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キカイな物語  作者: クンスト
7章 火星の後継者
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9-9 緑の惑星は君達の物

 月が落ちてくる空を目撃した月野は、突発的に、紙屋九郎に会いたくなってしまった。

 理由は明白だ。巨大な破壊を目の辺りにして、愛する人の近くにいたくなるのは常識的とさえ言える。

 戦闘は既に収束していた。トレーラーでドーム内に乗り入れるのはそう難しい事ではなかった。誰にも邪魔されない車道を、ひたすらに急ぐ。

 ……結局、月野が遺跡に到着した時には、九郎はいなかったのだが。

「ドームがっ、浮かんでいく!」

 鬼兎ジャッケロープがドームの天井へと消えていった直後だった。人工的に気候が安定しているはずのドーム内で異変が発生する。

 ドーム外の過酷な環境から人々を守り続けてくれた巨大なお碗型の構造体、ドームが地響きを立てて動き出したのだ。この事実に即座に気付けた人間は少ないだろう。空が落ちてこないように、ドームとは動かないものなのだ。

 そもそも、動いてしまうと大いに困る。隙間から空気が漏れて急激な減圧が発生、死傷者が続出してしまうからである。

 激しい気流が、ドームの中心から端へと吹き荒れた。

 宇宙船の窓が割れてエイリアンが排出されるがごとく、人だって簡単に飛ばされる勢いで空気が外部へと流れ出ている。戦闘区域となったドームであるため、一般人がシェルターに避難していたのが唯一の救いだろう。

 石膏せっこうで片腕を固めた眼鏡の男に、月野はトレーラー内部へとひっぱり込まれて事なきを得た。が、今度はトレーラー自体が揺さぶられる。あまり助かっているとは言えない。

「まさかっ、無茶する気なの、紙屋君!」

 誰もが勝手に動き始めたドームを迷惑に思っている中、月野だけはドームが動いた理由を直感する。

 ドームは、落下してきた月の破片を受け止めるために身構えたのだ。

 遺跡が存在するドームだけではない。世界各地に点在するすべてのドームが動き始めている。

 大気圏を突入し、赤く熱せされた月を、ドームは頂点で受け止めていく。


“――地球ガイア種よ。箱庭で暮す日々は終わりを迎える”

 物理的には、ドームの重厚な壁であっても月の破片は食い止められないはずであった。

“だが、君達は幼い。ゆりかごに揺られていなければ、簡単に死滅してしまう。成長するまで見守っていたくもあったが、我等は先を行こう。先を行く事で、道を示そう”

 隕石衝突が原因か、ドームを中心に惑星全体へと光が満ちていく。

“ゆえに、これからは火星全土が君達の物だ。この緑溢れる惑星が、君達の新しいゆりかごだ。豊かなる世界が地球種の望みであるのならば、もう争うな。大切にするがよい”


 そして――。


 光度が落ち着き、視界が正常に戻った時、世界は一変していた。

 ドームは既に数キロ先の空へと飛び上がっており、空に見える黒い点はすべて、火星を旅立とうとするドームの群だ。

 劣悪な惑星環境から保護してくれる存在は、宇宙に向かっている。だというのに、どうしてこんなにも呼吸が心地よいのか。

 壁のなくなった世界の向こう側に……緑の木々で覆われた赤くない土地と、呼吸可能な大気と、青い空が広がっているからに違いない。


“――――さらばだ、地球種よ。いつか星の海での再会を、我等は望もう”




「約束通りだ。離婚してやる。これで瑞穂は自由だが……九郎が受け入れるかはまったく別問題だからな」

 地上の激変を目の当たりにしていない遺跡地下の人間は、暢気のんきなものである。一組の夫婦の別離は本人達にとっては重大な事件なのだろうが、大多数の人間にとってはどうでも良い事だろう。

