正式表明には繋がりはしない。
しかし、たった一言で、反乱軍は大儀を得る事ができる。魔族領での奈国亡命政府の代表に仕立てる事もできるだろう。
これから続く、魔族の戦争で国は荒廃するだろうが、そう長くは続かない。
『王子であれば、開拓の先達の血を受け継ぐ一族であれば、ご決断を!』
魔族は続々と、この惑星に降り立つと犬吠埼は聞かされていた。
「犬吠埼とやら、よかろう。……余は宣言する。奈国は支配に屈しない。戦うのだ」
強情な王子の物言いに対して嘆息した犬吠埼は、王子の説得を諦める。
『……王子、後悔なされますよ』
貴族級魔族、巨体のルイズが到着するまで猶予はない。敵対している内縁軍や親衛隊を停戦させるために、王子の身柄を拘束する。最悪の場合、殺害するしかなくなるが、犬吠埼はとっくの昔に血を流さない方法を諦めていた。
犬吠埼はパトロクロスの一小隊に、王子を捕らえるように指示する。
『アルファ小隊、王子にご同行を願え』
決勝戦に出場していた石鎧が数機、王子の傍に突っ立っている。
警護のつもりなのだろうが、半壊している石鎧ばかりで脅威性はない。若者らしく無謀に立ち向かってくるようであれば、手加減せずに撃てと犬吠埼は部下に命じる。
『予科生は決勝戦に出場する力を持っている。予科生として扱うな』
すべては、王子の責任だ。
王子が戦えと宣言してしまったから、正規の軍人が学生相手であっても手を抜けなくなってしまった。
あるいは……。
ただの軍人相手にやる気が出ない予科生であっても、戦わねばならなくなった、と言うべきか。
『……らしくねぇ。本当に、らしくねぇ』
パトロクロスの動きに呼応して、耳の生えた石鎧が、階段状になっている観客席から跳び上がる。
王子拘束に動く小隊の進路を妨害するように、耳付き石鎧、賢兎は地面に降り立つ。同時に、通信伝聞上に愚痴を零す。
『楽しく戦えればと思って、自重が過ぎた』
自由落下してから顔を上げるまで、賢兎の挙動は酷く緩慢だった。
しかし、パトロクロスを三対のカメラで直視してからのモーションは素早い。
城森英児が駆る賢兎は、地面を深く踏み、強化された脚部の電磁筋肉の瞬発力を用いてパトロクロスの懐に跳び込む。緩急の差の激しい動きにパトロクロスの装着者が対応できていない間に、鋭く構えた左手をパトロクロスの胸部に突き入れた。
装着者までは殺していない。英児にとって、殺す価値も見出せない雑魚だからだ。
パトロクロスの中枢コンピュータのみ破壊すると、ホルスターに入ったままになっていたハンドガンを強奪する。AIにトリガーの電子ロックを解除させた後は、手動で照準を付けて他のパトロクロスを銃撃する。
英児が最も戦いたかった男、紙屋九郎はAI射撃を多用していたが、英児には必要ない。機械に任せるよりも、己のカンに従って撃った方が早く正確だからだ。
『九郎の奴は楽しく人外と戦っているのに、どうして俺はモブとばかり戦っているんだ? 不公平が過ぎるだろ?』
英児は、視界内にいるパトロクロスの頭部カメラを正確に撃ち貫いていく。あっという間に三機のパトロクロスを戦闘不能にしてしまうが、愚痴は終わりそうにない。
『軍学校に入学した初っ端が楽し過ぎた。俺が全力で潰しても、ボロボロのSAで立ち上がってくるゾンビみたいな奴がいて、そいつが九郎だった。世界もまだまだ広い、捨てたものじゃねぇな。と、勘違いさせた九郎の罪は重いだろ?』
パトロクロスは残存九機いる。観客席を包囲している状態だったので、英児機を銃撃するのは容易いが……胸を貫かれた味方を盾にされているため、銃を撃てずにいる。
味方を誤射しない射撃ポイントへと移動するパトロクロスの部隊。
しかし、英児機が盾ごと動き出す方が早い。固形燃料を噴射させて地面を滑りながら移動し、砂煙を置き去りにしていく。
『いざ蓋が開いてみれば、九郎以外に碌な奴が在籍していねぇ。演習で戦う予科生はどいつもこいつも幼稚過ぎて、戦っても楽しくねぇ。九郎の奴はつい殺してしまったんじゃねえのか、って攻撃を加えても耐えるのに、他の有象無象は脆くて手加減するしかない。ストレスばかりが溜まる三年間だった』
英児機は、進路上にいた一機を捕捉する。盾にしていたパトロクロスを未練なく捨てると、踏み台にして跳ぶ。
跳躍する英児機に反応できなかったパトロクロスは、頭部を蹴り砕かれてうつ伏せに倒れ込むしかない。足底の鉤爪できっちりトドメを刺されて、以後機能停止する。
『その九郎でさえも、二、三回叩き潰してやっただけなのに挫折して、細々とした学生生活を送るようになりやがった。白けた俺まで成績への興味が失った。……九郎より成績を下げたつもりはねえが』
敵から奪ったハンドガンを右手に、紙屋九郎から渡されていたアサルトライフルを左手に持ち、英児機は同時に二機の石鎧を処理していく。
パトロクロス側の被害が加速度的に拡大していった。
