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キカイな物語  作者: クンスト
1章 月野製作所の救世主
15/106

3-5 裸の兎を着る男

 柔らかな風が吹く丘を越えて降り落ちるは、擲弾グレネードが合計六発。五百メートル先から弧を描き、俺の予測移動地点を正確に狙って発射された。

 流石の武器扱いだ。狙いが正確で、全弾を一度に放出する早撃ちはきっと誰にも真似できない。

 グレネード弾の弾着と共に、カラフルな爆風が噴霧ふんむされていく。

 風に乗って、赤色や青色の粉塵ふんじんが石鎧の装甲に薄く塗られていくが、まだまだ薄い。実際の爆発なら肌を少しあぶった程度でしかなく、撃墜判定には程遠い。月野は雑巾掛けが大変だ、となげくだろうが。

 爆風の間をうように脚部を動かす。

 急ぐ必要がないので虎の子の固形燃料を使ったブースト加速は行わない。固形燃料は、同じ重さの黄金よりも高価だ。

 むしろ、爆風の範囲外に出た途端、俺は石鎧の脚を止めた。

 液体コンピューター上で稼働するAIの警告よりも早い決断は、根拠に欠けるただの直感でしかなかった。ただ、そのお陰で、ブースト加速で距離を詰めてきた敵機に銃撃されずに済む。

 重量のある装備でブーストとは浪費家だが、短気……もとい、短期決戦を狙うやり方は悪くない。火器の搭載量が勝っているのに後手に回るのは馬鹿らしい。俺のタイムアップ歴を知っていて、長期戦を挑もうとは思わないだろう。

 敵機は、上腕に固定された四門の重機関銃を用いて射撃してくる。

 ブースト加速後の急制動で四つの射線軸がブレまくっている間に、敵の右側面に回り込むべく、俺は走り始めた。

 石鎧の全身に張り巡らされた電磁筋肉は、電圧の変化によって収縮、膨張を繰り返す。脚部の駆動方式は人間のそれと変わらないが、移動速度は悪くない。電気から電磁筋肉の駆動への変換効率は、コイルを作ってタイヤを回すよりも良いと聞いている。

 俺が操っている賢兎ワイズ・ラビットは名前がウサギだからか、弾むような前進を行える。地面を踏み込めば、次の着地までに三メートルは進めた。

 賢兎の足跡が残る砂地を、敵の重機関銃が掃射していく。固定武装は取り回しが悪いというのに、しつこく狙ってくるものだ。

 敵を牽制けんせいしておこうと脇下わきしたのハードポイントに収められていたハンドガンを取り出し、片腕を敵に伸ばす。回避速度を落としたくないので、頭や胴体は敵機に向けない。頭部の内側に貼られている曲面スクリーンにサブウィンドウを出現させて、手首にあるカメラの映像を表示する。

 デジタル式でブレ補正が行われたリアル画像。その画像内にいる敵機へとニ、三発、ハンドガンを撃ち込む。全弾外れてしまったが、移動中ならそんなものだろう。銃はたしなむ程度にしか習っていない。

 ちなみに、今着ている賢兎はオプションを装備していないため、飛び道具はハンドガンしか持っていない。


==========

“石鎧名称:賢兎ワイズ・ラビット・素体

 製造元:月野製作所

 スペック:

 オプション装備による武装強化を前提としており、本状態は未換装時の素体である。

 素体でも標準でハンドガンと硬石ナイフを装備しているが、気休めなので頼らないようにしよう。

 開発完成度は七割ほど。動作周りを優先してテストが行われいるため、演習ぐらいは可能。インターフェースは煩雑はんざつになっているが、解決している余裕はない。

 シャッター形状の頭部にある大小三対のカメラレンズと、兎の耳のような環境センサーが特徴的”

