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キカイな物語  作者: クンスト
2章 卒業試験トーナメント
24/106

4-4 犯行

 卒業試験トーナメントの二回戦は、一回戦の翌々日から開始される。

 すべてのチームに対して一日の休養が与えられる。試合で石鎧を壊してしまったチームにとってもそうだが、一回戦が始まる前から修理機を抱えていた月野製作所にとっても、一日という猶予ゆうよは何よりもありがたい。

 一回戦終了でチーム数が半分となり、整備棟内の混雑さは解消されつつある。

 チーム・月野製作所に割り当てられたガレージも面積が二倍となって広々しており、修理完了した石鎧だって工場から迎え入れられた。


「オレの賢兎が直ったぞォォっ!」


 月野が五日でやってくれました。

 喜びに震える斎藤ルカは、さっそく直ったばかりのDオプション賢兎ワイズ・ラビットを装着している。破損していた片足の感触を確かめ、確かな仕事具合を声にして喜ぶ。

「お疲れ様だな、月野」

「一回戦には間に合いませんでしたから、ぼくだって紙屋君達のがんばりにこたえないと」

「とはいえまだ二回戦だ。無理して徹夜を続けているだろ。今日はゆっくり休んでくれ」

 目のくまが黒過ぎる月野の顔。眼鏡のふちと隈が混ざってしまっていて境界線が分からなくなってしまっている。

 月野がこなしていた仕事はルカ機の修理作業だけでない。決勝に向けての新パーツ製作も密かに行っていたらしく、明らかにオーバーワークだ。

 修理に集中しても良いと伝えていたのだが、一回戦の結果に感動した月野が最低限のノルマを達成するだけで満足できるはずがなかった。装着者に十全の力を発揮してもらうため、その思いで月野は睡眠時間を生贄に働き続けた。

 クラクラと頭を揺らしていないと立っていても眠ってしまうのだろう。まだ最終調整があるからと、月野は危うい平行感覚でルカ入りの賢兎へと向かっていく。


「おい、月野嬢。そんなに気張る事はないぞ。次の対戦相手は一回戦よりも楽だ」


 電子ペーパーから目線を外さず、城森英児しろもりえいじは月野を呼び止める。

 英児は楽の何が気に入らないのか、己の言葉に不服そうだ。電子ペーパーを天井に掲げ、だらしなく椅子を連結させたベッドで仰向けになっている。

「次に戦う相手はチーム・アベンジャーズ」

復讐ふくしゅう者ってチーム名は強そうに聞こえるが、エージ?」

「予習しない馬鹿って言いふらしているのと同じだ。予科生の間ではチーム・アベレージャーズ《平均者》と密かに言い換えられている」

 英児の情報源らしき電子ペーパーの正体は、卒業試験非公式チームガイドである。

 この非公式ガイドは、予科生の勇士によってリアルタイムに情報が書き換えられている。ローカルネットのわずかな余白に付け足され続ける情報は、他のどの諜報機関の情報よりも鮮度が高い。

 どうやってか分からないが、予科生以外にも非公式ガイドは出回っており、ドーム外にも拡散されている。市民の間で開催されるトトカルチョで活用されており、娯楽に餓えたドーム人類のいやしを提供していた。

「アベレージャーズの装着者は、チームリーダーの成績一五〇位を筆頭に、一六八位と一七一位で脇を固めた凡人ぼんじん達だ」

「成績順位で識別してやるなよ。イゴー君達だろ」

 勝手に因縁を付けてきたので、チーム・アベンジャーズ所属の予科生達の事は少しだけ覚えている。

 確か……イゴー君の顔には鼻が一つあって、目が二つあった。確か。

「SAの技量は成績通りで、欠伸あくびを噛み締めている時に見ると快眠できる。一回戦も目立った印象はない。苦戦しない事は必至ひっしだ」

「能あるたかが爪を隠している可能性があると思うが?」

「九郎は、爪の有無が猛禽類を見分けるポイントだとでも思っているのか」

 英児が断定するのであれば、チーム・アベンジャーズは本当に大したチームではないのだろう。一回戦に続いて強豪ばかりと当たる程に、チーム・月野製作所は不運ではないらしい。

 電子ペーパーの音読を英児は続ける。

「使用しているSAはマケシス社製の試作機。名前は薪助まきすけ。一回戦ではマケシス製とは思えぬ堅実な性能を見せたために、泥仕合を演じていた。機能の多くを隠していたという見解が強い」

 マケシス社は本来、無人機のメーカーであるが、大戦後の需要増加の波に乗って石鎧の開発にも着手している。

 無人機製造で蓄積されたノウハウを活かしたユニークな石鎧を作る事で有名だ。成績の低い予科生にも気前良く石鎧を貸し出ししてくれるが、コンセプト重視な機体しか作らないため当たり外れの落差が激しい。開発者の趣味で作られたかのような装備は癖が強いのだ。

