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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
50/106

5-11 藁を背負う石鎧

 三方から串刺しにされている俺の傍を、数機のパトロクロスが駆け抜けていく。

 敵部隊の迎撃は失敗に終わった。騎兵キャヴァリィ級を足止めできただけでも金星であろうが、石鎧の多くを逃してしまった。くやしくてならない。

 何より悔しいのは、俺の命も終わろうとしている事である。

 体に突き刺さる図太いランスからは激痛が発せられており、早く抜いてしまいたい。けれども、今抜いてしまうと、傷付いた内臓からの大量出血でショック死してしまう。

 血反吐を飲み込む動作さえ、万力で胴を潰される拷問に等しい。生きている感覚が苦痛そのものだというのなら、生物は何のために生まれてきたのかなげきたくなってしまう。

『予科生、返事をしろ! クソッ!』

 赤備あかぞなは三機のパトロクロス相手に孤軍奮闘していた。戦況は悪くなく、今もパトロクロスの片腕を斬り飛ばしている。が、敵も必死。予科生が操っていた石鎧と同一機体だと思えない程に、粘り強く戦闘を引き伸ばしている。

『お前達は、奈国の武士もののふとして恥ずかしくないのか!』

『我等は汚名を恥じない! 魔族の手先となろうとも、魔族に喰い殺される未来より祖国を守る。犬吠埼指令はそう決断されたのだ!』

『そこの予科生を見ても、そう言えるかッ。外道共がッ』

 俺のために叫んでくれる明野に惚れてしまいそうだ。

『豊かなドームの内側にいた親衛隊も、内縁軍も知らぬのだ。魔族は異常なのだ。石鎧で太刀打ちできるはずがない』

『だから、そこの予科生を見――言えッ』

『ルイズ様が迫っ――れるのだッ。刻限まで――このドーム――制圧できねば、皆死ぬのだぞ! 親衛隊!』

『そうだ、私――親衛隊と――責務を、果た――』

 通信機の調子の悪化して、石鎧同士の会話が聞き取れなくなってきた。

「はぁ、ハァ、はぁ」

 ……違う。賢兎ワイズ・ラビットが壊れたのではない。俺の意識が朦朧もうろうとしているからだ。

 風邪をこじらせた時の発熱の、その何倍もの高熱を皮膚から感じる。血を失っているから寒気を感じるかと思えば、酷く熱い。

 全身から湧き出る汗が蒸発して、賢兎の中が蒸し風呂状態となっているのか。出血多量や内臓破裂で死ぬより早く、蒸し暑さで死んでしまいそうだ。荒い呼吸を続けているので、息の水蒸気が理由かもしれない。

 とにかく暑い。

 ヒビ割れ、一部がブラックアウトしている曲面スクリーンの内部で、魔族の文様に埋め尽くされようとしている俺が苦しんでいた。

 細かく伸び続けているオレンジ色は、縦横無尽に描かれているように思えて、一部ではフラクタル構造を作り上げている。

 植物の根に似ている。より似ている構図は、魔法陣なのだろう。

 魔族由来の力が俺の命を喰らい尽くそうしているのか。

 あるいは……能力が真の力を解放しようとしているのか。


“――ドウシテ、ダ? 魔族ノ臭イガスル??”


 まだ死なない俺を不思議がって、騎兵級はランスを押し込んでくる。

 痛覚が致死量レベルにまで刺激される。

 だが、ランスの先端に掛けられている圧力の割には、ほとんど沈降して来ない。最早、突き殺すなどという甘い力加減ではない。騎兵級は穴を無理やり広げて、肉を引き千切って分断しようしているはずなのに、俺は人間としての形を保ち続けていた。

 賢兎は両手をダラリと下げており、一切の抵抗をしていない。だというのに、魔族三体に潰されようとしている人間が何故生きていられるのか。

 爵位特権の『ソリテスのわら』が原因だと思われるが、だとしても不可思議だ。

 魔族元来のこの特権は、ダメージ量を半減させるだけだったはず。魔族にたずねた訳ではなく、経験から導き出した推測であるため、多少の間違いはあるかもしれないが。

 どのように推測したのかを具体的に言えば、泣きわめいて中断を訴える俺入りの石鎧に対して、隊長が実弾を撃って試したのである。弾が装甲に入り込んだ深さを何度も計測して、能力の解明に努めたのだ。その努力が無駄であったなど信じたくはない。