==========


 いちおう、AIに照準を任せて撃たせてみたが、今度は敵の肩部に命中してしまった。なにこのAI、すごい。

 装甲に阻まれたらしく、くやしくも敵機に撃墜判定は出ていない。

『よくもオレよりも先に当てたな!』

「AIにサポートさせてみろ、すごいぞ」

 時計回りに進む俺に対して、敵機は時計の中央で旋回を続けて正面に俺を捕らえようとしている。時計の長針の代わりを果たしているのは、機関銃の射線だ。

 そして、短針の代わりに、敵の携帯武器であるサブマシンガンが横なぎに振るわれる。

 あまり命中を意識した撃ち方ではなかったはずなのに、小石をぶつけられたような衝撃が装甲越しに伝わる。一発当たってしまったようだ。

 眼前の曲面スクリーンに石鎧の簡易図が表示され、脇腹付近でバッテンマークが点滅していた。

『なるほど、悪くない。けどさ、撃った気分になれないな! 銃は心で撃ちたいぜ』

「稼働率減少判定。少し急がないと、まずいな……」

 被弾によって左半身の電磁筋肉の動きに五パーセント減の低下が付与されていた。

 致命的ではないが、たったの五パーセントと楽観もできない。ダメージは蓄積していくものであり、戦場で回復してくれるものでもない。

 敵機の装着者の気が変わって、再びAI射撃で狙われないように、足運びに緩急をつけて翻弄ほんろうする。


『この! さっさと当た――警告だと! くそっ!』


 逃げ続けて三分弱。ようやく、銃身の異常加熱が原因で、敵機の射撃に隙が生じた。

 この火力低下を見逃すつもりはない。時計回りの楕円軌道の回避行動から、時計の中央へと迫る突撃進攻へと変化させる。敵機はサブマシンガンで進攻を阻止しようとしたが、弾数の少ない携帯武器を乱用し過ぎたために弾切れを起した。

『月野ッ! 冷却器が動いてない! こっちは弾切れ!』

「俺を発見してからずっと撃ち続けていれば、そうなる」

 排水溝に渦を作って流れ込む水のように、半径を縮めて敵機に肉迫する。せまりながらも、敵をハンドガンでペイントだらけにしていくのを忘れない。

 最後の仕上げにと、演習用の白墨チョークナイフを構える。


『このッ――』


 喉元の装甲の薄い場所に刃を押し当てて終わりしよう。こう無造作に敵機に接近した時だ。

 敵の賢兎のカメラレンズが、紫色に光った気がする。


『――ぐらいでッ!』


 敵機はぎりぎりまで俺の接近を許したが、まだ諦めてはいなかった。

 命中に絶対の自信が持てる距離まで俺を誘い込んだ後、腰部の脇に装着しているアンカーユニットを発射した。攻撃専用の装備ではない。窪地くぼちや砂地からの脱出に使用する、やじり付き鋼鉄ワイヤーを放ったのだ。

 予想外の武器に俺は驚きを隠せず、ワイヤーに巻きつかれて砂地に倒れてしまう。

 ……なんて事はない。

「月野が作っている所を見ているからな。俺に対しては隠し武器にならないぞ」

 アンカーの軌道から身を引いて、白墨ナイフを敵の喉にえる。

「チェックメイトだ。斎藤ルカ」

『なんだよ! 隠し武器を知っているなんて卑怯だ』

 こうして、特に波乱はなく演習は終了した。




 一週間前に、斉藤ルカは俺と勝負して負けた場合、卒業トーナメントで一緒に戦うメンバーに加わると宣言していた。

 今回の演習はその勝負のため、兼、開発中の新型石鎧、賢兎ワイズ・ラビットの稼働テストおよびオプション装備の実働テストのために実施された。

 演習で使用している場所は、軍学校の演習場の一角である。ドームの内部にありながら自然の地形が残されている。雑草が生えるぐらいに土地と空気が豊かなので、完全にドームの外を再現できている訳ではないが。

「月野! 冷却器を増設しよう。それか、機関銃をもっと増やそう」

「Dオプションで重量限界なのに、ルカさんの要望を全部答えていたらワイズは動けなくなってしまいます」

「そうだ! 重過ぎて動けないのも悪い。重火器を増やすついでに機動力も増やそう」

 俺とルカとの戦いは、俺の勝利に終った。

 約束を果たした訳であるが、勝敗に関わらずルカはメンバーに加わっていたと思われる。今も、眼鏡の開発主任にして少女社長、月野に武装強化を提案している。存外、月野製の新型石鎧を気に入った様子だ。

「まあ、オレが動かしてもあまり壊れないからな」

「銃身はもう交換です。予算がまた削られる……」

「消耗品を消耗して何が悪い」

 月野の苦労は今に始まった事ではないので放置しておく。

 俺が今気になるのは、女二人の微笑ましくない語り合いではない。俺の後方でニアニアと口元をゆがめている男の方である。


「どうした、エージ?」

「お疲れ様だな、九郎。慣らし運転にしては悪くなかったんじゃないのか」


 犬歯が見える程に愉快な出来事が、城森英児しろもりえいじには起きたようだ。


「順当に、成績二二一位が成績三〇位に勝利したものだ。今後もその調子で頼むぜ」


 俺の肩をぽんぽんと叩いてから、英児は石鎧を整備するために去っていった。


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