 城森英児と、曽我・・瑞穂は視線を合わせず向き合っている。

 英児は、思い出したかのように指輪を外すと、暗い遺跡の片隅へと放り投げてしまう。

 指輪はクルクル回って落下。ふと、誰かがうめく。

「ごめん、なさい。私が結婚しなければ、傷付けずに済んだ」

「言うな。傷口がえぐられて無性に痛い」

 瑞穂が他人に謝るのは珍しい事であるが、英児に対しては追い打ちでしかない。割と本気だった相手に、結婚しなければと言われてどこを喜んで良いのか分からないものである。

「九郎には月野がいるぞ。それを分かっていて、かよ」

「大丈夫。九郎は百年経ってもずっと私を好きでいてくれるって、証明されているから。最後の最後には、結ばれる運命にあるから」

「くそ。俺はあいつに石鎧以外でも惨敗していたって事か」

 前例があるというのは強みだ。瑞穂は狂信的な妄想ではなく、物理法則を語るかのように正常に答えた。

「だったら、元夫のアドバイスだ。…………いいか? お前の歳で子供はキャベツ畑で生まれるなんて、絶対に言うなよ。カマトトでもそんな台詞を聞かされたら、気味悪さしか感じないからな。いいな?」


 瑞穂と離れた英児は、放り投げたはずの指輪を探すために壁沿いへと歩き出す。

 高かった指輪を質屋に売ろうと思い付いた訳ではない。指輪が、誰かに命中した手応えがあったため、一応、謝罪しておこうと足を向けたのだ。

 英児の投げた指輪は、頭を抱え込んでうずくまっている女の近くに落ちていた。

「嘘だ。嘘だ。もうとっくに世界は滅びているはずなのに。嘘だ」

 黄色い髪に、長い耳の女。アルヴのネネイレは作戦失敗を認められずにぶつぶつとつぶやき続けている。

 すべてを投げ打って、己の命すら粗末なものとして扱ったはずなのに、何も成し遂げられずに精神が決壊仕掛けているのだ。ネネイレの声は狂気染みていたが、同時にか細い。

「負けぐらい認めろよ。俺ですら負けるのが、世の中だ」

「そんなはずはない。月の種族は完璧でなければならない。どうして、こんな。くっ。う、うぅ……ぅ」

「アルヴも泣くのかよ。…………はぁ。なあ、話は変わるが、子供ってどこから生まれるのが普通だ?」

「…………試験管」

「どいつもこいつも、まともな女はいないのかよ!!」




 緑が続く大地が三百六十度続いている。

 しかし、月野は何が足りなくて不満なのか忙しなく体を動かして、目線も動かし、周辺全体を見回している。

「紙屋君! もう全部終わったなら、帰ってくるはずでしょ!」

 月野は、自然が充足した大地に感動を覚えるよりも先に、たった一人の男を捜して歩いているのだ。

 岩肌が丸出しだったはずの遺跡周辺にも、若草が生え広がっていた。

「嘘つきッ!! 絶対に帰ってきてって言ったのに! 結婚してくれるって、言っておいて!!」

 惑星は豊かになった。狭苦しいドーム内で高効率のみが強みのクロレラを栽培し、細い食で暮していく必要はない。何万倍にも広がった土地で、気密スーツを着る必要なく、かつての地球のごとく自由に生きられる。

 ただし、月野海にとっては一人で生きるには広過ぎる世界だ。せめて、隣を歩く誰かがいないと不安だけしかない、息苦しい世界でしかない。

「紙屋君の馬鹿ァ、帰ってきてよッ!!」

 青い空に向かって月野は叫んだ。

 返事はない。願いは通じる事なく、声だけがむなしく響く。


「ぼくを一人にしないでよッ!!」


 けれども……月野をなぐさめるために、火星を旅立った火星種は一羽の鳥を月野の元へとつかわせた。

 いや、一羽であるが鳥ではない。兎だ。

 兎に似た石鎧が空の高みから落ちてきて、月野の鼻先を耳がかすめた。兎には翼がないので、当然の自由落下だ。

「ひぃっ!?」

『痛ツツッ、あー、たー、痛たたァぁ』

 大の字に地面が陥没しているが、石鎧の装着者は生きているらしい。スピーカーから痛がる声が流れている。

 とはいえ、上空からの受身なしの着地は無理があったのだろう。頑丈なはずの石鎧が縦方向に割れてしまい、頭部も二つになって落ちていく。

 砕けた石鎧の中からは、生身の男が現れた。


「痛いはずだ。俺、体が戻ってい――おっ、月野。ただいま」


 非難と感激の二つの意味を込めて、月野は九郎に抱き付く。


次がエピローグです

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