4-7 二回戦 -銃撃による終幕-
“右脚部八割損壊判定。右腕部脱落判定。腰部稼働不能”
無反動砲で焼かれた右半身を引きずりながら、俺は歩く。
目前の三機の中にいる予科生共が許せないから、俺は歩く。
赤い大地をずりずり、ずりずり、とほとんど動かない右脚で線を引いている。杖を突きながら歩きたいところであるが、動く左手に持っているのはハンドガンだけだ。
ふと、装甲に鉄の弾の雨が降り注いできた。天然由来のものであるはずがないので、敵チームが撃ってきた弾で間違いない。
不運にも、装甲のないカメラレンズに一発命中してしまい、左側に残っていた最後のカメラがペイントで埋まってしまった。だが、まだ大丈夫だ。右側にはまだ三つも残っているから、デジタル補正で曲面スクリーンのワイドな映像は保たれている。
あ、また一つカメラが。これで残り二つ。
“視界三割削減。左手小指脱落判定。胸部装甲破損判定”
チーム・アベレージャーズの三機は、アサルトライフルで俺を銃撃していた。
遮蔽物に乏しい大地で、本来のスペックの三割も発揮できない程に破損判定を受けてしまった賢兎では、銃弾を避けるのは不可能だ。だから、ばりばり、ばりばり、装甲の曲面に当たって弾かれていくペイント弾がうるさくて敵わない。
『どうしてまだ動くんだッ!』
『審判ッ! 仕事しろよッ』
全身傷だらけでも機能する耳型環境センサーが、敵チームの無線を傍受する。
ただ喚き散らしているだけで、あまり有益な情報をない。あまりにうるさくて、つい音量を操作する前に、左手のハンドガンを構えて引き金を引いてしまう。
『撃ってきたぞ。この死に損ないが!』
いつも正確無比なAI射撃が外れてしまった。破損判定による制限か、試合前の破壊工作が影響しているのか。ともかく、照準が狂っているから初弾は命中してくれない。
賢兎の残った二つのカメラが紫色に発光する。
だが、賢兎の液体コンピューターは本当に優秀だ。初弾の失敗から学び、どういった手首の角度で次を撃てば良いのか導いてくれる。
敵チームまで残り五十メートル。一度引き金を引いて、最も手前でアサルトライフルを構えている石鎧を狙う。おしい、左に補正し過ぎた。
少し手首を動かして、もう一発撃つ。今度は命中したが、格好悪い円柱の丸みに弾かれる。
『被弾っ!?』
『馬鹿が、怯むなよ。疫病神が死に掛けのSAでタイムアップまで生き延びるのはいつもの事だろうがッ』
『だ、だってよ――うぉっ!?』
最終補正を加えた一発で、とうとう敵石鎧のカメラレンズを撃ち抜いた。
賢兎と違って一つしか付いていないカメラを失い慌てふためいた盲目の石鎧は、砂地に足を取られて尻餅を着く。早く復帰して仲間達の下に後退すれば良いのに、なかなか立ち上がろうとしない。
『何も見えねえ。サブカメラは、どうやって操作すれば良い!?』
『自分で立てよ。だせぇッ』
完全に動かなくなった石鎧など、高価な的でしかない。
右脚を引きずる歩行で十メートルだけ距離を稼ぐ。残りの四十メートルは、左の腱力のみで大きく空中に浮かび上がり、ブースト加速で大きく跳ねて進んだ。
着地地点でもがいていた薪助を足蹴にしつつ、円柱な頭頂部にハンドガンを押し付けて残り全弾を叩き込む。
『チーム・アベンジャーズB。頭部銃弾貫通により装着者死亡判定』
一機仲間がやられたというのに、チーム・アベレージャーズの奴等は薄情だ。
むしろ、倒れた仲間を餌にして俺をおびき出すのが目的だったのだろう。