 マケシス社とは、堅実な予科生なら専属契約を避けるべきメーカーの一つだろう。

「薪助は、関節部以外を円柱状の装甲で覆った外装をしている。無人機のようで不恰好という意見が大半で、予科生からは最も着たくないSA候補と評価される。偶然、演習場を訪れていた外国人予科生が口にした、缶詰、が愛称として定着しつつあるようだ」

「酷い言われようのチームだな。……ちなみに、その非公式チームガイド上でのチーム・月野製作所の評価は?」

「えーとな。……欠陥機メーカーと厄病神のコラボレーションに優勝候補もたじたじ。SAそのものは意外にも堅実な設計が成されているからミステリー。今期トーナメントのダークフォースであるが、良くて三回戦敗退という予想が大半で、オッズは高い」

 下馬評を聞く限り、我がチームは注目度の割に評価が低かった。後で儲けるためにトトカルチョのクジを買っておこう。

 英児は電子ペーパーを顔に乗せて、そのまま眠る体勢に入る。話は終わったようだ。

 ふむ、とうなずいてから、俺は月野に声を掛ける。

「――という事だ。月野、眠っているところ悪いが、聞いてくれ」

 英児の話を真に受け、次の試合を甘く見た訳ではない。だが、半分寝ながら整備を続ける月野対して工場に戻るよう提案する。

「月野。賢兎の整備は明日の朝からにして、今日は戻って寝ておけ。整備ミスでネジを止め忘れても困る」

「ぼくは……そんなミスしないけど、眠れるなら少し寝て……」

 せっかく工場から運んできたばかりだ。賢兎三機は整備棟に置いておく。

 今日を頑張らず、明日改めて月野製作所の社員を連れてきて、人数を使って素早く仕上げた方が懸命だろう。

 窃盗の心配を軍学校でする必要はない。企業スパイはいるかもしれないが、機体を開けられないようにロックしておけば問題はない。石鎧ごと盗んでいく馬鹿は後で探し出して内縁軍に通報してやれば、ドーム内からゴミが減る。

 ほこり避けのカバーを賢兎にかけて、俺達は整備棟を後にする――。




 ――そして、翌朝。

 整備棟に一番乗りした俺達は、犯行現場を最初に目撃してしまう。

 ガレージの床には、帰る前に仕舞しまっておいたレンチやドライバーといった工具が散らばり、賢兎に掛けていたはずのカバーが広がって黒い足跡で汚れていた。

 風の仕業や、外部犯による窃盗ではないのは確かだ。

 何せ、カバーのぎ取られた賢兎には、何度も鉄パイプで殴られた痕跡が残っている。金属同士が擦れた傷痕が痛々しい。石鎧を生身で破壊しようとした工夫の数々からは、強い怨念を感じ取れた。

「ぼ、ぼくのワイズがァッ!?」

「ちょっと待てェッ、オレのDオプションがまた壊れているじゃねえか!?」

 チーム・月野製作所の女子二人が悲鳴を上げる。

 修理されたばかりだったルカの賢兎は、四門の機関銃のバレルがあらぬ方向に曲がっていた。少女二人の悲鳴が重なる。


 駆け寄って傷の度合いを確かめ始める彼女達と違って、俺と英児はガレージの前に立ち止まっていた。

 叫ぶ役目や、石鎧の点検は適任者に任せて、俺達は努めて冷静に現状を確認し始める。

「試合開始まで二時間か。教官に頼めば順番を遅らせてもらえると思うか、エージ?」

「たぶん無理じゃねえか。予科生の中に犯人がいるとおどせば別だろうが」

 足元に転がっていた破片を手に取って詳しく見れば、それが賢兎の環境センサーである耳だと判明する。一番先頭にある俺の賢兎の頭から脱落した耳だろう。

「お気の毒だな、九郎。装甲はロックしていて中身を壊せないから、外装ばっかり壊されている」

「エージの賢兎の顔には塗料が塗られているぞ。カメラのレンズカバーは交換しないと駄目だろうな」

 最後の整備を行おうと時間の余裕を見てやってきて良かった。

 今日は月野以外にも整備担当の社員が付いてきてくれているので、人手は足りている。外装の補修部品の調達も、工場に舞い戻ればギリギリ可能だろう。

 だから試合にはきっと間に合う。

 ……俺の機嫌の悪さは深刻化したままだろうが。

「このタイミングで犯行を行う犯人はそうはいない。速攻で犯人を見つけ出せば、一試合分の燃料代が浮くな。悪くない」

「……九郎。心にもない事を言うなよ。ストレスは発散するものだぜ」

「もちろん。二回戦を棄権させたりしないさ。そんな勿体無いマネはできないな」

 公然に敵を破壊できるチャンスを、どうして不意にできるだろうか。

 俺は楽しくもないのに低く笑い、そんな俺を英児は好ましそうに笑っていた。


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