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キカイな物語  作者: クンスト
3章 卒業試験トーナメント後半
45/106

5-6 決勝 -暗転し始めた戦場-

 ハンドガンの弾はすべて無視して、アキレウスの接近だけを注視する。

 アキレウスの開発理念か瑞穂みずほの趣味かは判別できないが、射撃武器が酷く貧弱なのだ。確認できているのはハンドガンのみ。賢兎ワイズ・ラビットの前面装甲を貫通できないのであれば、アキレウスの弾は気にしなくて良い。爵位特権を使うまでもない。

 問題は、ハンドガンで牽制しながら接近してくるアキレウス本体だ。

 近接武器は実に鋭利である。今も短剣で斬り付けてくると見せかけて俺の傍を横切り、ひじに隠してあったカッターで腕の関節を狙っている。

 腕に取り付けてあるマケシス製の腕輪を盾にして、どうにかしのぐ。

 カッターが食い込むと内部の固形燃料が着火、爆発反応装甲として役割を果たした。

「もらったっ!」

『こけおどしだッ』

 爆発の余波を受けてバランスを失ったアキレウスへと、渾身こんしんの回し蹴りを繰り出す。が、逆に振り上げた脚をナイフで斬り付けられる結果になってしまった。

 いちおう、足底の爪でも狙ったがアキレウスには届かない。


 決勝戦が開始してから早くも十五分弱。

 賢兎の切り傷が目立ち始める。体に刺さっている短剣の数も五本に増えている。アキレウスは何本の短剣を装備しているのやら。

 アキレウスも無傷ではないが、形勢は瑞穂に傾いている。誰の目から見ても分かる事であるし、俺も散々予測していた事だ。

 一旦、距離を取ったアキレウスが、両手に短剣を装備し直す。

『これまでの演習と変わらない。お前はいつまで経っても、変わらない』

「そうか。旧型演習機の時と、高価な石鎧アキレウスを着ている今で変わらないか。差は縮まっていそうだな」

『お前はいつまで私を待たせるつもりだッ』

 アキレウスが土の地面を軽く踏み込む。瑞穂が突撃してくる予備動作だ。

 電磁筋肉の伸縮が圧倒的な初速を生み出し、豊富な固形燃料の燃焼が持続的な加速に繋げる。その瞬間、白いかすかな残像が曲面スクリーンの左端へと流れていく。

 石鎧の限界速度を突破した死角からの奇襲。相応に、アキレウスの中にいる瑞穂にも負担が掛かっているはずなのに、一度も操作を誤らない。舌を巻くしかない技能であるが、いい加減慣れた。

 俺を中心に反時計回りに二七〇度移動していたアキレウスを、AIに警告する前に直感する。短剣を刺そうと伸ばしてきたその細い腕を掴み取ってやった。

 腕を引いて、石鎧の胴体と胴体をぶつけ合う。アキレウスの顔も、賢兎の頭に衝突する。

「俺を置いていってばかりの女が、引っ越していった女が、勝手な事ばかりを言うな!」

 空いている方の手に持っている短剣で、アキレウスは何度か突き刺してくるが角度が悪い。

 これまでにない好機であるが、手が足りない。アサルトライフルを構えようとしている右腕が、アキレウスが邪魔で動かせない。左手はアキレウスの腕を掴んでいるので使えるはずがない。

 だから仕方が無いので、俺は銃口を地面に向けたままトリガーを引いた。

 苦し紛れの運頼みに銃弾を発射したのではない。

 Cオプションの賢兎のアサルトライフルには、アドオン方式でグレネードが一発付いている。俺はそれを足元に向かって発射したのだ。

 以前、自走地雷に脚を破壊された苦い経験があったが、月野の手により脚部の対爆性は向上している。爆発の被害はそんなに心配はいらないさ。たぶん。

『九郎の癖にぃッ、生意気を言うな!!』

 演習爆煙の原色に賢兎の全身が包まれた。被害判定は迅速に行われ、右脚部の稼働率は八割減となる。

 気になる瑞穂のアキレウスは……傍にいない。

 環境センサーが捉えた煙の向こう側、およそ八メートル先に何故か倒れている。

「ほら、今だって俺を置いて、トカゲのように逃げた癖に」

『無茶を言うなっ!』

 賢兎が掴んでいた右腕をパージして、アキレウスは爆発範囲外へと逃れたのだ。流石の素早さであるが、完全に爆発を回避できた訳ではないようで、立ち上がる仕草がぎこちない。

 アキレウスは総合能力三割減、といったところか。

 片脚を犠牲にした割には酷い戦果だ。




 決勝戦を巨大スクリーンまたは肉眼で観戦している観客達は、二機の石鎧の近接戦闘に息を呑んでいた。

 下馬評ではアキレウスの一方的な勝利になると噂されていた。下手をすれば一分で決着が付くとさえ言われていた。

 だというのに、目前で行われている戦闘は意外にも見ごたえがある。アキレウスが優勢であるのは間違いないのだが、月野製作所製の石鎧、賢兎が粘り強い。

 力量差のある戦いである。だからこそ、実力の低い方が必死に戦う姿に鳥肌が立ってしまう。人間は圧倒的な力に憧れる生物だが、圧倒的な力に対峙する挑戦者に共感する生物でもあるのだ。