一体の薪助が、構えていたアサルトライフルを捨ててしまう。代わりに、縦笛のようなものを構え直す。
『馬鹿め、かかったな。サンド・バイパーやれッ』
倒した薪助の周囲の砂地から、細長い体の小型無人機が伸びてきた。本数は三本、百二十度間隔に俺を囲い込んでいる。
いわゆるピンチではあるが……罠にはもう飽きたな。
『右腕に噛み付いた。俺の勝ちだ!』
「脱落判定済みだっての」
壊れて落下した事になっている右腕を前にして、サンド・バイパー一匹をやり過ごす。これで毒を試合的に無効化する。
続く二匹目は、空中にいる間に左手でしっかりと掴む。
背後の三匹目は、ブースターを一瞬点火して吹き飛ばした。
掴んでいた蛇を放って持ち主に返してやりながら、倒した薪助が落としていたアサルトライフルを拾う。
「暗号解析……早い。さすが、賢兎」
通常、持ち主以外は使用できないはずの武器をハッキングで掌握した。
弾数はそんなに残っていなかったが、己の蛇に噛み付かれそうになってオロオロしていた薪助を射撃して、毒にやられる心配を無くしてやる。
『チーム・アベンジャーズC。装甲貫通。大破判定』
息を付く暇さえない。空になったアサルトライフルを投棄して、敵チームの最後の一機と向き合う。
棍棒のような円柱武具を振り上げながら、敵チームリーダーが着る薪助が迫ってきていた。棍棒は単純な鈍器のようにも見えるが、マケシス製だから安心はできない。
殴られたくはないのでその場から離れようとしたのだが、ダメージの蓄積した賢兎は思っていた以上に言う事を聞いてくれない。
『疫病神がッ』
大振りの一撃だったのに、避けられずに左肩に受けてしまう。内部の俺の肩にまで衝撃が響いてきたが、被害はそれだけに収まらない。
直後、円柱棍棒の内部に仕掛けられていた指向性炸薬が接触面に向けて破裂した。単純な打撃に留まらない深刻なダメージが賢兎を襲う。
『いつも、演習で、邪魔ばかりッ』
演習火薬なので本当に肩が弾ける事はなかったが、左肩は脱落寸前の判定を受けてしまった。これにより、俺は左右両方の腕が使えなくなる。
敵の円柱棍棒は未知の兵器だ。爆薬を仕込んだ近接武器で、相手を装甲の上から叩いてねじ伏せる。ハンマーのような重量兵器と使い方は似ているのかもしれないが、珍妙過ぎて正しい使用方法が見出せない。
『成績二百位未満が、俺に歯向かうなッ』
今度は頭部右側面を殴り付けられた。小さな爆発が発生し、賢兎のカメラがすべて使い物にならなくなる。
曲面スクリーンは光を失って、石鎧の中に闇が訪れる。
『試合前に壊してやっていただろうがッ』
胸の中央を突かれて、衝撃の伝わった肺が強制的に収縮し、息が詰まる。
『お前ごときが、俺の努力を台無しにするなよッ』
背中を打たれて、ブースターも全損だ。
それでも攻撃の手は止まらず、次々と被害が増えていく。
“右側頭部。左肩部。胸部。両腕。腰部。背部。破損。破損。破損――”
五分以上は打撃が続いていただろうか。
火薬が爆発し過ぎて骨組みぐらいしか残っていない棍棒を片手に、薪助は荒い息のような廃熱を吐き出していた。設計的に、あまり長時間の接近戦を想定されていないのだろう。
『――ハァ、ハァ、お前ごときが』
薪助の中にいる男も、荒くなった呼吸で戯言を発音し続けるのが難しくなったようだった。狭い石鎧内は、息の水蒸気でサウナ状態と化しているに違いない。
“破損、破損、破損、破損、破損――”
赤い警告で賢兎は異常を発し続けていた。判定部位が多過ぎてなかなか終わりそうにない。爆発棍棒を叩き付けられた箇所は、実際にいくつか壊れている。
