9-8 ドームなる種族
疲労した足取りで地下へと戻る。
焦って戻る必要はなかった。一本環境センサーを失って索敵能力が低下しているが、地下から戦闘音が響いていないのは分かっていた。
階段を下りてみると、地下空間の最奥で二人の魔族が抱擁している姿が見えてくる。ナイナーはうまく解決してくれた様子だ。が、随分と見せ付けてくれる。もう一人の俺だとしても、恥ずかしい。
魔族な瑞穂に洗脳されていた者達は解放されたのだろう。活動停止した石鎧が床に転がっている。外傷はない。耳を澄ませば心音も聞こえる。
赤銅色のアキレウスも寝かされていた。首が折れ曲がっているのは、装着者が外に救出されたからだ。動ける人間は既に救助活動を開始しているようで、ルカやクロエが装着者から石鎧を脱がして回っている。
これでようやく、一息付けた。
やるべき事をすべて終えた気分だった。ドーム世界の秘密や戦後処理といった大事は残っているが、俺の仕事とは思えない。世界を救えという鷹矢王子の命令を全うし、ノルマを達成した。
もう何もかもが終わったのだ。
他人からとやかく言われる筋合いはない。
「――――あ、は。あははっはははははっ!!」
……そのはずであった。
「火星人類は皆殺しだッ! 灰も残さず壊れてしまえッ!!」
壁際から女の狂った勝利宣言がもたらされる。
大破したヴォルペンティンガーから脱出できないまま、狭苦しい円柱形状の装着者ブロックから頭だけを外に出して、黄色い髪のアルヴが叫んでいた。
「火星は魔族の巣窟だ! どいつもこいつも、突然変異の異常種だ!」
同じ室内に伯爵級のゼノンがいるというのに、ネネイレはふざけた事をほざいている。失言で死にたくなければ、黙っているのが正常だろう。
「最後の最後で、我等月の種族の勝利だ。この火星の地に巣食う魔族と、地球の貴族級魔族を同時に一掃できたなら、太陽系は月の種族だけのものとなるっ!」
負けが込んで精神的に病んでいるのか。
アルヴに魔的な力はない。妄想を言葉にしても、現実は変わらないというのに、ネネイレは声を発し続ける。
女一人の声であっても、地下の密閉空間では酷く響く。人間は皆呆れ、魔族が制裁を考え始めるには十分だ。……そんな最中でも、奥で抱き合う二人の世界は完結している。眩暈で倒れてしまいそうなので背を向けた。
地下の空気は弛緩していた。
ようするに、残存兵力をすべて失ったアルヴの声など、誰も本気で受け止めていなかったのだ。
「私の艦隊が、すべて破壊されたと誰が言った! 最終保障計画を命じた一艦が火星の衛星に隠れ潜んでいた、というのにっ! あははははっ!!」
芋虫のように這いながら、ネネイレは残骸となったヴォルペンティンガーから半身を脱出させていく。勝利に爆笑しながら、地下にいる全員に言い放つ。
「核でも死なない魔族に対する新兵器だ。衛星の上では今頃、運び込んだ巨大な斥力場発生装置が暴走している。重力の均衡が解かれて、衛星と火星の距離は急激に近づいているはずだ。やがて、衛星はロシュ限界を超えて崩壊する。バラバラに壊れた月は大質量。数多の岩石が、地表ごとお前達を浄化するだろう!」
天文施設と連絡を取り、事実を確かめている間に状況が動いた。
人工衛星を所持しないドーム世界では、基本的に遠距離との連絡は早馬を出して現地へと赴くしかない。奈国首都ドームに近いからまだマシとはいえ、一時間やそこらで連絡できるのは稀だ。
よって、俺達が異変に気付けた理由は、空を目視して分かる程に月が降下したからに他ならない。
ドームの外から連絡が届く。惑星の周囲を回っている二つの月の内、低軌道の方の恐月が明らかに大きく見えるのだという。
もともと恐月は巨大に見える月である。とはいえ、慌てながら撮影されたと思われる写真では、灰色の月が空の四割に達しようとしている。錯視と誤魔化すには無理があった。
動ける者の大多数はドームの外へと急行する。慌てて外に出たところで、できる事など何もないだろうに。
ただし、遺跡に残った者も有効な対策を講じている訳ではない。
例えば、クロエなどは、壁沿いに詰め寄ってネネイレの胸倉を掴み上げているだけだ。
「止めなさいッ、今すぐ!」
「我等の通信途絶と同時に最終保障計画は始動した。一度決行されれば、誰にも止められん」