『そんな九郎が卒業間際になって、やっとやる気を出した。だというのに、チームメンバーに俺を指名した時は唖然とした。怒りもした。俺に絶対勝てないからって、メンバーにしてしまうかっ! 腰抜けめ!』
パトロクロスとてカカシのように棒立ちになっている訳ではない。回避行動は行っているし、連携で英児機に接近戦を仕掛けようとした有望な者もいたのだ。
それなのに、英児が弾丸一発、蹴り一撃で撃墜しているから、簡単な作業風景にしか見えなくなっている。
『それでも九郎が入学当時のギラギラした気持ちを復活させるならと、色々配慮してやったのによ。最後まで俺を戦わせないなんて、酷い裏切りだ。……本当に、この落とし前は、どうしてやろうか』
ブースト加速で接近してきたパトロクロスを、英児機は一歩横に退いただけで避ける。脚だけを進路上に残していたので、パトロクロスは躓き、バランスを失って頭部を地面で磨り潰す。
『本当に、どうしてやろうか?』
『予科生相手に、浮き足立つなッ!!』
七機目のパトロクロスが英児機に倒されたところで、反乱軍の総大将たる犬吠埼が吠えた。
決勝戦を見ていた犬吠埼は、賢兎の性能を知っている。最悪、敵となる可能性のある石鎧の性能は作戦前に記憶していたのだ。
一回戦では、並の石鎧を置き去りにする走破性を見せた。
二回戦では、標準体型の石鎧とは思えぬ堅牢性を見せた。
三回戦では、様々な規格に対応してみせる互換性を見せた。
優秀な石鎧である事は間違いなく、一回戦ではパトロクロスを破っている。装着者も、魔族を戦うだけの度胸がある。
しかし、常識的に物事は考えるべきだ。ドーム外の過酷な環境で国防任務をこなし、日々錬度向上している正規の軍人に予科生が敵うはずがない。思わぬ反撃に動揺せず、パトロクロス本来の運動性能を引き出せる犬吠埼であれば、兎を狩るのは容易い。
犬吠埼は、英児機を中心に時計回りに移動して、アサルトライフルの射線から逃れる。精確な照準で放たれるハンドガンは、その正確さゆえに着弾点の読み取れる。
『チーム・月野製作所の二番機! 君の戦い方は、単調ッ』
決勝トーナメントにおける英児の成績は、目立たないものである。ミスの少ない装着者である。こうとしか評価できない。パトロクロスの上位機種、アキレウスを駆る予科生が敵に回られると厄介だと考えていた犬吠埼にとって、賢兎は恐ろしい相手ではない。
英児機が鹵獲したハンドガンが残弾ゼロになったのを見逃さず、犬吠埼はアサルトライフルによる一方的な攻撃を開始する。
奈国の石鎧は運動性重視の進化を続けている。装甲の重い石鎧など、最早時代遅れの産物――。
『黙れよ。何の変哲もない軍人』
英児機の眼光が刺激的な紫色に輝く。
すると、英児機は犬吠埼が放つ弾丸をすべて避け切ってみせたのだ。
まるで蝋燭の炎のような揺らいだ動きである。砂漠で旅人を惑わせる蜃気楼のような動きだったとも表現できる。
あらかじめ、どこをどのタイミングで弾丸が通り抜けていくのか熟知していなければ決行できない挙動を、英児はすべて己のカンのみで実行してしまったのだから恐ろしい。
『どうしてこの至近距離で避けるッ!』
そして、マガジン交換の僅かな合間を見逃さず、英児機は犬吠埼に肉迫する。
『どうしてパトロクロスの運動性能を上回るッ!』
瞬きする一瞬の間に、十メートル近くの距離を詰める瞬間移動じみた移動術の正体は、電磁筋肉の伸縮と背面ブースターの燃焼を完璧に同期させる高等テクニックだ。曽我瑞穂も使える技術であるが、英児のそれはより完成度が高い。
『じゃあな、ツマラナイ軍人』
『ば……馬鹿な。こんな規格外な人間がいるのなら、私は一体……、何のために魔族などに……っ』
紙屋九郎は常々、城森英児を友人ではないと呟いていた。野蛮な男とさえ評していたぐらいだ。
純正の人間であるはずの英児が、魔的な力を有する九郎に全勝しているのだから仕方がない事である。予科生同士の演習でありながら、石鎧をスクラップにしてしまう程に激しい殺し合いを仕掛けてくる男を、友人とは呼べないだろう。
英児機は手刀でパトロクロスを斬り刻み、反乱軍の総大将を討ち取る。英児本人は、そんな誉れは一切感じていない。
『……まぁ、九郎が駄目なら。他の奴で欲求を満たすしかねぇか。九郎以外に有望な奴と言えば――』
総大将が敗れたのに戦闘を続けるパトロクロスを屠りながら、英児は観客席を見上げる。
『――九郎が熱を上げていたぐらいだ。見てくれも、戦闘センスも、好みではあるな』
英児の視線の先には、膝を抱え、己の殻に閉じこもっている黒髪の少女がいる。傍で行われている戦闘や、ドームの行く末など関係ないと態度で示している。
『曽我瑞穂か……。九郎への報復にも、一番の女だな』
男に振られて泣く姿を隠している瑞穂を見て、英児は石鎧の中で喉を鳴らした。