「……それでも、俺は動く」
戯言を発しながら軽快に殴り続けていたから、目前の敵は酷く鈍感になっていた。
戦闘中なので気付くのは難しいかもしれない。が、会場の雰囲気や審判の妙に焦れた声、そういったヒントから違和感の正体に気付く事はできたかもしれないのに、不注意が過ぎた。
『チーム・月野製作所A。……AIによる撃破判定は出ていないが……その、機体は本当に試合続行可能な状態なのか?』
「……問題なく戦えますよ」
賢兎は無反動砲の着弾に耐えた。
アサルトライフルの銃撃にも耐えた。
棍棒の打撃にも耐え続けた。
装着者の生命を一番大事にしたい。こう眼鏡の少女が願った通りに、賢兎はあらゆる攻撃にさらされても撃破されずに立ち続けている。
間近で試合を見ている審判のみならず、特に見所はないだろうと他の試合に注目していたはずの観客達ですら、異常なしぶとさを見せる石鎧に不気味さを感じ始めていた。
何より……賢兎の製作者たる月野本人が、スペックを越えた堅牢さに言葉を失っているはずだ。
『お前は……いったい』
「……さて、全損部位の電圧をすべて左脚へ。――せいのッ」
疑問に答えてやる義理はない。
ようやく、周囲から感じ取った奇妙な感覚に気付き始めた薪助を、俺は唯一正常稼働する左脚で蹴り付けた。
強烈に蹴り付けた円柱装甲には、斜めに亀裂が入っていた。足底に取り付けてある硬質な鉤爪が、丸みを帯びた薪助の胸を抉ったのだ。
一撃だけでは終わらせない。敵が放心している間にもう一度蹴り上げる。
「これでどうだッ!」
今度は首を狙ったのだが、少し高すぎた所為で顔の部分に長細い穴を開けてしまった。本来は銃器の照準でしか使わない手首のカメラでしか外の様子を探れないから、距離感が難しい。
ドーム外なら空気漏れで大変な事になっただろうが、演習場でなら心配はない。
だというのに、穴の奥に見える中の装着者は、妙に青い顔を覗かせている。
『――うわぁっァァッ!? 殺されるッ?!』
一歩後退した薪助は、腰の後ろに手をまわして何かを掴み取る。
窮地の薪助が頼ったのは、変哲のないハンドガンだ。どこのメーカーの石鎧でもサイドアームとして標準装備している。
薪助は賢兎の顔にハンドガンの銃口を向けてきた。右のカメラレンズの上付近。五十センチも離れていない至近距離で、本来であれば優秀な賢兎であっても致命傷となる距離だ。
……俺にとっては、違うが。
『殺されて、たまるか! 先に殺してやる。だから、死ねッ。疫病神ッ!』
トリガーの引かれたハンドガンから、バレルを通って銃弾が発射される。
直後、ペイント弾がシャッター形状の賢兎の顔に弾かれる音が……聞こえない。
鼻に付く臭いも、ペイント弾のシンナー臭さとは違う。この焦げた異臭は硝煙由来のものだ。
聴覚的にも、甲高い発射音は安全なペイント弾が発射された音ではないと直感できる。
『ふははハっ! 馬鹿野郎が死んだ。ペイント弾だと安心していただろ、実弾だ!』
右のこめかみから流れ出る赤い液体に視界は沈んでいく、意識も一緒に沈んでいこうとする。
『ふははは――ハあァがッ!?』
だがその前に……真正面にいる馬鹿に渾身の回し蹴りを加えて吹き飛ばしておくべきだ。
それでも手放そうとしなかった実弾入りのハンドガンを踏み付けて破壊し、役目は終えたと瞼を閉じ、体を弛緩させていく――。
『試合中断だッ! 実弾が撃たれた! 早く担架を運び込めッ!!』