「このッ!」
ネネイレを殴っても解決しないので、クロエを羽交い絞めにしてネネイレから引き離す。家族を大事にするアメリア人でなくても、惑星規模の破壊をもたらす首謀者が目の前にいれば殴り殺したくなるだろう。
恐月の質量は知らないが、計算するまでもない。月が惑星に落ちれば大災害により誰もが死に絶える。
ドームの分厚い壁だろうと、月の破片は簡単に貫く。直撃を避けたとしても、大質量の落下は惑星全土を揺らして根元からドームを破壊する。いや、もしかすると、地殻が盛り上がって赤土の津波が襲い掛かって来るかもしれない。
一次被害を避けられたとしても、消耗したドーム世界の生き残りは自活できない。世界は既に、精一杯に貧しいのだ。
「ゼノン様。魔族の爵位権限でどうにか回避できませんか」
“射程の制限がある。我の爵位権限にしても、この遺跡に落ちてくる破片を止めるのが精一杯であり、それも我が歩いている間のみだ”
衛星が主星に近づき過ぎると、それだけで潮汐力により崩壊してしまう。
恐月は表面が崩壊していき、多弾頭化していく。悪夢の光景だろう。
ゼノンの爵位権限でさえ、事態を救済できないという。抜け殻に等しい俺はより無力だ。
「……ん? 抜け殻なのに、俺??」
無力を象徴するような、空の手を握り込む。
血肉の通ってない、無骨な石鎧の握り拳。
こんなに小さな手で世界を救うのは、不可能なのだ。
惑星規模の大破壊から世界を救いたいのならば、それ相応の巨大さが必要となる。
「どうして俺は、石鎧のままなんだ??」
核心はなかったが、俺は背後を振り向く。
俺ではない俺と、瑞穂ではない瑞穂が未だに寄り添っていた。世界が一秒後に消えてしまったとしても、悔いはもう残さない。そういった決意の現れだ。
俺もこの場に月野がいれば同じ事をしただろう。
赤銅色のアキレウスの傍に幼馴染は倒れている。が、代理ではあるまいに、そんな恥知らずな真似は死んでもしたくない。
「――なあ、魔族の瑞穂……。ドーム世界っていったい何なんだ?」
遺跡を覆う、直径十キロのドームが震える。
液晶ディスプレイの電源が切られるがごとく、ドーム内壁の擬似青空は消失し、金属色の内壁が浮き彫りになってしまう。
空気が澱んで息苦しくなったのは、ドームが密閉空間であると目の当たりにしたからではないだろう。実際に、ドームは惑星人類のゆりかご、バイオスフィアとしての役割を終えようとしている。
“私が九郎と結ばれるための世界だ。ドームの中という限定環境であったが、百年かけて世代を作り、必要な人物を用意した。すべては、幼馴染という関係を作り上げる土台だ”
「それが瑞穂の爵位権限か?」
“私にそんな力はない”
「じゃあ、誰が瑞穂の願った通りの世界を作り上げた?」
“――――ドームだ。眠る私の思考を読み取り、ドームが世界を構築した”
世界が終わろうとしているのだから、ドーム内の生命維持という手間のために力を浪費できるはずがない。内部の人間が窒息死や凍結死するよりも、衛星が落下してくる方が早いのだ。
“――ナ、――ム?”
誰かが、俺を呼ぶ声が聞こえた。月野ではない。女ではない。人間でさえない。
声は遺跡全体から響いている。
……違う。遺跡を含むドーム内部で響いている。俺達は、ドームという巨大生物の体内に寄生しているのだから、周囲全体から声が聞こえてくるのは当たり前だ。
“――ナ、ヲ――ム?”
「ドームが叶えた? それではまるで、意志があるみたいな言い方だ」
“その通りだ、火星の九郎。ドームには意志が存在する。基準は分からないが、彼等は人間に語りかけてくる”
瑞穂の言葉は衝撃的だが、そういった疑問を感じていなかった訳ではない。
どうして俺は、ナイナーが出て行った後も石鎧のままだったのか。爵位権限はすべてナイナーに返却済みであり、人間が石鎧と同化する不可思議を維持する力は残っていない。それなのに、俺は非常識なままである。
それを言うのであれば、闘兎の仲間達という前例があるため今更なのだろうが。我が身で体感して気付く疑問ではない。魔族の貴族を協同撃破した実績により、闘兎と試験評価中隊の隊員は同化してしまったのだと勝手に思っていた。
“――ニヲ、ノゾム?”
