表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
28/106

4-8 真・うごめく者達

「…………知らない天井――」

 かちり、とスイッチが入るように、ぱちり、と目が覚める。

 羽化したばかりの雛のような両目に映ったのは、白亜な天井と壁と布団と。

「――と地球時代の古事記にあるが、そもそも起床時に天井意識している人間はどれだけいると思う。エージ」

「頭を銃で撃たれたのに余裕だよな。九郎」

 壁に付いている時計で時刻を確認した。二回戦は午前中に開始されて今は正午なので、二時間しか意識を失っていなかった事になる。戦場ではたった一分の気絶でさえ命取りになるのだ。二時間は確実にアウトな時間なのでもっと精進せねばなるまい。

「一般人は普通、こめかみ撃たれた時点でアウトだと俺は思うぞ。九郎」

「月野のお陰だな。賢兎が売れれば命を失う兵士が減る」

「……まあ、そういう事にしておいてやろう」

 至近距離から実弾で撃たれた俺は、直に軍学校の術室に運び込まれたらしい。とはいえ、銃弾は比較的装甲の薄い顔の部分を貫通していた。石鎧から救出しながらも、多くの人間に生存は絶望視されていたとか。

 だが、医師による診断の結果、弾は俺のこめかみ部分に命中していたが、貫通していなかったと判明する。軽い脳震盪のうしんとうを起しているだけと判断され、保健室のベッドに寝かされていた。

 ふと、天井だけでなく周囲の環境が気になって、首を動かして見回す。

 認めたくないが、城森英児なる男しか部屋にいない。人間、窮地の時こそ人徳が光るものだというのに、英児しかいない。

 野郎が眠っている俺の傍にひかえていたむなしさで、心が満杯になる。

 涙点るいてんから涙をにじませつつ、二回戦の試合の行方を英児に聞く。

「実弾の使用により、チーム・アベンジャーズの失格だ。チーム・月野製作所は三回戦進出が決定した」

「良かった。最低限の役目は果たせたか」

 賢兎にかなり無理をさせる戦い方をさせてしまった。これで負けていた月野に申し訳が立たない。

「九郎が倒した二機の中にいた予科生は内縁軍に逮捕された。だが、リーダーだった奴がSAを着たまま逃走している」

「ドームのどこに逃げるつもりなのだか」

「あんな小者、放置しておいても勝手に捕まるだろう。月野は被害者側の代表として事情聴取を受けている」

「ルカはどこにいった?」

「さあな。何かキレた顔してどっか消えた」

 それで残りの英児が俺を見守っていたと。人選が間違っている。

 英児は、負傷者をニヤニヤしながら見守っている男なのだぞ。

「……エージは妙に嬉しそうだな」

「二回戦から、少しだけ本気を出した九郎を見られた。思った以上に収穫のある試合となったのに、楽しくないはずがない」

 英児はチーム・月野製作所で唯一無傷で生き残っていたらしい。無反動砲も要領良くやり過ごし、俺の奮闘を影から見守っていたなんて、頼もしい男だ。仲間にした甲斐かいしかない。

「三回戦は二日後予定かだったか。また面倒が起きなければ良いが」

「それじゃ楽しくないだろ? 今年は複数チームによるバトルロワイヤルになるらしいから、それなりに期待できそうだ」




 荒い息の水蒸気で曲面スクリーンを曇らせながら、その予科生は逃走していた。

 どこか当てがあっての逃避行ではない。ただ、演習場に残ったままだと内縁軍に捕まってしまうから逃げているからだ。

 三年も我慢して軍学校に通っていた。大きな体を縮めて、それでもせま苦しい石鎧を着ていたというのに、ここで捕まったらすべてが台無しとなる。

 だから、男子予科生は目的なく逃げ続けている。

「クソッ、クソッ。どうしてこうなった!」

 とはいえ、この男子予科生の命運は既に尽きているのだが。

 閉鎖社会であるドームの内部で犯罪を行えば、それは密室の中で殺人を犯して出られなくなった、未完全犯罪の犯人のようなものだ。間抜けなだけである。

 無理をして外に出ても無駄だ。ドームの外は低酸素地帯であるため、どうしても空気を得るため、ドームの内部に戻る必要がある。

 奈国以外のドームに逃亡するという手段はなくはないが、予科生ごときが採択できる方法ではない。そもそも石鎧の歩行能力で辿たどり着くには準備が足りない。

 だから、男子予科生に未来はない。

 たかだか卒業試験のトーナメントで実弾を発射した男子予科生は、己の首を吊ったに等しい。

「そうだ。元凶のアイツはもう殺しているのに、どうして俺の人生は好転してくれない?!」

 しかし、男子予科生の未来が失われている理由は、彼に逃げ場がないからではない。その内、内縁軍に見つかって御用となるからでもないのだ。

 男子予科生のあとを……、一機の白い石鎧が猛追しているからである。

 逃走の男子予科生は、演習場からドーム外へと通じる門を目指していた。試合で着ていたマケシス製の石鎧で走っている。

 ドームの内壁は目前だ。外に逃げるだけなら、達成できたかもしれない。

「殺してやったのにさ――」


『――黙りなさい』


 円柱部位の多い石鎧が、突然の無線に驚いて足を止める。


『――お前は彼を撃った。彼を殺した? そんなはずはない。彼は昔から私のモノだ。共に幼少の性格形成期を、尊敬すべき父よりも親しく生きてきたのだ。彼が未だに私を超えられないのははなはだしく遺憾だが、それでも彼はいつまでも私のモノだ。たとえ世界が滅んでも彼と再会する覚悟がある。永遠に私は彼が私を超えることを願い続けるだろう。だから、そんな私の彼がお前ごときに殺されるはずがない』