 まあ……流石の隊長でも、同じ箇所に二度も弾を撃ち込む狂気性を持ってはいなかった。

 仮に、『ソリテスの藁』の能力がダメージ半減でないのなら。

 致命傷が続いているのに死なないのであれば――まだ無茶ができる。

「はァ、ハァ、はァ。クソ……俺も大概だな」

 二つ残っていた手投げ式グレネードを握る。特別な躊躇ためらいはなく、片手で器用にピンを抜き去る。

 賢兎の頭の上、騎兵級の胸の位置にグレネードを差し出す。

 かかげられた爆発物から逃れようと騎兵級はザワ付くが、俺の体に刺さったランスが抜けずにあせるだけだ。その様子を、賢兎の頭部カメラを光らせてあざ笑ってやる。

 激昂状態にある魔族であっても、攻撃手榴弾は効く。無用心に、俺を深く突き刺すために接近していた事もあだになった。

 時間だ。

 手の平の上で二つのグレネードは起爆した。音速を超える衝撃波を周囲に撒き散らす。

 外縁軍が用いるグレネードは、大気の薄いドーム外でさえ殺傷範囲にいる石鎧のフレームをひしゃげさせる。大気で満ちたドーム内で使用すれば、殺傷性はより高まる。

 三方にいた騎兵級は、上半身のあらゆる関節を稼働範囲外に折り曲げた。内臓はズタズタで、激昂していた魔族であっても即死してしまう。

 衝撃波で弾き飛ばされた大気の隙間へと、土煙が吸い込まれていく。

 ちりおおわれた爆心地では、片手を上げた賢兎が原型を留めている。塗装は剥がれて、腕からは漏電しているのに、まだ生きている。

「まったく。ゼー、ハァ。自己診断で、損傷九割。それでも、まだ動くなら……」

 グレネードの直撃を無力化できた訳ではない。きっちりと爆発の衝撃で傷付いている。

 命を数量化して横棒で表示できるなら、ほんの少し、藁のくきの隙間だけの命が残っている状態だ。

 俺の命は、残り一本の藁で消失してしまう。


 …………だが、それは可笑しい。命はそんなに数値的か。



 例え話をしよう。

 石鎧に藁束を背負わせ続ければ、かなりの体積を必要とするだろうが膝を付くだろう。これは正しい。

 では、一本ずつチマチマと藁を追加していった時も、石鎧は過重により潰れてしまうのか。限界ギリギリまで藁を乗せた状態から、たった一本藁を追加しただけで、科学の結晶たる石鎧が潰れてしまうものだろうか。これは疑問だ。

 たった一本の差であれば、誤差の範囲に収まって耐えられるかもしれない。何せ、空気のように軽い藁一本である。計測誤差は十分に考えられる。

 では、次だ。

 この限界ギリギリまで藁を乗せた石鎧に、たった一本藁を追加しただけで、科学の結晶たる石鎧が潰れてしまうものだろうか。これは疑問だ。

 たった一本の差であれば、誤差の範囲に収まって耐えられるかもしれない。何せ、空気のように軽い藁一本である。

 ふむ、案外大丈夫だ。次も考えよう。

 この限界ギリギリまで藁を乗せた石鎧に、たった一本藁を追加しただけで、科学の結晶たる石鎧が潰れてしまうものだろうか。これは疑問だ。

 たった一本の差であれば、誤差の範囲に収まって耐えられるかもしれない。何せ、空気のように軽い藁一本である。

 では――。



「はぁ、ハァ、はぁ」

 騎兵級は灰となって消えていった。くさびのように打たれていたランスも消滅して、俺は自由を得る。

 貴族特権でまだ死んでいないとはいえ、ほとんど死に掛けているのだから、このまま倒れてしまいたい。『ソリテスの藁』は肉体的な苦痛をやわらげる効果を一切持っていないのだから、気絶してしまうのも得策だ。

 そんな本心を無視して、俺は歩き始める。

『おぃ、予科生……』

「はァ、ハァ、はァ」

 壊れたカメラで進路上を見る。

 赤備とパトロクロスは、ゾンビのような足取りの賢兎におびえて硬直していた。敵同士であるのに戦闘を中断し、煙の中から現れた俺を凝視し続けている。ただ壊れているだけなのに、そんなに俺が特殊に見えるのか。

 明野達に救援を求めず、傍を通り過ぎて行く。

 目指しているのは、ドームの外だ。単体でドームを破壊できる魔族の貴族が、そこにいる。

 人類唯一の生活圏であるドームは、何よりも貴重だ。そこに住まう人間も同じぐらい貴重だ。

 数千人いる人間の内、二人の少女達は最重要だ。

 この身がある限り、守りたい。

「はァ、ハァ、はァ」

『穴が、おい……』

『嘘だ。嘘だ嘘だ。魔族を……予科生ごときが』

 アンデット《死に損ない》。

 そんなつぶやき声が、パトロクロスの誰かが言ったような気がした。

「はァ、ハァ、は――がァッ、はぁ、ハァ、はぁ」

 血を吐きながら笑う。

 俺もそろそろ、人間を止める時が来てしまったらしい。


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