魔的要素ゼロでありながら、未だに異質であり続ける俺。
だが、考え方を変えてみた場合はどうだろうか。
石鎧の装甲板は、ドームの壁を切り出したものである。ドームの一部と言って良い。
そして魔族な瑞穂いわく、世界はドームが作り上げたという。ならば、ドームで暮す人々はドームの子と呼べる。解釈によっては、ドームの一部と言って良い。
つまり、石鎧もドーム製。人間もドーム製。三段論法的に、石鎧とドーム人類の親和性は思う以上に高い。
“――ナニヲ、ノゾム?”
ドームと俺の親和性も高いのだろう。
だから俺は、先程からの声に呼ばれるままに鬼の角を起動する。重力を斥力場で遮断して浮かび上がり、遺跡の穴から外へと跳び上がった。
十キロ級ドームの空は低い。直に到達できる。
「――ッ!!」
ふと、地上を見下ろせば、遺跡に近づく人影が見受けられる。
以前と立場が真逆であるが、シチュエーションはそっくりなので気付けた。彼女の髪は、黄色い。
「――どこに行くの! ねぇッ!! 紙屋君! 飛んでいないで、ぼくの傍に帰って来て!!」
既にかなりの高度だ。残念ながら月野の声は聞こえなかった。そういう事にしておこう。
ドームの天井に俺は到達し、鈍色の壁に触れる。固体の感触ではなく、液体だ。壁に触れた手がどんどん内部へと入り込み、全身がドームへと溶け込んでいった。
“――ナニヲ、ノゾム? 地球種ノ子ヨ。我等、火星種ニ、答エヨ”
俺という個はドームという存在と混じって、薄く引き伸ばされていく――。
同化により、我はドームという生物の正体を認識する。
我……我等は、遥か昔に火星で栄え、そして滅んだ太陽系の先達だ。我等こそが太陽系で最初の知的生命体である。
石や岩のような形をした、無機質なる我等を地球種は生命と認識できていないが。地球種が、己が生み出したアルヴなる生物機械に滅ぼされて魔族に転生したように、火星種たる我等も惑星気候の激変を生き延びるために物質法則の枠組みからかけ離れた。結果、体からは水分が失われ、硬質化してしまった訳である。
二十一世紀初頭には、地球種は火星へ送り込んだ探査機により我等を発見していたはずである。が、地球種は姿形があまりにも異なる我等をただの石としか見なしていなかった――探査機のカメラの目前で動いて見せても、風や探査機との接触により石は動いただけ、と頑なに無視し続けた。
地球種には困ったものであるが、一方、我等も地球種を理解しているとは言い難い。億の年月を生き抜く我等は、感情という思考を忘れ去っていたからである。
若く感情豊かな地球種と、硬直した火星種の無用心な接触は不幸しか生み出さない。
だから、地球種を理解するためにサンプルを必要とした訳である。
その点、瑞穂の悲嘆は過激で、観測し易い。標本として、この上なく適していたと言える。火星に到来した時期も良かった。
地球からワザワザ巣立っておいて地球へ帰りたがるサンプルの思考が、観察当初は不思議でしかなかったが。サンプルはロケット建造で地球帰還を目指したが、資源も人材もない環境では失敗は目に見えていた。
最終手段として、サンプルはコールドスリープを採択する。体を冷凍し、地球からの救援を待ち続けるつもりだったのだろう。が、冬眠装置は不完全であり、脳細胞は数週間で死滅すると予測された。
サンプルを喪失する前に、我等は地球種の研究を一歩進める決定を下す。
観測の次は、人工飼育だ。火星上で直接、地球種の長期実験を行う。飼育環境の構築は、我等の魔的な力を用いれば容易だったのだ。
ただし、実験体には構造が単純な生体機械を用いた。入れ物でしかない体を凝るよりも、心や感情の再現性を優先したのである。
こうして百年間。我等にとってはさして長くない飼育実験の結果が、今出ようとしている。
地球種は、まだ若い。あまりにも感情任せ。
一時の勢力争いのために、母星だけでなく火星さえ手にかけようとしている。
その点、火星種は成熟しており、魔的な力でも地球種をはるかに凌駕する。
……我が望むのであれば、宇宙をあるべき姿に回帰させる事さえ造作でもないのだ。
魔族と呼ばれる集団が、ただの汚染環境の生存者であるように。
アルヴと呼ばれる集団が、工場で生産される醜い生体機械であるように。
火星の大地がひたすらに貧しい、地球種も火星種も存在しない、赤い大地であるように。
我は望もう。
これが、火星種が太陽系で発動させる最後の爵位権限だ。
体内で地球種を飼育できたように、我が爵位権限は物質世界に対して最大級の影響を及ぼす。
“――火星魔族、王権、『易しい世界』発動!”