 女の声で語りかけてくる無線は、感情的なはずなのに低いトーンで続けられた。


『――それでも殺したというのなら、代償は……お前の命だ』 


 視認領域外から現れた一機の白い石鎧が、常識外れな速度で接近してくる。

 固形燃料の小刻みな点火と、電磁筋肉の躍動力の調和が高いレベルで成されている証拠だ。足を踏み込むタイミングではブースターを切り、踏み出す瞬間にはブースターを再点火する。ブースターをオンにし続けた場合よりも燃料消費は激しいが、地面を踏み込む電磁筋肉の力を最大限に活かす事ができる歩行技術である。単純な工夫であるが、実践するとタイミング合わせが非常に難しい。

 白い石鎧の最高速は、一般的な石鎧の五割増し近くに達している。流線型の顔がやじりのようであり、風を切って突き進む。

 マケシス製の薪助で逃走する男子予科生は、現れた白い石鎧の技量に唖然あぜんとしてしまい、背後を振り返った姿勢で固まってしまう。

 実弾入りのハンドガンは死にぞこないに破壊されてしまい、迎撃可能な武器がない事実が男子予科生を硬直させてしまったのだろう。空手の状態で、予科生の撃墜王と戦えるはずがない。こう瞬間的にさとったという事でもある。

 しかし、何より――、


「どうして、曽我瑞穂そがみずほが?? 俺を追――がわァッ?」

『潰れろ。虫けら』


 二回戦の出場選手である曽我瑞穂が、誰のためにかたきを討とうとしているのか、男子予科生にはさっぱり分からない。

 無防備だった背面装甲を回し蹴りで潰され、内部体積が減少していく。

 体を圧迫されて、肺も圧迫されて強制的な悲鳴を上げてしまう。

 それでもなお、男子予科生は曽我瑞穂に恨まれる理由に思いいたらなかった。




 珍しく砂塵さじんに覆われていないドーム外の快晴の下、奈国西部にある廃ドームへと向かう車両が存在する。

 石鎧の輸送用に使用される軍用車両だ。防塵防弾処理が施された外装は装甲で角ばっており、赤褐色の車体は無骨である。

 輸送車両は通常の巡回ルートを外れて赤い荒野を走っている。遭難した訳ではなく、意志を持って輸送車両は進んでいる。外縁軍の中央司令部に対しても極秘に動いているので、確信犯である事は疑いようがない。

 搭乗者で最も階級が高い人物は、犬吠埼大佐。外縁軍西部方面軍の指令だ。

 犬吠埼は以前、誤報・・に対して大々的に軍を動かしてしまった。その失態により、司令官としての力量を問われて現在は謹慎の身である。だから、今のように勝手にドーム外に出るのはご法度はっとだ。明るみにであれば処罰はまぬがれないだろう。

 犬吠埼は輸送車両の内部で硬い表情を維持し続ける。

 ひたいから流れ落ちた汗の由来は、輸送車両内の温度でも外縁軍の処罰に対する恐怖でもない。

 これから謁見えっけんしようとしている存在に対する強い畏怖を心で増大させ、犬吠埼は冷や汗をかいているのだ。


 悪路が終わり、輸送車両は目的地に到着した。

 場所は、大戦時に放棄された廃ドームである。以前、誤報に惑わされて多くの石鎧が急行した土地である。廃ドームの壊れた外壁の穴から、内部の廃墟へと輸送車両は突き進む。

 進入の際、計器に若干の反応があった。監視している事を暗に告げるために、瓦礫がれきを意図的に崩したのだろう、と犬吠埼は直感していた。

 廃墟の中央にある広場に到着し、犬吠埼と彼の部下数名は外に出る。

 着ている装備は薄い気密スーツであり、石鎧ではない。生身同然の姿をさらす恐ろしさはあるものの、石鎧程度の外装を着込んだ所で、これから対面する存在に対してはあまり意味はない。

 広場には何一つないように思えたが、犬吠埼達を出迎える声が頭上から響いた。


“――聞こうか。犬吠埼”


 地平線から少し見上げた先にあったのは、墨汁色をした巨大な顔だ。人間でいう所のうつ伏せの姿勢を巨大な化物がとっているため、位置関係的にくぼみが赤く光っているだけの顔だけが見えている。

 この巨大な生物は、この惑星由来の生物ではない。そもそも、現世に実在して良いモノであるかも疑わしい。ビルほどに大きな体を、人形ひとがた華奢きゃしゃな筋肉で維持できるはずがないのだ。

 この黒い巨人を筆頭とする正体不明群は、自らを魔族と呼称していた。

「ルイズ伯様。戦力は整いつつあります」

“その鎧、石鎧と言ったか。数はどの程度となる?”

「西部方面軍全体で四百機程ですが、実際に動かせる数は三百前後とお考えください」

“良く集めたと言いたいが、数が足りまい。我が眷属からも戦力をつのってやろうぞ”

 犬吠埼は畏怖する対象の顔を直視できずに、地面ばかりを見てしまっている。

 そんな新参の家臣かしんの様子を、子爵級魔族、ルイズは柔和な気持ちで見下ろしている。

「恐れ多い事です……」

“我は失敗しても構わないのだぞ。卒業試験とやらに現れる王族を捕らえてのクーデターなど? 虫けらのごとき火星人類が何人死のうと我は気にせぬが、虫けらの新参とはいえ、家臣かしんのお前に耳を傾けてやっているのだ。ありがたく思え”

 人外の化物に抗う術のないか弱き人間として、犬吠埼はひたすらに頭を下げ続けるしかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