「今年は当たり年であったな。公務を楽しんでしまっては、兄上と弟達にはうらまれてしまうではないか」

 仮設されている観客席の中央、白い幕で仕切られた貴賓席でも一人の男性が愉快に笑っている。

 奈国の第二王子たる彼は、傍仕えの女に声を掛けた。

「両機ともに悪くないが、ソナタの好みはどちらであるか?」

「アキレウスと言いましたか。奈国の石鎧の趣向を限界まで突き詰めた見事なSAです」

「なるほど。で、本音はどうであるか?」

「あの速度を使いこなせる装着者は稀です。軽量化のために火器を廃止。スラスターの増設により固形燃料の消費増加。メーカーのエゴの塊のようなSAで反吐が出ます」

「親衛隊の最先端たる先進的石鎧運用中隊殿がそのようでは、支援者としては困るな。一介の予科生が手足の如く動かせるSAを、明野友里あけのゆりが動かせないか」

 傍仕えの女は装着者特有の体の線を浮かせる程にぴっちりと張り付く、黒い気密スーツを着ている。引き締まった体を見せ付けている訳ではなく、即座に石鎧を装着できるように準備しているだけだ。

 彼女の名前は明野友里。入隊の困難な親衛隊の中にあって、若輩者でありながら新設部隊の隊長を務める。彗星のような存在だ。卒業試験では王子の警護も行っている。

 ……同時に、やんごとなき王子に気に入られ、業務外の心労を抱えている二十歳の女でもある。

「固形燃料を枯渇させると同時に、親衛隊の予算を枯渇させても良いのであれば親衛隊でアキレウスを採用すればよろしいかと」

「それは困る。が、優勝したSAには毎回何かしらの褒美を与えねばならん。財源的には、対戦相手たる耳付きに勝ってもらわねばな」

賢兎ワイズ・ラビットですか。あちらも、外聞的には問題のあるSAですが」

「ほう、どのような?」

 歓声が沸いた。自滅角度で賢兎がグレネードを地面に撃ち込んだようで、煙が立ち上がっている。

「前身となったSAに欠陥があったのです。評価試験中隊が壊滅しております」

「なるほど。それは不味い」

 アキレウスはダメージにより遅くはなったものの、まだまだ動けるようだ。

 一方で、賢兎は一歩も動かずに防御を続けている。これまで以上に一方的な戦いが始まった。

「しかし、欠陥機が決勝戦に上がってくるようでは、奈国の未来は暗いではないか」

「別に、今戦っている賢兎の性能を疑っている訳ではありません。個人的に言えば好みの分類です」

「耳付きが好みとな。可愛らしい趣味ではないか。しっかりと応援してやりたまえ」

 無表情を貫き通す明野を、奈国の第二王子は笑っていた。

 明野は王子を完全に無視して、ふと、白い幕の外から掛かった声に応じる。


「外縁軍、西部方面軍指令、犬吠埼です」


 警備上の要件で現れたという外縁軍の司令官を、明野は招き入れた。

 外縁軍は急遽、警備部隊として加わった外様であるが、真剣に働く犬吠埼の姿を明野は知っている。王子との会話で気がゆるんでいた訳ではなかったが、警備の重鎮たる犬吠埼の入室をあまり警戒してはいなかった。

 だからだろう。明野は、脚を蹴られ、背中を押さえつけられた事への対処が致命的に遅れてしまう。

「貴様、何をッ」

「全員、動かないでもらおう。王子も、そのままご観戦を」

 ガチャリ、と銃が構えられた音が響く。犬吠埼が取り出した銃が、明野の頭部に向けられた音だ。

「言われなくとも観戦はさせてもらおう。明野も頬が冷たいであろうが、そのまま静かにしておけ。他の者も厳命であるぞ」

 明野以外の親衛隊隊員も、王子の言葉に従って状況を静観し始めた。明野を無視して王子を逃がすべき状況ではあるが……一概には決め付けられない。

 犬吠埼は外縁軍の司令官である。単独での犯行であれば、明野の尊い犠牲によって容易く制圧できる。が、警備に当たっている外縁軍部隊すべてが敵である場合、最悪、奈国の軍隊同士の戦闘に発展する。ドームは火に包まれてしまうだろう。

「犬吠埼とやら。訪れた要件を聞いておらんが?」

「王子には奈国の従僕化を宣言していただきい」

「我が敵国から敵を奪ってしまうのは忍びない。聞き入れられんな」

 敵に寝返った外縁軍の武将を、王子は容易く笑う。

 しかし、犬吠埼は常に真剣なので笑わない。御伽噺おとぎばなしのような事を口走ったとしても、冗談である可能性は酷く低い。


「いいえ。奈国が今後仕えるお方は人間ではありません。今日より奈国は、地球の魔族、ルイズ伯様の一領土として新生いたします」


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